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気が付かない始まり

 村野幸介は困っていた。

 それはとある日曜日。高校に入ってから新しく出来た友人の一人、村石悠二との待ち合わせ。その場所には一度しか足を運んだ事はなかったが、何とかなると高をくくっていたのだ。ところが……


(道に迷った……)


 基本的には誰とでも仲良くなり、すぐに打ち解ける幸介だが、さすがに道行く人にそこまで親切を受けようとは思えなかった。そこには、負けず嫌いな性格も理由の一つとして含まれているのだろう。

 限界までは、極力ヒトの手は借りない。それが幸介の信念でもある。


(どうしたもんかな)


 考えながらも、周囲を見回す幸介。記憶を探りながら、目的地までの道のりを探す。

 しかし、いくら考えても答えは出てこない。


(本格的に困ってきたかな……)


 と、誰かに道を聞こうかと思った時。

 前方に、見知った顔の人物を見つけた。


(あれは、同じクラスの――綾瀬)


 そう。幸介の視界に入ってきたのは、綾瀬遼だった。彼女は一人で街中を歩いている。何か目的があるのだろうが、特に急いだ様子はない。

 流石に年頃の男の子である幸介。女子にはそこまでアタックをかけていない。勿論、友達として、という意味でだ。女子にも声はかける様にはしているのだが、やはり男子間の様にはいかない様だ。


(まだ喋った事ないんだよな)


 だが、見知らぬ人間に話しかけるより、見知った人間に声をかける方が気が楽だ。輪を広めようとする幸介でも、その気持ちは他の人と変わらない。


「おーい!」


「…………」


「綾瀬さーん」


 幸介は意を決し、手を振りながら遼に駆け寄る。


「やっ。奇遇だね」


「……こんにちわ」


「あ、えっと、こんにちわ」


 きちんと挨拶をされ、幸介は慌てて挨拶を返す。


「何か、よう?」


「ああ。えっと、聞きたい事があるんだけど」


 街中で突発的に会った相手に、聞きたい事があると言うのもおかしな話だが、まあそこは幸介のご愛嬌だ。


「何?」


「桜台の、中央広場って知ってる?」


 幸介のその問いに、遼は無言で頷いた。


「良かった。えっと、そこに行きたいんだけどさ……道、教えて欲しいんだ」


「…………」


「だめ、かな? あ、ここからの行き方を教えてくれればいいんだけど……」


「……こっち」


 遼はそれだけ言うと、踵を返して歩き始めた。

 着いて来い。という事なのだろう。


(連れてってくれるんだ)


 遼の意外な一面を見た気がして、幸介はちょっと得した気分になる。

 遼の何を知っている。というわけではないが、普段の様子からは他人と関わる事を嫌っている様に思っていたのだ。もっとも、それは事実なのだが……

 遼にしてみれば、話すのが面倒だったという事もあるのだろう。それでも、幸介にとっては十分にありがたい事で、その時から、幸介の中で綾瀬遼という人間の存在が、気になり始めていた。


「ありがとう、綾瀬さん」


「どういたしまして」


 広場に着いたとたん、遼は再び身を翻し、颯爽と去って行った。


(やっぱり、何か用事でもあったのかな)


 などと考えながらも、再度遼への感謝の気持ちを覚え、遼の去って行った方向に一度頭を下げた。


(ありがとう)


 そう心の中で呟き、後日何かお礼をしようと決めた幸介であった。



「幸介、遅いぞ!」


「悪い……道に迷った」


 村石を見つけた幸介だったが、目が合った瞬間に怒鳴られ、幸介はとりあえず謝った。


「はぁ?」


「いや、実はここ、一回しか来た事なくて……」


「そういう事は先に言えよな。そしてら、待ち合わせ場所変えたのによ」


「いや、何とかなると思ったんだけど」


「それで迷惑かけてたら世話ねーよ」


「まったくもって……ホント、ごめん」


 心底すまなさそうに頭を下げ、幸介はもう一度謝る。

 自分が悪いと思った事は、きちんとすぐに謝る。それが、友達付き合いを続けていくコツである。


「まあいいよ。とにかく、行こうぜ。ここにいてもしょうがないし」


「おぅ!」


 こうして、幸介は村石と共に遊び回った。

 二人で遊ぶのは初めてだったが、それなりに有意義に過ごせたと、幸介は感じていた……



(これも、綾瀬さんのおかげかな)


 寝る直前に、もう一度そう考え、遼に向けてお礼の言葉を紡ぐ。


「ありがとう」


 と……


 ○――――――――――――――――――――○


 日曜日。

 その日、綾瀬遼は街を歩いていた。太陽は高く昇り、燦々と光りを撒き散らしている。まだ春だと言うのに、まるで初夏なみの暑さだ。

 遼は街を歩いているが、それに目的がないわけではない。独りを好む遼は、自然と本を読むようになっていた。最初は特に理由もなく本を読んでいただけだったが、今は読書が趣味。と、はっきりと言える程だ。

 そんな遼の今日の目的は、新しい本を買う事。

 桜台というこの街は、この近辺で一番賑やかな街で、欲しい物は大体この街で手に入る。

 本を買う為の外出なので、勿論目的地は本屋なのだが、遼はこれといった目的地を定めずに歩いていた。

 本屋も何件かあるわけで、近場から回って行けばいいのだが……

 遼は、考えていた。どの店に入れば、欲しい物を一度の買い物で済ませられるかを。

 単純に所要時間を考えるのならば、その思考は本末転倒なのだが、それだけではない様だ。いかにして荷物を少なくするか。など、いくつかの理由を元に思考を巡らせているのだろう。


「おーい!」


 聞き慣れた、というわけではないが、それでも何度も聞いた事のある声が聞こえてきた。遼は一瞬身を強張らせ、周囲に視線を回す。


「綾瀬さーん」


 今度は、はっきりと自分の名前が呼ばれた事に気付き、その声の主を探す遼。

 すぐに声の主は見つかった。相手から遼に近寄ってきたのだ。声の主は、クラスメートだった。クラスのムードメーカー的存在(だと遼が思っている)の村野幸介である。

 もっとも、遼は幸介の名前など覚えていないが。


「やっ。奇遇だね」


 片手を挙げ、挨拶をしてくる幸介。


「……こんにちわ」


 クラスメートとは言え、ほとんど面識がない相手と言える幸介を相手に、遼は改まった挨拶の言葉を向ける。


「あ、えっと、こんにちわ」


 それに対し、律儀に挨拶をしなおす幸介。遼は微かに意外そうな表情を浮かべたが、幸介は気が付かない。 


「何か、よう?」


 自分には幸介に話しかけられる様な覚えなどなく、そう尋ねる。決して急いでいるわけではないが、あまり他人と関わりたくないのが遼の本心である。


「ああ。えっと、聞きたい事があるんだけど」


「何?」


 偶然出会ったただのクラスメートに、聞きたい事があると言う。その突拍子なセリフに、少しだけ興味を覚える遼。


「桜台の、中央広場って知ってる?」


 幸介のその問いに、遼は無言で頷いた。


「良かった。えっと、そこに行きたいんだけどさ……道、教えて欲しいんだ」


「…………」


 少し落胆する。ただ、道を尋ねたかっただけ。

 そんな事は遼ではなくても良かった事である。ただ、見知った人物がいた。全く知らない相手よりはマシだろう。そんな考えで話しかけられたのなら、遼にとっては迷惑な話だった。


「だめ、かな? あ、ここからの行き方を教えてくれればいいんだけど……」


「……こっち」


 それでも、何となく案内をする気になった。

 ろくに会話もした事がなく、まともに自己紹介をした覚えもない。それなのに自分の事を覚えていて、街中で話しかけてきた……もしかしたら人違いかもしれないのに、迷う事なく名前を呼んだ幸介を……

 信じてみても、いい気がしたのだ。



 広場には、それ程時間もかからずに着いた。そもそも遠い場所にいたわけではない。遼にしてみれば、あの距離で迷う方がどうかしている。とさえ思えた。


「ありがとう、綾瀬さん」


 屈託のない笑顔で言う幸介。

 ズキッ。と、遼の胸に痛みが走った。

 理由はわからない。それでも確かに、その痛みは存在した。


「どういたしまして」


 何とかそれだけ言って、遼は踵を返す。

 幸介から離れれば、この痛みが消えると、そう思ったから。

 幸介はまだ何か言いたそうではあったが、自分にも用事はある。その事を思い出し、遼は足早に本屋に向かう。

 どの本屋に行くか。そんな些細な思考など最早巡らせる気もなく、広場から一番近い本屋を目指した。


(はやく帰りたい)


 なぜかそう思った。

 本屋にも行かず、このまま帰宅するのもいいかもしれない。

 そんな考えも浮かんだが、遼はそうはせず、本屋に向かった。

 その日、何冊か欲しい本を探し当て、それ買ってすぐに帰宅した。まだ太陽は沈んでいない。ただ、沈みかけてはいた。

 夕陽。オレンジ色の世界が広がっている。

 遼はそのオレンジ色の世界で、静かに眠りについた。

 まだ痛みは残っていたが、眠れば、完全に痛みが引いてくれると、そう思ったから。

 そしてまた、翌朝には陽は昇る。その翌朝も、またその翌朝も。

 それでも――遼の胸の痛みは、完全に消える事はなかった……

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