そして始まる物語
キーンコーンカーンコーン
昼休みを告げるチャイムが鳴った。一瞬にして教室内は騒然とし始め、4時限目の担当講師は早々に授業を切り上げ教室を出て行った。
(飯か……どうしようかな)
幸介は普段弁当持参なのだが、今日はいつも作ってくれる母親から買って食べろと言いつかっていた。お金も渡されているが、まだどうするか決めていない。
「村野、飯食おうぜ」
そう声をかけてきたのは、同じ弁当組の木島だった。
「悪い。今日は弁当じゃないんだ」
「そうなのか? で、どうするつもりなんだよ?」
「まあ、学食か購買くらいしか手はないんだけど……」
「どっちにするにしても、急いだ方がいいぞ。どっちも、この時間は戦場らしいからな。俺は行った事ないから知らないけど」
などと、少しばかり怖い事を言う木島。
「よし。それじゃあ、学食に行くよ」
「そうか。ま、席残ってるといいな?」
「そうだな」
そう応えて手を振り、幸介は木島と別れ教室を後にした。
「うっ……」
学食内の様子を見た幸介は思わず呻き声をあげてしまった。
その混雑っぷりは、いっそ昼飯を諦めた方がいいんじゃないかと、一瞬本気で思う程だ。
「どうしたもんかなぁ」
呟くが、それだけで事態が好転するわけがない。と、周囲を見渡していた幸介の目に、一つだけだが空席が映った。
(チャンス!)
戦場。そうこの場を言い表していた木島の言葉を思い出し、幸介はすぐにその空席を目指す。
急いだかいがあってか、他の人にとられる事なくその席に辿り着いた。
軽く息を吐いて、席に自分の荷物を置く。
「あ」
と、向かいの席からそんな声が聞こえてきた。
疑問に思い、今さらながら向かいの席へと視線を向ける。
「あ」
そして、幸介も同じような声をあげた。そこには、遼が座っていたのだ。
「綾瀬さん」
「……何?」
「あ、えっと……ごめん。席、見ててもらってもいいかな?」
言葉に詰まる幸介だったが、自分がこれから昼食を買わねばならぬ事を思い出し、そう切り出した。
「えぇ」
「ありがとう。じゃあ、よろしく」
そう言って、幸介は券売機へと向かった。
ここの学食のシステムは、券売機にて欲しい商品の券を購入し、それと引き換えにして商品を受け取るというものだ。学食を始めて利用する幸介だったが、それは周りの人間を見てすぐに理解出来ていた。
カツカレーを購入した幸介は、モノを手に入れすぐに席に戻った。
「お待たせ」
「いいえ」
一言そう言葉を交わし、幸介は席に着く。「いただきます」と小さく言い、さっそく手をつける。
(なかなか悪くはないな)
学食のカレーにそんな評価を下しながら、向かいにいる遼に目を向ける。
「そう言えば、綾瀬さんは学食だったんだ?」
「えぇ」
「ここ、結構おいしい?」
「……不味くはないと思うけど。値段もそんなに高いわけじゃないから、私は嫌いじゃないわ」
普段よりも饒舌になっている。遼は自身でそう理解していたが、それが胸の痛みを紛らわす為の行為である事に気付いていなかった。なぜこうまで口を走らせるのかわからず、多少ながら困惑している。
「そっか。俺はいつもは弁当なんだけど、今日はちょっと理由があって用意してもらえなくてさ」
「…………」
「ああ。いつも母さんが作ってくれるんだ」
苦笑しながらそう付け加える幸介。
「いいお母さんね」
「まあ、そうなのかな。あんまりそういう風に考えた事はないけど」
「いいお母さんよ」
「……うん。そうだな」
少し考えてから、しかししっかりと頷く。
「……それじゃあ、お先に」
自分の食事を終えた遼が、そう言って席を立った。
「おぅ」
幸介が応えると、遼は心なしか嬉しそうに去って行った。もっとも、幸介はそんな些細な変化に気がつきもしなかったが。
幸介も自分の昼食を片付ける事に専念し、止まっていた手を動かし始めた。