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告白

 その日は、良く晴れていた。


 幸介が村石の頼みを聞いてから数日。状況は掴めた幸介だったが、今一つ動き出す気にはなれなかった。解決出来る。という確証がなかったからだろう。優子と木島の言葉以外にも、いくらか情報集めをした幸介だったが、未だにハッキリと解決出来るという確信は持てずにいるのだ。


「どうしたもんかなぁ」


 幸介は一人、屋上で寝そべっている。

 うららかな日差しを眩しそうに見上げながら、ずっと同じ事で頭を悩ませている。

 普段あまり頭を使わないせいか、ここ数日で大分疲れがたまっている様にも見える。


「村野君」


 ふと声をかけられ、幸介は身を起こした。

 振り返ると、そこには同じクラスの川原佳乃が立っていた。


「川原か。どうした? 何か用か?」


「……うん」


 いつもの佳乃らしくない、沈んだ様子。その様子がいつも違う事くらいは、鈍い幸介も気が付いた。


「…………」


 急かす様な真似はせず、佳乃が口を開くのを待つ幸介。


「あたし、村野君が好き」


「……は?」


 一瞬、幸介は何を言われたのか理解出来なかった。


「あたしは、村野君の事が好き」


「川原……それ、本気で言ってるのか?」


 聞き様によっては随分な発言ではあるが、幸介の言葉もある意味最もなものだ。


「お前、綾瀬と仲良いんだよな? なのに、何で……」


「何でだろうね……二人の事はわかってる。だから、本当は言わないつもりだった」


 そう語る佳乃の表情は、酷く辛そうなもので……幸介は、目を背けたい衝動に駆られた。しかし、逸らさない。今目を逸らすという事が、どれだけ相手にとって失礼な事か、本能的に理解しているのだ。


「でも、ダメなんだ……どんどん、気持ちが溢れてきちゃう……」


「川原……」


「いいの! 返事は、いらない。わかってるから……でもね、伝えておきたかったんだ。それに……伝えれば、それで、きちんと振られれば、諦められるんじゃないかって、そう思ったから……」


「川原……ごめん……」


「いいの。こっちこそ、ごめんね……それじゃ!」


 そう言って、佳乃は踵を返して屋上から駆け去っていった。

 幸介はその遠ざかっていく背に何も言う事は出来ず、ただ立ち尽くしていた。

 佳乃の想いに応える事は出来ない。自分には、綾瀬がいるのだから。

 そして、今はそれどころではない。厄介な問題を抱えている。

 幸介は、きちんと気持ちの上で答える事も出来なかったな。と、後悔する。だから、佳乃の出て行った扉に向けて、もう一度謝る。


「ごめん」


 その後、幸介は昼休みが終わるまで屋上にいた。

 ずっと、同じ事で頭を悩ませながら。そして、ほんの微かだけれでも、一人の少女に対する謝罪の念を感じながら……



○――――――――――――――――――――○



 最近、幸介の様子がおかしい。

 それ程付き合いが長い訳ではないが、それでも遼はそう感じていた。

 声をかければ変わらずに笑みを返してくれるし、幸介からだって声をかけて来なくなったわけじゃない。それでも……


(いつも、心ここにあらず。って感じ……)


 それが、遼には不安で仕方なかった。

 幸介の事を信じていないわけではない。それでも、不安を感じずにはいられない。自分の事以外に心が向いているのが、怖くて仕方ない。そんな想いが、日に日に強くなってきていた。

 良く晴れたその日の昼。遼はその不安を払拭する為に、幸介と直接話をしようと思った。だから、探した。いや、探す必要などなかった。短い付き合いだけれど、何となく行動パターンもわかってきていたから。

 幸介は屋上にいる。なぜか、そう確信出来た。だから、遼の足は自然と屋上へと向かっていた。



「川原か。どうした? 何か用か?」


 屋上へと繋がる扉に手をかけた瞬間、幸介の声を聞いて手が止まった。


「……うん」


 応える相手の声にも覚えがあった。川原佳乃。〝友達〟と、そう呼べる相手の一人。幸介に向ける感情とは毛色が違うが、間違いなく遼が好きだ思える相手のうちの一人。

 その二人が一緒にいて、何かを話してる。何の問題もない。それは、嬉しい事のはずだ。遼は、そう思う。それなのに、身体が動かない……


「…………」


「…………」


 扉越しに、二人の緊張が伝わってくる。

 遼は、自分の感情を理解出来なかった。今までに感じた事のないモノ……

 最近覚えてきた嬉しい感情ではなく、胸が締め付けられる様な、そんな感情……


「あたし、村野君が好き」


 その言葉を聞いた瞬間、遼は扉から手を離し、その場から駆け去っていた。

 どこに向かっているのかもわからない。なぜ、その場から離れているのかもわからない。それでも、その場所にいたくなかった。それ以上、話を聞いていたくなかった。


(胸が、苦しい……)


 鼓動が早まり、胸がズキズキと痛む。

 自分の中に生まれた感情が何だかわからず、遼はとにかく走る。

 ドンッ。と誰かにぶつかり、遼は足を止める。反射的に、顔を上げる。


「遼?」


「ゆ、優子……」


 遼の顔を見て、優子は驚いた。遼は、涙を流していた。哀しそうな表情を浮かべ、止まる事を知らないかの様に。


「どうしたの?」


 優しく問いかける優子。その表情は、彼女が持つ〝姉〟の表情だ。


「…………」


「……言えないならいいよ。今は、好きなだけ泣きなさい」


「ぅ……」


 優子に抱き包まれ、遼は優子の胸に顔をうずめる。

 優子は優しく遼の背をなでる。

 廊下の真ん中だというにも関わらず、遼は声を殺しながらも涙を流す。優子の胸の中で、本当に止まる事を知らないのではないかと思う程に。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っても、二人はしばらくその場に立ち尽くしていた……



○――――――――――――――――――――○



 結局、遼が落ち着いたのは午後の授業が始まってから十数分が経ってからだった。

 遼と優子は今、裏庭の先にある小さな広場のベンチに腰掛けている。「戻りたくない」そんな遼の言葉を聞き、優子が連れてきたのだ。


「どうしたの? って、聞いてもいい?」


 出来る限り優しく、柔らかい口調で、優子が言った。遼はしばらく何か考えていた様だったが、やがて黙ったまま頷いた。それでも、直ぐに口を開こうとはしない。


「いいよ。遼が言えるまで、待ってるから」


「……ありがとう」


 搾り出す様に、お礼の言葉を紡ぐ遼。その言葉すらやっと出したといった感じで、とてもじゃないがしっかりと話せる様には見えない。気持ちが揺らいでいるのが、見ただけで伺えるのだ。


「…………」


「…………」


 続く沈黙。今いる場所とは校舎を挟んで反対側……グラウンドから、体育に勤しむ生徒達の声が聞こえてくる。


「……さっき……」


「うん」


 ようやく切り出した遼の言葉に、神妙な面持ちで応える優子。


「見ちゃったの……」


「…………」


 何を。とは問わない。あくまでも、優子は遼が自分から言うのを待つ。


「佳乃が、幸介に告白してたの……」


「え!?」


 さすがに、その言葉を聞いて驚かずにはいられなかったらしく、優子は大声を出してしまった。


「ちょ、それって……」


「…………」


「本当に?」


 確認する様に問う優子に、無言で頷く遼。


「……あの佳乃がねぇ……」


 俄かには信じられない。といった風に、肩を竦める優子。だが、遼の真剣な瞳を見て、態度を改める。そもそも、遼が嘘をつく理由はないのだ。


「ごめん」


「うぅん、それは別にいい。さっき、胸借りちゃったしね」


 と、苦笑を浮かべる遼。その笑みは、少し無理している様に見える。


「それで、村野君の返事は聞いたの?」


「うぅん……佳乃の告白を聞いて、直ぐにその場から逃げちゃったから……」


「そっか。まあ、それもしょうがないね……でも、どうするの?」


 この場でそれを聞くのは酷かもしれない。そうも思ったが、それでも優子はあえて尋ねた。遼の意思を、確認しておきたかったのだ。


「……私は……幸介を、信じてるから」


 それは、ある意味曖昧な答え。それでも、優子が納得するには十分な答えだった。


「なら、問題ないよね?」


「……うん」


 少し間が空いたものの、それでも確かに、遼はしっかりと頷いた。


「佳乃の事だけど……」


「大丈夫」


 優子の言葉を遮る様に、遼が言った。


「佳乃とも、ちゃんと話す」


「……うん、そうだね。それが良いよ」


 清々しい。とまではいかないものの、それでも笑顔で、優子は応えた。遼も、微笑みを浮かべた。


「優子」


「うん?」


「ありがとう」


 それは、遼の正直な気持ちだった。何も飾る事なく、真っ直ぐに向けた言葉。


「いえいえ、どういたしまして」


 応えた優子の笑顔は、より眩しいものに見えた。

 遼の表情も、暗く落ち込んだものだったのが信じられない程に、柔らかな笑みを浮かべられたいた。

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