第1章 エミリー
ここでは初めての掲載とさせてもらいます。手厳しい評価を、お待ちしています。
アメリカ合衆国、ニューヨーク、マンハッタン。
ここはアメリカ随一の繁栄を誇る街。
昼間は人々がコンクリートを歩く高い音、笑い声、歌い声、陽気な場所で素晴らしい。
道という道では大同芸能人が己のパフォーマンスを競い合い、売れない画家も
必死にと自己をアピールし売りさばき、セールスマンは道を切羽詰まった顔で
歩いていく。
そして、夜は危険だ。だが、昼間とは違った陽気さを見せる事が出来る。
大通りにはタクシーのヘッドライト、ビルの電飾、オフィスの光、上空には
旋回するヘリ。とても、とても幻想的で素晴らしい、100万ドルの風景とは
よく言ったものだ。が、路上には浮浪者、大麻たばこを吸う若者、派手な衣装を
着た踊り子たち。とても汚く、目にも移したくない光景。しかし汚れはこの街では
必然、これが真のニューヨークの姿。
そんな中、俺は下水道や酔っ払いが吐いた吐しゃ物の悪臭が立ち込める路地を
一人、歩く。足元には変に変色したコンクリート、きっとオイルかゲロだ。
俺は革靴が汚れるのを嫌がり避けて歩いて、代わりにそこに口にくわえた
値段が上がった高価な煙草を捨てる。煙草は地面に落ちても、数秒、輝いていたが
すぐに地面の色に飲み込まれ俺には見えなくなった。
今日のいでたちを見る。
ピッチリと着こなされた高いが、派手ではなく無難なスーツ。
首元までにしっかりと結んだ落ち着いた色合いのネクタイ。ワイシャツの袖もとめてある。
俺はこの路地にある窓を見る。上からのビル街の明かりに照らし出され俺の顔が映った。
前髪はきっちりと上にあげられ、乱れた若者ではなく少しはねた癖のある白髪の
混じった髪。きっちりと蒼い剃り残しのない顎。凛とした瞳。締まりのあるキュッとした
口元。少し年季の入ったヴァイオリンの様な顔のしわ。
よし、完璧だ。俺はそう、自画自賛してズボンのポケットの中にある箱をギュッと握る。
その中にはブローチが入っている。俺の1カ月分の給料をコツコツと貯めて買った品だ。
それも少しはまけたんだ。
宝石もの展の親父は困った顔をしていたが、俺が「恋人に渡すんだ」
というとあっさり負けたよ。
そう、これは恋人に渡すものだ。
名前はエミリア・ミッドエル。俺とは10も年下の25の娘だが芯はしっかりとした
一緒に居ておもしろい子だ。彼女はすぐにオレのハートに火を付け、瞬く間に
とりこにしてくれた。あの優しい笑み、広い心。いままであってきた最高の
女性だ、そう俺は確信した。そして、付き合うという所まではすぐに行った。
自分で言うのもなんだが俺は昔から、その容姿によって女性にはかなりモテた。
大学の時代には3又くらいは平気でして女遊びにふけったかなりの悪ガキだった。
だが、社会の厳しさを知って真面目に生き、今もこうしてきちんと会社に勤めて、
その給料でプレゼントを買う、まるで普通の事だ。
俺は路地から出て、彼女と待ち合わせるグリニッジ・ヴィレッジの大通りに
辿りついた。ここから50mも進めば待ち合わせのバーにつくはずだ。
グリニッジ・ヴィレッジはニューヨークのダウンタウンにある古風な住宅街であった。
街路樹は夜の街灯に照らされ美しく、道端に落ちる缶や座り込む浮浪者たちをも、
何処となく感情的な想いをこみ上げさせる。
そんな彷彿とした気分でさまよっているとふと、腕時計を見る。
やばい、もうそろそろ待ち合わせの時間ではないか。歩調を急がせ、だが
革靴が下の変色したオイルに浸からないように細心の注意を払って待ち合わせ
場所のバーへと急いだ。
あっという間だった。10秒も歩くと別に派手でもなく、この古風な街によく
染み込んだ落ち着いたバーに到着した。レンガ造りの壁にはツタ植物が
互いに絡み合い、風雨にさらされた赤いレンガは独特の味を醸し出す。
ここは彼女行きつけのバーの様だ。俺は彼女のセンスに称賛してバーの
扉を開ける。カランコロン、良い音だ。木製の鈴が店の中に来店を告げた。
あまり広くないバーの中では落ち着いた音楽が流れ、誰かがピアノを生で
ひいているようだ。美しいリズムが俺を既に酔わす。「いらっしゃい」。
バーカウンターの奥でグラスを磨きフンフンと鼻歌を唄う皺くちゃの
50代半ばのマスターが、そう言って会釈をし、俺は彼に会釈をし返した。
バーの中に人は多くなかった。1組のカップルがテーブル席に座り窓際の
美しい外の光景に酔いしれながら話し、3人のネクタイを緩めた親父達は
L字型のバーカウンターの端で、細々とロックカクテルをカラン、とやっている。
客は4人、それだけしか見当たらない。
俺はコツコツと木製の床板を通ってマスターの方へ向かい。
「エミリー、いやエミリアという女性は此処にいないか?」
と、尋ねる。彼は酒の準備をしようとしていたが突然の質問に少し焦っている
様子だが、すぐに優しく落ち着いた顔になって。
「ああ、彼女の事かい」と皺くちゃの顔を笑わせ、
「ミッドエルさん、貴方にお客さんですよ」とこの室内の端にドンと構えている
大きなピアノの方へ向けて呼びかける。すると、ピアノの音は止み、
その影から一人の女性が出てきた。
「まぁ!待ちくたびれましたわ!」
俺の心臓が一瞬にして跳ね上がり、歓喜のダンスを踊った。
ピアノの陰からは今まで演奏していたエメリーが出てきて、ててて、と
俺のもとへ駆け寄った。
すると。
「おい、もっと弾いてくれよぉ。楽しんでたのにぃ」ほろ酔い状態の親父3人が
彼女に呼び掛ける。どうやらからかってるわけではなくて本当に楽しんでいたようだ。
その証拠に、3人の一番端に座って飲んでいる眼鏡のショボショボとした親父は、
何を思ったか涙ぐんでいる様子が見受けられ天井の雰囲気の良いダウンタライトの
淡い茶色の光に彩られ、輝き皺に染み込む際もとても美しく見えた。
「ごめんなさい、ちょっと待ってね」彼女は愛想よく親父たちに笑顔を向けると、
親父たちは何処か懐かしげな優しい表情で、うんうん、と頷いてロックをグイッと
喉に入れた。まるで愛娘を見る感じだ。そして、親父たちは視線を俺に向けると
ニヤニヤと下品な顔をしやがった。
彼女は何かを要求するようなクッキリとした目で俺の事を見つめる。
「すまない。道に手間取ってな」
俺はそう冷静に言ったが、心臓はバクバクといっていた。
その答えに彼女はフンフン、と頷いてじぃっとこっちを見た。……なるほど、了解した。
短いショートヘアーの金髪、蒼くくっきりとした瞳、吸いつけられそうな小ぶりな唇。
可愛い背丈で俺の胸元程度だが、上目づかいに見つめる彼女はとても美しく、可愛い。
俺は彼女の背中に手を回し、カウンター席へ誘導する。彼女はウフフ、
とかわいらしく微笑みながら。
「貴方の手・・・・・・大きくて優しいわね・・・・・・」
と顔を赤らめながら上目で俺の事を見て言ってきたもので。
「そ、そうか」とついうろたえたような口調で返してしまった。
これではただのヘタレだ。気を取り直そう。
席につくと彼女はちょこんとカウンターに手を出して、マスターに向かい。
「私いつものね」と馴れた口調で言うと、マスターははいはい、と皺くちゃな顔で
頷いてやさしい笑顔を彼女に向け。
「モスコー・ミュールね。相変わらずだなぁ、冒険はしないのかい?」と笑いながら
言って、カクテルをつくり始めた。
ミキシンググラスをバーの下から取り出し、ウォッカ、ライム・ジュース、ジンジャービアを
次々に丁寧な持ち運びでグラスの中に静かに注いでいくと思うと、今度は激しく、優しく、
まるで春の波のように緩急をつけてバー・スプーンでかき混ぜ始める。
「あなたはどうするの?」
ハタとして視線を戻す。俺はマスターの素晴らしい手さばきに見とれていたようだ。
「そうだなぁ・・・・・・アイリッシュ・コーヒー、作れるか?」俺はお気に入りのカクテルを
一つ、リクエストする。これはアイリッシュ・ウィスキーをベースとしたカクテルで、
それを仕入れている店ぐらいしか作れないものだ。
ただ、そのウィスキーを置いているバーはかなりの強者だろう。
俺はそんな気持ちで試してみたのだ。すると、マスターは皺を寄せ、
クックックと面白そうに笑いながら。
「お前さん試してるだろぉ?安心しな、作ってやるよ。
サービスで少しウィスキーを多くしよう。
なんてったって、ミッドエルさんのお客さんだからなぁ」
と、父親愛に似た表情をエミリーに見せウインクをする。
彼女は「もう、マスターったらぁ」とかわいらしく笑ってマスターにこたえた。
彼女はここの常連や、マスターに素晴らしい愛を受けているようだ。
羨ましい、そうとも俺は思える。俺は全然違う。会社では無粋な顔をして淡々と
業務に打ち込んでいるだけだ。ただ、おばさんたちは何かとコーヒーのお代わりを
したがりだが俺は紳士的な態度とは裏腹に、そこまでは嬉しくはなかったと思う。
常連のレストランが特にあるというわけでもなく、お気に入りのウェイトレスが居る
という訳でもなく、お気に入りの常連客が居るという訳でもない。
それが今まで俺の中で普通だった。
「本当に愛されてるんだな、君は」そう俺が確信して言うと彼女は「そう?」と言って。
「私は愛されてるとは自分で自覚した事はないわ。けど、皆の事愛してるわよ?」と
俺と、そしてマスターに向かってウインクをまじえて、笑顔を降り注いだ。
天使のような笑顔はオレのほおを緩ませて、愛しい気持ちを一層膨れ上がらせた。
失いたくはない。俺はそう思って、今まで俺の事を散々欺いてきた女の事を
思い出そうとしたが、今はエミリーの事でいっぱいの頭は、受け付けず、
俺はそれが分かるとすぐにあきらめエミリーの美しい横顔を見つめる。
「その愛を受け止めてやんなきゃなぁ、あんさんよ」
とマスターは笑みを含めて言い、俺は視線をマスターに戻す。彼は
「はいよ、モスコー・ミュールとアイリッシュ・コーヒーさ」
彼は俺とエミリーにカクテルを差し出し、意味ありげな視線を俺に向け、
俺は愛想笑いを返すことしかできなかった。しかし、それで彼女に対しての
愛は伝わったのだろうか、彼はまた笑って。
「今日は私の付けだ。存分に飲み、語りたまえ」
と、言って酔いどれ親父たちの方へ向かっていった。
エミリーと彼の事を見つめると、彼女は俺の事を無垢な青い瞳で見つめ、
またドキリとさせる。そして。
「今日は・・・・・・フフ、何を話しましょうかぁ?」
まるで子供のような純粋な笑みを見せ、俺は少し、恥ずかしながら、
戸惑った。
第2章へ。




