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喪失夢幻のアトラクタ  作者: 木原ゆう
間章 疑似科学のイントロダクション
17/17

麗佳の休日

「行って来まーす」


 そう私に声を掛けたお兄ちゃんは家を出、いつも通り秋葉原に買い物へと向う。

 私はドアの隙間から確実にお兄ちゃんが出て行ったのを確認し、しっかりと鍵を閉める。


 今日は祭日。

 お父さんもいつもの通り休日出勤だし、お母さんは早くからパートに出掛けてしまっている。

 つまりは、このアパートには私しか居ないという事。

 

 私はまず、素早く昼食の食器を洗い終え、2階の部屋へと向う。



 8畳1間のスペースに私のベッドとお兄ちゃんのベッドが部屋の端に対象に置かれている。

 私は迷うこと無く、お兄ちゃんのベッドへとダイブする。


「お兄ちゃんの匂い……」


 私はお兄ちゃんの毛布に顔を埋め、深呼吸をする。

 お兄ちゃんの香りが私の肺を覆い尽くす。

 私は眩暈にも似た感覚を味わい、身震いを起こす。


「どうして、お兄ちゃんの匂いって、こんなにドキドキするんだろう……」


 私は何度も何度もお兄ちゃんの毛布の匂いを嗅ぐ。

 この前はこれがお兄ちゃんに見付かってしまい、どん引きされたのを思い出す。

 そんな姿も凄くキュート。


「ああ……お兄ちゃん……お兄ちゃん……」


 私は毛布に包まりながらも、至福の時間を過ごして行く。




◆◇◆◇




 私が自分の気持ちに気が付いたのは、小学校に上がったばかりの時だった。

 当時私は学校が嫌いで、小学校に上がったのは良いが、いつも駄々をこねて登校するのを嫌がっていた。

 そんな私を見て、お兄ちゃんはこう言ったのだ。


 『嫌なら行かなくても良いじゃん。でも麗佳も馬鹿だよな。学校、凄く楽しいのに』


 私はこの時のお兄ちゃんの言葉の『意味』が全く分らなかった。

 学校が楽しい? 私が馬鹿?

 幼稚園の頃は男の子から苛められて、女の子はみんな口も聞いてくれなかったのに。

 小学校に行っても同じでしょう?

 みんなで私を苛めるんだ。

 ずっとそう思っていた私を、お兄ちゃんは真っ向から否定する事を言ってきたのだ。


 悔しくなった私は、お兄ちゃんを見返そうと学校に向った。

 ほら見てお兄ちゃん! 麗佳はやっぱり苛められたよ! お兄ちゃんが間違えてたんだよ!

 私はそう言い返したくて学校に向ったのに。

 状況は思っていたのとは全く違っていたのだ。


 私は登校初日から人気者になった。

 入学してから数日も休んでいたのに、逆に女子達は私の事を心配してくれた。

 男子達は私を苛めるどころか、まるでアイドルでも見るかの様な目付きで、私を見る様になっていた。

 そして私は4年生になる頃にようやく気付いたのだ。

 私の容姿はかなりの『美人』に含まれているという事を。




◆◇◆◇




「お兄ちゃん……私……あの時からお兄ちゃんの事がずっと……」


 誰も居ない部屋でそう呟く私。

 今日こそ、お兄ちゃんが帰って来たら私の気持ちをぶつけよう。

 今まで何度、そう決心した事か。


 でもその度にお兄ちゃんは私の目の前から逃げてしまう。


 お風呂を誘っても一緒に入ってくれない。

 デートを誘っても最近は断られる事の方が多い。

 でも私はめげない。

 

 お兄ちゃんは私の事が『嫌いなのでは無い』事を知っているから。

 お兄ちゃんは、このベッドの下に隠し持った本の中の女性達に恋をしているだけなのだから。

 もしくはゲームの中の女性に。


「いつか私がお兄ちゃんを……」


 相手が現実にいる女性でないのならば修羅場になる事は無い。

 私はお兄ちゃんを心から愛している。

 もしも別の『現実に存在する女性』をお兄ちゃんが好きになったら、私はどうするだろう。

 多分、いや、確実に――。


 でも絶対そんな事にはならない。

 お兄ちゃんは生粋の『オタク』なんだから。

 だから、いつかきっと振り向いて貰える。

 これからも諦めずに、もっともっと女性としての魅力を磨いてアタックすれば、いつか必ず――。


「大好き……。お兄ちゃん……大好き……」


 そのまま毛布を全身で抱き締め、ベッドの上をゴロゴロする。

 今日はどうやってアタックしようか。

 最近は胸を背中に押し付けてばかりでマンネリ化して来た気がする。

 『お兄ちゃん? ごめん、シャンプー取ってくれる?』攻撃も撃沈したばかりだ。

 『あ・・・』と言いバスタオルがハラリ作戦も上手く行かなかった。

 今は弾切れ状態だ。

 そうだ。いっそ押し倒すと言うのはどうだろうか。

 駄目だ。私よりもお兄ちゃんの方が力が強い。


「お兄ちゃんの筋肉……。お兄ちゃんの腹筋……。お兄ちゃんの上腕二頭筋……」


 どうしてあんなにゲームばかりやっているのに、お兄ちゃんは筋肉があるのだろう。

 いつも抱きつく度に感じる、男らしいお兄ちゃんの筋肉。

 何度シャワーを覗いた事か。

 その度にタンコブが2つほど出来てしまうのだが。


 もぞもぞと動きながらも毛布の匂いを肺一杯に吸い込む。

 もう脳内までお兄ちゃんで一杯だ。

 今日は何処へも行く予定は無い。

 このままお兄ちゃんのベッドで寝てしまおう。



「お休み、お兄ちゃん――」



 

 そんな、妹の1日――。















 3時間後。



「……なにしてんの、麗佳」


















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