【萬覚帳 安政三年】
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掻塚村百姓与惣次家旧蔵 表紙に萬覚帳安政三年とあり
一、正月より雪なく春は旱にて麦の出来よろしからず。
一、二月末屋根を葺き替ふ。人足のべ十四人飯米四斗を遣ふ。
一、五月廿日昼久兵衛が娘ふさ十九母と連れ立ちて町場へ出るとて瀬の渡りにかかり石より石へ渡り行きしが中程にて石と石との間へ沈みて上がらず。母は裾をからげて水を渉り先に向うの岸に上がりゐたり。水は膝にも足らぬ流れなり。村中総出にて三日が間さらひしかど終に出でず。竿を入れし者の言ふに一丈の竿の立ちて底に届かざる所ありしと。廿三日を限りに打ち切る。久兵衛方へ見舞ひとして米五升を遣す。
一、六月田植ゑ済む。日和よし。
一、十月新米を町場に売る。値よろし。
【現代語訳】
一、正月から雪がなく春は日照りで麦の出来はよくなかった。
一、二月の末に屋根を葺き替えた。人足はのべ十四人、飯米四斗を遣った。
一、五月二十日の昼、久兵衛の娘のふさ(十九)が母と連れ立って町場へ出ようとして瀬の渡りにかかった。石から石へ渡っていったが中ほどで石と石との間へ沈んで上がらない。母は裾をからげて水を渉り先に向こうの岸に上がっていた。水は膝にも足りない流れである。村じゅう総出で三日のあいだ川をさらったがついに出なかった。竿を入れた者が言うには一丈(およそ三メートル)の竿が立って底に届かない所があったという。二十三日を限りに打ち切った。久兵衛方へ見舞いとして米五升を遣わした。
一、六月、田植えが済んだ。日和はよかった。
一、十月、新米を町場に売った。値はよかった。
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【巡回日誌 明治二十四年六月】
豊嶋郡掻塚村駐在所詰巡査の勤務日誌 六月の分一冊のみ現存
六月八日 晴
午前八時ヨリ村内ヲ巡回ス。異状ナシ。午後種痘済ノ調ヲ為ス。
六月九日 晴
午後一時頃村民野口某駆ケ来リ其ノ二男寅松八歳川ニ沈ミタル旨届出タリ。仍テ直チニ現場ニ臨ム。現場ハ村内ヲ流ルル小川ニシテ流レヲ渡ル為ノ石十一箇間ヲ置キテ並ビタル所ナリ。川幅二間余水深ハ深キ所ニテ八寸ニ過ギズ。同伴ノ児童平田某長男九歳ノ申立左ノ如シ。寅松ハ石ノ上ヲ跳ビテ渡ル遊ビヲ為シ居リ自分ハ水ノ中ヲ歩キテ雑魚ヲ捕リ居リタリ。寅松中程ノ石ト石トノ間ヘ沈ミタリ。水音ヲ聞カズ。以上児童ノ言ニシテ要領ヲ得ズ。直チニ村民ヲ集メ川ヲ浚ハシメタルモ発見ニ至ラズ。日没ニ及ビ捜索ヲ翌日ニ期ス。
六月十日 曇
午前五時ヨリ捜索続行。下流二十町ノ間ヲ検セシモ得ル所ナシ。
六月十一日 曇
村民ヲ催シ再ビ川ヲ浚ハシムルモ発見ニ至ラズ。
六月十二日 雨
本署ヨリ巡査部長出張シ実地ヲ検分ス。寅松ハ誤リテ足ヲ滑ラセ溺没シタルモノト認メ捜索ヲ打チ切ル。父野口某ヘ其ノ旨申シ渡ス。
六月十三日 晴
村内ヲ巡回ス。異状ナシ。
【現代語訳】
六月八日 晴
午前八時から村内を巡回する。異状なし。午後、種痘済みの調べを行う。
六月九日 晴
午後一時頃、村民の野口某が駆けてきて二男の寅松(八歳)が川に沈んだと届け出た。ただちに現場に向かう。現場は村内を流れる小川で流れを渡るための石が十一個、間を置いて並んでいる所である。川幅は二間余り(およそ四メートル)、水深は深い所でも八寸(およそ二十五センチ)を超えない。同伴の児童、平田某の長男(九歳)の申し立ては左の通り。寅松は石の上を跳んで渡る遊びをしており自分は水の中を歩いて雑魚を捕っていた。寅松は中ほどの石と石との間へ沈んだ。水の音は聞いていない。以上、児童の言であって要領を得ない。ただちに村民を集めて川をさらわせたが発見には至らない。日没になり捜索は翌日に持ち越す。
六月十日 曇
午前五時から捜索を続行する。下流二十町(およそ二キロ)の間を検分したが得るところはない。
六月十一日 曇
村民を集めて再び川をさらわせたが発見には至らない。
六月十二日 雨
本署から巡査部長が出張して実地を検分する。寅松は誤って足を滑らせて溺れたものと認め捜索を打ち切る。父の野口某へその旨を申し渡す。
六月十三日 晴
村内を巡回する。異状なし。




