三・兄の友人と踊った
そんなことを考えながら、一人で出かけたギンゴウ伯爵家の舞踏会。
以前にも一人で出席したことがあるので、そこについて特に思うところはない。
ちなみに両親は別のパーティに出席している。さすがに噂を知ったのか、わたしが一人で出席することに心配そうにしていたけど、先手を打って、ハリエットと積もる話があるから、と両親の言葉を封じた。
ハリエットのお母様であるギンゴウ伯爵夫人に挨拶をして、ハリエットを探す。
出席者はおそらく百人ほどだろうけど、人を探すとなると骨である。
ギンゴウ伯爵家の親しい家にしか招待状を送っていないとはいえ、いま動き回ればきっと声をかけられるし、ひそひそとした囁きも届くだろう。
ちょっと困っていると、あちらのほうから見つけてくれた。
「プリシラ!」
「ハリエット。ああ、よかったわ。どうやって探そうかなって思っていたの。素敵な舞踏会ね。あなたのお母様のセンスはいつも最高だわ」
異国風とか、神話風とか、奇抜なテーマで夜会や舞踏会を開く家もある。
ギンゴウ伯爵家は奇をてらわず、ありふれた普通の舞踏会を丁寧に作っている。
だから、落ち着いた穏やかな舞踏会なのである。
ハリエットは、わたしをぐいぐい引っ張って、観葉植物の影に行く。
「ヴィンセント様が、セオドーラ様をエスコートして来ているわ。お母様は、トリヤ男爵家には招待状を送らなかったはずなんだけど」
「ヴィンセントのパートナーとして一緒に来ているのでしょう」
「わたしは、わたしとあなたの友情を知っているのだから、ヴィンセント様はあなたと来ると思って――。ごめんなさい、プリシラ」
「あなたが謝ることは何もないわ。それに、あの二人にも何も悪いことはないのだから」
ハリエットにこんなに気をつかわせてしまっていることに、わたしはものすごく良心が痛んだ。
「わたしは本当に平気。ちょうどいいから、めぼしい殿方を眺めてみることにするわ」
「もう」
ハリエットはわたしを励ますように腕を軽く叩いて、来客への挨拶へ戻っていった。
そしてわたしは壁の花よろしく、会場全体を見られる場所に陣取る。
結婚相手として、誰が残っていただろう。
聖職者を目指す伯爵家の次男とか、後妻を探している子爵とか、爵位のある家と繋がりたい商人とか。
見えたのは、花婿候補として少し考えてしまう面々だ。
もっともわたしの年齢を考えれば、それほど贅沢なことは言っていられない。
そんなことをしていると、ヴィンセントがやってきた。
「プ、プリシラ。来てたんだな」
「ええ。ハリエットの家だもの。招待状はもちろん貰うし出席するわ。わたしは、来ないほうがよかった? 先に言ってくれれば少し考えたのだけど」
「いや。でも、それなら、エスコートをちゃんと」
「ヴィンセント様! ここにいらしたの。あ、あら、えっと」
わたしたちの会話に割り込んできたのは、セオドーラ様だ。
空色のすっきりしたラインのドレスがよく似合っている。ネックレスはデビュタントに相応しい一連のパールで、イヤリングはパールと小さなサファイアだ。
わたしはにっこり微笑む。
「どうぞ、わたしのことはお気になさらず。ああ。わたしが行きますわ。では失礼」
セオドーラ様は女性にしては長身だ。こうやって見ると、ヴィンセントも結構背が高いから、バランスはいい。
二人から離れたのはいいものの、あちこちで数人の夫人が集まって話をしているから、うっかり近づくと危ない気がする。
ハリエットのそばが安全だろう。
そう思って見れば、彼女は婚約者とくっついて知人たちに挨拶中だった。
「失礼。一曲よろしいですか、プリシラ嬢?」
ふいに声をかけられて振り向くと、がっちりした体型の紳士がいた。
「まあ、アルボン様。ええ、喜んで」
アルボン・ブレインチ公爵様は、わたしの兄パーシバルの友人である。
学園で同級生だった縁が、ずっと続いているのだそうだ。
骨格のはっきりした顔立ちにはまっている深い青い瞳は切れ長で、黒髪は昨今の流行からすると短すぎるものの、よく似合っていた。
すらりとした体型の男性がもてはやされている中、背も高くがっちりしている公爵様を、少し恐ろしく感じる女性もいるらしい。
でも女性にはもちろん、子供にも動物にも優しい穏やかな人である。
友人の小さな妹にすぎないわたしにも、名前で呼んで欲しいと気軽に言ってくれた方だ。
わたしはアルボン様の手を取って踊りはじめた。
「そういえば、アルボン様。今年は社交に勤しんでいらっしゃるんですね」
「うん?」
「去年はお見掛けしませんでしたけど、今年は、えっと、お目にかかるのは三回目かしら?」
「ああ、そうか。こういうのは、あまり得意ではないからね。だいたいは、必要な社交だけすませて領地に帰っているんだよ。去年がわたしの普通だったんだ。一昨年は、きみがデビューだからというので、パーシバルに強制――ごほん。誘われて」
言い直したけど、手遅れである。
わたしのデビューを案じた兄が、友人に声をかけてくれていたようだ。
ばつが悪そうに咳払いをするアルボン様に、わたしは軽く笑って頭を下げた。
「申し訳ありません。兄が無理を言ったのですね」
「そういうわけでは……。失礼した」
「いいえ。では今年も、どなたかに強制されたのですか?」
「いや、そんなことはないよ。それに、ここの――ギンゴウ伯爵家の舞踏会は嫌いじゃないからね」
「ふふ、わたしもです」
わたしにとって兄の友人であるアルボン様は、なんというか、大きな熊のぬいぐるみのような安心感がある。
「きみは、ここのハリエット嬢と親しかったかな? ハリエット嬢はヴァーク公爵家との婚約がととのったのだったか」
「ええ。見事に先を越されましたわ」
「プリシラ嬢は、てっきり、ウィロウ侯爵家の令息と婚約していたのだとばかり思っていたよ。パーシバルも、そのようなことを言っていたから」
「幼馴染ですけど、婚約はしていません」
「そうなのか」
わたしの言葉に、アルボン様は少し考えるように口をつぐむ。
わたしは思い切って、他の人の意見を聞いてみることにした。
「あの、アルボン様?」
「何かな」
わたしは目線でヴィンセントとセオドーラ嬢を示した。
「あの二人は、お似合いだと思いませんか?」
「え?」
「ウィロウ侯爵家と我が家はわたしたちを結婚させようと思っていたようなのですけど、わたしはあの二人をお似合いだと思ってしまって。それなら、そちらの方向へ話を持っていったほうがいいのかと考えているところなのです」
アルボン様は、軽く目を見張る。
「彼の幸せを思い、きみが身を引くということなのだろうか?」
「それほど大げさなことではありません。婚約しているわけではないですから。ヴィンセントは幼馴染で、恋愛感情というより、兄弟愛というか友情というか。なので、幸せになって欲しいとは思っているのです」
「なるほど」
何やら考え込んでしまった。
それほど真剣な話ではなかったのだけど、申し訳なくなってくる。
「ごめんさい。こんなお話、ご迷惑でしたね」
「いや……。いや、考えさせられる話だ」
「そうですか?」
どのあたりを考えているのか、わたしにわかるわけもない。
そしてちょうど音楽が終わる。
「お相手をありがとう、プリシラ嬢」
「こちらこそ、アルボン様」
挨拶をして手を離すと、すぐに声がかかった。
「プリシラ」
「あら、ヴィンセント」
思いのほか近くにいて、少し驚く。
「今日のリボンは、オリーブ色なんだ」
「え? ええ、ケイリーが選んでくれたのよ」
「そう……」
そしてヴィンセントが手を差し出してきた。
「ぼくとも踊って欲しい」
「え――」
反射的に手を取りかけて、視界の隅にセオドーラ様が入る。
彼女はほんの少し顔を歪めているように見えた。
わたしはすっと手を引いた。
セオドーラ様は、やっぱり最初から、ヴィンセントを狙っていたのだろうか。
だとすれば、わたしはお邪魔である。
そして一歩下がる。
「ごめんなさい、ヴィンセント。少し疲れたので、休むわ」
「じゃあ、何か飲み物でももらってこよう」
意図が通じなかったのか、セオドーラ様のところに戻ろうとしないヴィンセントに、わたしは首を振った。
「ううん。ふりだって、ちゃんとしなくてはだめよ。あそこにハリエットがいるから、わたしは彼女と話してくるわ」
軽く手を振って、ヴィンセントに背を向けた。
ハリエット目指していく途中で、わたしの耳にも聞こえてくる。
「まあ、美しさでは男爵令嬢のほうが……」
「プリシラ嬢も悪くはないけど……」
「ここにきて捨てられるとは気の毒に……」
捨てる前に、拾っていないし拾われていない。
わたしたちにやましいところはないし、わたしとしては特に痛くもかゆくもないけれど、家族がどう反応するかは別である。
両親にはすでに心配されている。
幸いなことに、うちのお兄様はお義姉様が妊娠中で、大事をとって二人とも今年は領地にいる。
さらに幸いなのは、ヴィンセントのご両親が今シーズン、王都にいないということだ。
ウィロウ侯爵がぎっくり腰になったのだそうだ。長距離移動は難しいとドクターストップがかかった。
そして侯爵夫人も看病のために残ったのだ。
身内が本格的に問い詰めてくる前に、セオドーラ様の恋心が――誰に対してなのかはともかく――実ればいいと思う。
それにしても、社交界はゴシップに飢えている。
わたしが向かっていることに、ハリエットが気づいてくれた。
婚約者のトレヴァー様から離れて、わたしと腕を組み迎えてくれる。
「プリシラ、気にしてはだめよ。本当に、おしゃべりスズメがうるさいこと」
眉間にしわを寄せたハリエットに、わたしは肩をすくめる。
「そういう世界よ、気にしていないわ。それに、ブレインチ公爵様にお相手をしていただいたから楽しかったもの」
「ああ、あなたたち、知り合いなのよね。ちょっと威圧感があるけど、紳士だと思うわ。独身の公爵なんだし、釣り書きは山と届いていると思うけど、どうして結婚しないのかしら?」
「そうなの? もてないって、前におっしゃってたわよ。女性には怖がられるから、って」
「怖いかしら? あの方、すごく乗馬が上手なのよ。颯爽と乗りこなすの。人馬一体という感じで、とっても素敵だったわ」
「こら、聞き捨てならないよ、ハリエット」
ハリエットがわたしを連れて戻ったのは、トレヴァー様のところだ。
ヴァーク公爵家嫡男トレヴァー・ヴァーク様。現在は、公爵家が持つ爵位の一つであるラインデン子爵を名乗っている。
わたしやハリエットの三歳年上。褐色の髪に緑色の瞳の、細身の貴公子である。華奢に見えるものの、剣術や馬術で鍛えているので弱々しさはまったくない。
トレヴァー様は、他の男性の話をしている婚約者に少しへそを曲げたように唇を尖らせてから、わたしを見て鮮やかに余所行きの表情に変え微笑む。
「ごきげんよう、プリシラ嬢」
「ごきげんよう、トレヴァー様」
挨拶の間に、トレヴァー様はプリシラの腰に手を回して、頭のてっぺんにキスを落としている。
プリシラが楽し気にくすくすと笑った。
「あら、トレヴァー。焼きもち?」
「そうだよ。わたしの前で他の男をほめるなんてひどいじゃないか」
「あなたの乗馬姿もちゃんと素敵だと思っているわよ」
何とも言えない甘い雰囲気である。
わたしは軽く咳払いをした。
「ハリエット。わたし、そろそろお暇するわね」
「え、もう? でも……。ええ、わかったわ」
わたしとしては、セオドーラ様の邪魔になりたくなかっただけなのだけど、ハリエットは彼ら二人を目に入れたくないのだろうと勘違いしたようだ。
いずれ説明して、ヴィンセントとセオドーラ様の名誉を回復しようと心に決めた。




