生まれた絆、壊れた友情。
幸介の遼に対する呼び名は、いつの間にか「綾瀬」で定着していた。
それは、告白の日から自然と訪れた変化であり、当人達を含めそれを気に留める者はいなかった。それ程、些細な事なのだろう。しかし、その逆は違った。
遼の幸介に対する呼び方。それは、告白の日から「幸介」に変わっていた。そこにあまり遠慮が感じれられないのは、遼の性格故だろうか。
「綾瀬」
それは告白の日から数日が経ったある日の放課後。幸介はHRが終わるなり遼の元に駆け寄った。
「一緒に帰ろうぜ?」
「いいの?」
呼び方については遠慮のない遼だったが、行動に関しては随分と消極的になってしまう。それは、今まで人と接する事を避けていた反動なのかもしれない。
「いいに決まってるだろ。俺が、綾瀬と一緒に帰りたいんだから」
「――うん」
遼は頷いて、帰り支度を済ませる。
「行きましょう」
「おぅ」
そんな会話をして、二人は肩を並べながら教室を後にした。
「そう言えばさ」
帰路を進む途中、ふと幸介が口に出した言葉。
「お礼の件、何か決まった?」
「?」
幸介が何を言っているのか理解出来ず、遼は首を傾げる。
「ほら。道案内してもらった時の」
「あ」
言われて、遼は思い出した。
幸介の事を考えるあまり、お礼云々の話など忘れていた。
「忘れてた?」
「……うん」
「ま、いいけどね」
と、苦笑する幸介。
「これからはさ。お礼とかそういうんじゃなくて、俺がしたいから、色々としてあげたいと思うんだ。だから、して欲しい事があったら言って欲しい。本当に、遠慮なんかいらないから」
「うん。ありがとう」
幸介相手だとどこか一歩引いてしまう遼だったが、その反面、気持ちの上では素直になれた。心を許している。とも言える。
「でも――私、幸介と一緒にいられるだけで幸せだから」
「~~~~」
遼の不意の言葉に、幸介は顔を真っ赤にして俯いてしまう。その様子を見た遼も、自分が言った言葉に遅れて恥ずかしくなり、幸介同様に顔を赤く染めて俯く。
似たものカップルだ。
「幸介」
「ん?」
「一つ、お願いがあるんだけど」
控え目な口調・表情で、遼が切り出した。
「何?」
「手、繋いで欲しい」
「――――」
幸介は一瞬唖然としたが、直ぐに朗らかな笑顔を作る。
黙ったまま、幸介は遼の手を握る。
「……ありがとう」
二人は、そっと手を取り合って歩く。
その繋がれた手の温もりを互いに感じながら……
○――――――――――――――――――――○
「しかし……まさか、相手が綾瀬さんとはね」
二人仲良く教室を後にした幸介と遼を見送った面々のうちの一人、高坂がそんな呟き声を漏らした。
「っていうか、急変し過ぎだろ……」
「でも、何となくそんな気もしてたけどな」
広瀬の言葉に、中町がそう付け加える。
「ともあれ……俺の予想は当たってたわけだ」
どこか勝ち誇った様に、高坂はその面々に言い放った。
それを聞いて呆れる者もいれば、特に何も感じない者もいた。そして、それを良しと思わない者も。
「それは俺へのあてつけか?」
刺々しい物言いで、村石が言った。
一同が同時に村石に振り返る。
「いや、そんな事はないけど」
「けど、何だよ?」
村石にしれみれば、あてつけ以外のナニモノでもなかったし、ここまで来たら男として引き下がる事は出来なかった。だから、自分の感情以上に高坂に突っかかる。
「お前な……何そんなにムキになってるんだよ?」
そんな冷静な高坂の態度が、余計に腹の虫を苛立たせる。
「俺の事バカにしてるのか? なあ、そうなんだろ?」
「何言ってるんだよ……」
「ハッキリ言えばいいだろ!」
もう、歯止めは効かなかった。
今にも殴りかかりそうな勢いで、村石は叫び散らす。
「落ち着け。って言っても聞かないんだろうな……」
「…………」
もはや、村石は何も言わない。ただ黙って、高坂を睨みつけている。
「そうだな……お前はバカだよ。何だか知らないうちにキレて、突っかかってくるんだからな」
「そもそも、俺達がつるもうって言うのが間違いだったんだよ」
「…………」
二人の刺々しい雰囲気に、誰も口を挟む事が出来ないでいる。
たった数週間の友情など、ほんの微かな綻びときっかけだけで、簡単に崩れ去ってしまう程に脆い。
それが、中学生活の3年間という溝があるからこそ、余計に……
当事者二人を除いた面子は、ここにきて幸介の凄さに気がついた。幸介の持つ独特の雰囲気。人と人を繋げる能力……
村石は一人教室を出て行き、その場に残された者達も誰も喋らない。否、何を話していいのかわからないのだ。
しばらく沈黙は続き、陽が落ち始めた頃、ようやく高坂が口を開いた。
「帰るか」
「そ、そうだな」
他の者達も一様に頷き、その日はどこに寄る事もなく皆解散した。
幸介という架け橋を失った瞬間、一つの友情が壊れたのだった……