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変化は成るままに

「それでね、これからボーリングに行くんだけど……綾瀬さんもどうかな?」


 放課後。クラスメートの川原佳乃にそう聞かれ、遼は困惑していた。

 誰かに遊びに誘われた事に。そして、ボーリングというその内容に。それが唐突だったのだからなおさらだ。


「もちろん行くよね?」


 遼が答えるよりも早く、優子がまるで決め付けるかの様に言った。

 彼女の中では、基本的に遊びの誘いを断るという選択肢がない様だ。


「優子っ」


 そんな優子を咎める様に、佳乃は優子の名前を呼ぶ。


「あ、気にしなくていいからね。用事があるかもしれないし。ただ、あたし達も綾瀬さんと仲良くなりたいし、もし暇だったらでいいんだけど」


「特に用事はないけど……いいの?」


 自分が一緒でいいのか。遼はそれが気にかかり、佳乃にそう尋ねた。


「いいの、いいの。さっきも言ったけど、あたし達綾瀬さんと仲良くなりたいから」


「……ありがとう」


 慣れぬ言葉、そして態度に、遼は照れながら俯く。


「えっと、メンバーなんだけど……あたしと優子。それと、A組の早野さんと西田さんなんだけど……平気?」


「えぇ」


 A組の二人とは面識のない遼だったが、優子と佳乃と一緒なら、自分も普通の女の子の様になれる気がした。



○――――――――――――――――――――○



「えっと、自己紹介からしようか」


 そう切り出したのは、何気に仕切り屋の佳乃だ。

 既に一行はボーリング場に到着しており、準備を終えている。


「皆知ってると思うけど、あたしは川原佳乃。身長は160。体重は秘密」


「そんなデータはいらないわよっ」


 ボケ始めた佳乃にツッコミを入れたのは、満面笑顔の優子だ。


「あ、あたしは霧島優子。好きな事は楽しい事。嫌いな事は哀しい事です」


 そう言って、二人のノリについてこれていない遼にタッチする。


「?」


「今度は遼の番だよ」


「え、えっと……綾瀬遼です。趣味は読書。あと、ぼぉ~っと空を眺める事、かな」


 慎重に言葉を選びながら、遼は何とか自己紹介を済ませる。


「読書は、まあイメージ通りだけど……」


「ぼぉ~っと空を眺める、かぁ……何か、意外な感じ」


 A組の二人が、見た目、噂から察する遼のイメージとの違いを感じてそんな事を言う。


「いいから。あんた達の番よ」


「はーい。あたしは早野聡美。よろしくねっ」


「で、私は西田陽子。よろしく」


 優子に似て活発そうな聡美と、眼鏡をかけた一見おとなしそうな陽子。

 この数日の間に、4人もの友人が出来た事を、遼は嬉しく思った。少し前までなら、そんな事は思わなかっただろう。友人などいらない。自分は独りが好きなのだから。と、それだけで終わっていたはずだ。

 自分の感情の変化に苦笑を漏らしながらも、どこかに納得する部分もあった。

 自分を襲った不幸。それを人に話した事はないし、それを不幸と実際に感じた事はなかったが、他人を信用出来なくなっていたのは確かだ。それなのに、今こうして友人が出来た事に喜びを感じている。

 それは、自分がどこかで求めていたからだと理解出来た。

 それは明確な答えではないけれど、小さな喜びである事だけは確かだった。


「さ、それじゃあ始めようか?」


「そうね」


 こうして、5人でボーリングを始めた。

 遼はボーリングは始めてだったが、それは楽しくて、とても有意義な時間を過ごせた気がした。

 少しずつ、それでも確かに、遼は変わりつつある。

 そして気がつく。想いは膨らんでゆく。

 いつしか、心の殻を破り、外に出てくるまでに……



○――――――――――――――――――――○



 空がオレンジ色に染まっている。

 夕焼け空を眺めながら、幸介は一人帰路を進んでいる。


(好きな娘、か……)


 休憩時間に問われた質問を思い出し、幸介は考える。

 問われたその時は、いないと思いそう答えた。だけど、どうしても何かが引っかかるのだ。自分の中の何かが、「違う!」と叫んでいる気がしてならないのだ。

 思考を巡らせても、直ぐには答えが出ない。今までに恋愛経験などない幸介である。ただでさえ鈍感なのだから、それも当然と言える。

 そして、ふと一人の少女の顔が浮かんだ。一度浮かんだその顔は消えず、幸介の頭の中に焼きついた様に離れない。


(綾瀬……?)


 浮かんできた少女の名前を心の中で呟く。すると、次第に自分の気持ちが昂ぶって来るのを感じた。


(あれ? 何だろう……綾瀬の事考えると、胸が熱くなってくる……)


 考えれば考える程に、胸の高鳴りが激しさを増す。


(俺、どうかしたのかな?)


 自分の身に何が起きたのか理解出来ず、幸介はただ困惑するばかりだ。

 ふと、高坂の言葉が蘇る。


(「お前、好きな娘はいるか?」)


(「……いないよ」)


 少し考えてから、幸介は確かにそう答えた。


(「本当か?」)


 なぜか、高坂にしてはしつこく聞いてきたな。と、その時幸介は思ったのだが……


(あいつなりに、何か思う事があったのかもしれない)


 そして、それは正しかった。


(俺は、綾瀬の事が好きなのかもしれない。少なくとも、気にかけてる)


 気がついた感情は止まらず、加速してゆく。

 訪れた変化に抗う事は出来ず、受け入れしかない。もっとも、抗う必要など幸介は感じていないが。

 始まりはほんの些細な出来事だった。

 お礼がしたい。その気持ちは、きっと遼との関係をそこで終わらせたくなかったから、自然とそう感じたのだろう。

 加速する想いは、留まる事を知らない。

 綾瀬と話したい。

 綾瀬の事をもっと知りたい。

 綾瀬と、触れ合いたい。

 そうした感情がいっきに押し寄せ、幸介の感情は昂ぶり続ける。


(会いたい。会って、話したい!)


 直ぐにでも伝えたい気持ち。

 また、それが出来ないもどかしさ。

 幸介は何かに不安を感じつつも、初めての恋に振り回されている。そして、それを心地良いとさえ感じている。

 訪れた変化は大きく、その手綱を上手く操る事は出来ないが、幸介はそれでもいいと思った。

 ただその時は、「綾瀬に会いたい」という念で、頭が一杯になっていた……

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