始まらない始まり
入学式が終わり、授業が始まり、そして数日が経ち……
村野幸介は、毎年恒例の【友達作り】に励んでいた。というより、自然とそうなると言った方が適切かもしれない。
通常授業が始まって三日目。その放課後に、幸介はさっそく新しく出来た友人達と共に、近くのカラオケに行く約束をしていた。
(カラオケか……)
嫌いではない。しかし、あまり歌を歌う事事態が得意ではない為、少しだけ不安になる。今までは友人達との交流と言えば、専ら運動関係だったのだから無理もない。
それでも、嫌いでもないのだから。やはり友人の趣味に合わせる事くらいはする。多少自分が引く事をしないと、友人というのは出来ないものだ。自分本位な考え方では、皆から嫌われてしまう。
幸介は、その事を良く理解しているのだ。もっとも、性格上、それ程自身から引く事は多くはないが……
「村野は、いつもどんなの聞いてるんだ?」
そう振ってきたのは、今回の発案者、木島裕二。
問われて、幸介は今正にカラオケに向かっていた事を思い出す。
「うーん……特にコレ。っていうのはないな。ポップスを、適当に聞いてるだけって感じかな」
「へー」
「あ、俺は断然ロックだね」
頷く木島と幸介の間に入ってきたのは、中学から木島と友人だった広瀬弘一だ。
「あ、俺もロック派」
と続いたのは、幸介の中学からの友人、中町宏司だ。
幸介は昔からあまり音楽の話をしない為、中町ともそういった話題で話した事はなかった。友人の知らない一面を知り、何となく嬉しくなる幸介。
「木島はどうなんだよ?」
「俺か? 俺は、いっつもバラード系の曲ばっか聞いてる」
幸介が聞くと、木島はちょっとだけ照れた様に答えた。
「へぇ、何かイメージと違うな」
「うんうん」
幸介にはその〝イメージ〟とやらがよくわからなかったが、音楽が好きな中町と広瀬が言うのだから、きっとそうなのだろう。と、幸介は一人で納得していた。
どんなイメージなんだ? という言葉は出さずに、話の流れを見守る。
「いつもそう言われる。てか、こいつには何度も言われてるよ」
そう苦笑しながら、広瀬を指差す木島。
「だってなぁ……ロックとか、パンクとか……そういう激しいの聞いてそうなんだよ」
「ああ。そんな感じだよな」
広瀬の言葉に頷く中町。
そう。木島は見た目も活発そうで、中身も十分快活な人間である。ノリもいい。それで音楽好きとくれば、大体の人間はロックやパンク等の激しい曲を聞くと思うだろう。
「もう慣れたよ」
そう言う木島の背中からは、ほんの少しだけ哀愁が漂って見えた。
「まあ、今日は4人で楽しもうぜ!」
何となく話題についていけない幸介は、期を見てそう言った。ちょうど、目的地もすぐ目の前まで迫っていた。
「よっしゃ! 今日は歌うぞー!」
ちょっと沈みかけていた木島が、元気良く声を張り上げた。他の3人もそれにノッて、「おー!」と腕を振り上げる。
こうして、新たな友情の始まりを祝う宴が始まった……
○――――――――――――――――――――○
その日、綾瀬遼は独り学食で昼食をとっていた。
新しい生活は既に日常と化し、誰もがそれを甘んじて受け入れている。彼女もまた、そうした大衆の中の一人である事に違いはない。ただ、彼女の場合、その日常が他人とは少し違っている。
周囲との交わりを持とうとせず、また歩み寄って来た者も拒絶する。元から人を寄せ付けぬ雰囲気を持つ遼である。何度かあった彼女への接触の試みも、ひと月も経てば既になくなっていると言っても良かった。
遼自身が独りでいる事を好む為、その状況は遼にとっては好都合なのだろう。周りの人間もそれに気づき始めたのかもしれない。
(ヒトは嫌い……)
遼は、常々そう思っている。善意・悪意の有無に限らず、自分に構おうとするから。世間で言えばかなり容姿の整っている遼は、街中でもよく声をかけられる。学校のクラスメートともなれば、普段の彼女を知っている為、既に声をかける様な真似はしなくなっているが……
遼が異性から注目される事実は変わらない。
(ヒトは、嫌い……)
だから、遼はそう感じる。
下心のある異性。そして、嫉妬を向ける同姓。
稀に孤独である彼女を哀れむ者もいるが、それもしばらくすればなくなる。本当に自分の事を心配しているからではなく、それが偽善だから。遼は、そう思っている。
もしも本当に心から自分の事を案じて接してくるのならば、それこそ遼自身の思考など放っておけばいいのだ。現状は彼女の望む形であり、それを良しとせずに接するのであれば、それが善意として当然の形である。というのが、遼の考えなのだ。
「ねぇねぇ、D組の楯岡君っていいと思わない?」
「うんうん! 格好良いよねぇ」
「あ、でも私はA組の陣内君の方が良いと思うなぁ」
数人の女の子達が、どのクラスのどの男子が良いか。と、盛り上がりながら遼の前を通り過ぎて行く。
遼にとってそれはどうでもいい話題であったし、彼女達にとって遼など知りもしない存在だ。だが、それで終わりではなかった。
遼が一瞬だけ向けた冷たい視線に、一人の女の子が気がついた――と言うよりも、たまたまその視線と目が合ってしまったのだ。
「ちょっとあんた」
「…………」
その視線の合った娘の性格が、遼の視線を良しとする性格でなかったのも災いとなった。
「なに? シカト?」
「…………」
その娘の言葉に、遼は何も答えない。自分に対して投げかけられた言葉だという事には気づいているはずだ。しかし、答えようともしない。
「どうしたの?」
他の少女が、突然見知らぬ生徒に突っかかった友人を、多少訝しげに見ながらそう尋ねた。
「この娘が、私達を見て哂ったのよ」
「え?」
「…………」
彼女達の間に小さなどよめきが走るが、遼は変わらずに無表情のままでいる。さすがに食事の手は止めているが、それが彼女達を相手にしようという態度の顕れでない事だけは確かで、少女もまたそれを理解している。
「……哂ってないわ。気のせいよ」
少女達全員の視線が集中する中、遼は小さくそう吐き捨てた。
少女達の反応を待つ事無く、遼は止めていた手を動かし、食事を再開する。それがまた、最初に遼と視線を合わせた少女の癪に障った様だ。
「あんたねー! 何様のつもり!?」
「…………」
答える事無く、遼は黙々と食事を続ける。
他の娘達も、そんな遼の態度にはさすがに頭にきた様だったが、実際に遼が自分達を哂ったのを見たわけでもなく、いくら友人の言った事とは言え、そこまでこだわるつもりもない様だ。
「いいじゃない、別に。それより、早く行きましょうよ」
「そうよ、時間がもったいないじゃない」
友人達にそう言われ、最初の娘もそれ以上の追及をする気はなくなった様だ。
「そうね……あんた、今度私達の事哂ったら、ただじゃおかないからね」
そう吐き捨て、少女達は去って行った。
「……哂ってはいないけれど」
少女達の背に向けてそう呟くが、その声は彼女達には届かない。もっとも、元より届けるつもりもないだろうが。
(群れる事しか知らない……だから、ヒトは嫌い……)
遼は再び食事を再開し、数分後終える。
ゆっくりと席を立ち、食器を片付け、教室へと戻った……