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幼馴染兼婚約予定者が美女に頼られたので、わたしは二人を応援することにした。  作者: ねむのき新月


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2/6

ニ・噂になりはじめた

 セオドーラ様の依頼通り、ヴィンセントは彼女の恋人のふりをしているようだ。


 先日のように買い物途中で見かけたり、わたしの耳にも噂が届いたりする。

 そして夜会にちょっと顔を出せば、ひそひそとした囁きが遠巻きにかわされていた。


「ウィロウ侯爵家のヴィンセント様とトリヤ男爵家のご令嬢がこのところ仲がよろしいようで」

「昨夜の夜会で三回もダンスをされたとか」

「ヴィンセント様は婚約なさっていなかったのね。それなら、わたくしもがんばればよかったわ」

「今からでも間に合うかしら?」


 意外と言っては失礼かもしれないけど、ヴィンセントは人気があるようだ。侯爵家の跡取りであれば、花婿候補に十分すぎるということなのだろう。


 ヴィンセントがセオドーラ様をエスコートするので、わたしは同伴が必須なパーティや、二人が出席しそうな場所は、なんやかやと理由をつけて欠席しているところだ。


 社交は嫌いではないけど大好きというわけでもないし、すべて欠席しているわけでもないので、とりあえず問題はない。

 気心の知れた友人のところや、お茶会にはちゃんと顔を出している。

 ただ、お父様たちに問い詰められたら、どうしようかなとは考えているところだ。

 セオドーラ様のお願いを、そのまま教えるわけにはいかない。

 下手をすれば、彼女が悪者になってしまう。


 そんなある日、わたしはデビュー前からの友人であるハリエットの訪問を受けていた。


「こんなことって! これはひどい話なのよ、プリシラ!」

「ハリエット。落ち着いてちょうだい。さっきも言ったでしょう? わたしたちは婚約していたわけではないのだから」

「それにしたって、あなたは少し怒るべきよ!」


 つややかな栗色の巻き毛に少し吊り気味の大きな琥珀色の瞳。趣味が乗馬とあって少しだけ日に焼けている、健康的な美人だ。

  ハリエットはギンゴウ伯爵家の令嬢だけど、もうすぐラインデン子爵夫人になる予定だ。そして将来は公爵夫人。ラインデン子爵が公爵家の嫡男なのである。


 ハリエットは、わたしとヴィンセントが婚約をしていると思っていたようだ。

 それで、最近の噂を聞きつけ、心配して様子を見に来てくれたらしい。


 わたしは、ヴィンセントとは幼馴染であるだけだと、ハリエットをなだめすかす。

 ハリエットにだって、二人の事情を教えるわけにはいかない。

 こう見えて、わたしは口が堅いのである。


「まあまあ。ハリエット。あ、ほら、あなたの好きなドライフルーツのケーキを用意したのよ。食べてみて」

「……いただくわ」


 甘いものを口にしているうちに、ハリエットは少し落ち着いてきたようだ。


「でもね、プリシラ。世間はあなたたちが結婚間近だったと思っているのよ。今シーズンは、最初から彼のエスコートだったのだから。あなたが捨てられたって噂が流れているの。わたしもあちこちから聞いたのよ。ヴィンセント様は何を考えているの!?」


 話しているうちに、また腹が立ってきたらしい。

 放っておくと、ヴィンセントも悪者になってしまう。

 すべて丸くおさまったら、フォローしないと。


 そう言えば、これはいつ丸くおさまるのだろう。

 セオドーラ様の恋が実ったら? それとも破れたら? それまで、来年も再来年も?

 今度、ヴィンセントに聞いてみたほうがいいかもしれない。


 今は、目の前のハリエットのことだ。


「だからね。それは世間が勝手にそう思っていただけなの。ヴィンセントが悪いとか、セオドーラ様が悪いとかじゃないのよ」

「だとしても! プリシラ。放っておいていいの!? ゆくゆくは結婚するつもりだったんでしょ? 家同士では話がついているって、言っていたでしょ!」

「そうね。両家はそういうつもりだったと思うし、わたしもそのつもりだったけど」


 放っておいて、このまま、ヴィンセントとセオドーラ様が結婚することになったら。

 ふりがふりではなく、本当に二人が惹かれあっているのだとしたら。

 

 ――別に、悪くはないと思う。


「なんていうか……。あの小さかったヴィンセントが、あんな美女の気を引くようになったなんて、感慨深いというか」

「か、感慨深いって……」


 わたしの発言に、ハリエットは肩から力が抜けたようにうなだれた。


「ヴィンセントがセオドーラ様のことを気に入っているのなら、いいかなって思っているの。セオドーラ様もヴィンセントのことが好きなら、それもいいでしょう」

「プ、プリシラ」


 わたしは紅茶を一口飲んで続ける。


「あなたがトレヴァー様と恋愛結婚なのは知っているわ。素敵だとは思う。でも貴族にはなかなか難しいことよね。ヴィンセントとセオドーラ様が恋仲だというのなら、わたしはそれを応援するわ。だって素敵なことでしょう?」


 これは本心だ。

 思いあった二人が結ばれるのであれば、それはそれでいいことだろう。

 引き裂くような真似はしたくないし、そんな行動は許されるべきではない。


「そ、そうだけども! でも、あなたはどうするのよ!」

「そうよねえ。そのうちお父様がどこからともなく探してくるでしょう」

「どこからともなく……」


 ふーっとハリエットは息を吐いた。


「あなたはのんびり屋さんというか、結婚市場とは無関係だからのんきにしていられるのかなと思っていたけど、そうじゃなかったのね。これは、あなたの性質だわ」

「性質って……」


 のんびりとかおっとりとかは、家族にもよく言われるのだけど、自分ではそれほどではないと思っているので、親友の言葉に少し悩む。


「わたしは好きだけどね!」

「あ、ありがとう……?」


 瞬きを繰り返すわたしを後目に、ハリエットがわたしをまっすぐに見て口を開いた。


「ねえ。本当にヴィンセント様に恋愛感情はないの?」

「うーん?」


 わたしは考えてみる。


 幼い頃の一歳差というものは大きなもので、ヴィンセントはわたしよりかなり小柄だった。

 わたしはお姉さん気分で、あの子を連れ歩いていたように思う。

 泣き虫ヴィンセントは、芝生で転んで泣いていた。後追いヴィンセントは、わたしがちょっと部屋に忘れ物を取りに行くだけでもついてこようとした。爆笑ヴィンセントは、屋根裏で遊んでいるときに見つけたカツラが面白いとお腹を抱えていた。

 思い出すのは、幼い頃の可愛い顔だ。

 湖で釣り上げた大きな魚を褒めたら喜ぶし、もっと大物を釣ると頑張っていた。木の上のほうまで登って危ないと叱れば、ちゃんと反省していた。


 思い出してほっこりしたものの、現在のヴィンセントの姿が脳裏をよぎり、ため息が漏れた。

 最近は仏頂面で不愛想で無口だ。


 あれは、わたしと一緒にいたくないということなのだろう。

 ああ、なんだか少し悲しくなってきた。

 でも。


「可愛いけど、ときめきはなかったかしら。どきどきしたことはないから、恋愛感情は見当たらないということよね?」

「そ、そうね」

「今シーズンは、エスコートしてくれてはいたけど、つまらなさそうだったもの。あの子はきっと、大人になったのよ。そうしたら、家同士とかじゃなくて、自分で考えているんだと思うわ」

「……そう。あなたがいいなら、いいけど」

「心配してくれてありがとう」


 そしてハリエットは、明後日のギンゴウ伯爵家の舞踏会の出席を念押しして帰っていった。


 ◇ ◇ ◇


 ケイリーが何か言いたげに、わたしの支度をしてくれている。

 ドレス。アクセサリー。髪型。化粧。

 現在、わたしはケイリーの作品である。 


 ドレッサーの前に座ったわたしの髪を、ケイリーが器用に結っていく。

 今日は編み込みでレースを少し飾って仕上げるようだ。


 白いレースにオリーブ色のリボン。


「珍しいわね、ケイリー。いつもリボンは新緑色が多いのに」

「……お嬢様。新緑色がよろしいですか?」

「え? ううん。わたしはあなたのセンスを信頼しているわ。わたしよりずっと流行にも詳しいし美的感覚も鋭いもの」


 綺麗なものや可愛いものは好きだけど、わたしにはそれを表現したり生み出したりする才能はないらしい。


「恐れ入ります。……お尋ねいたしますが、今宵はエスコートなしとおうかがいしております。お間違いありませんか?」

「ええ。今日は一人で行くわ。ハリエットのところだから気楽よ」

「さようでございますか」

「ケイリー? 怒っているの?」

「お嬢様に対してではありません。恐れながら、ヴィンセント様に対してです」


 わたしはふふと笑った。


「ありがとう。わたしのために怒ってくれているのね」

「お嬢様……」

「でも、いいのよ。セオドーラ様のことは別にしても、ヴィンセントに無理して一緒にいてもらっても、楽しくないもの。あの子、わたしといると不機嫌というか不満そうだったのよ。大人になったっていうことなのかしらね」

「お嬢様こそ、大人の対応ですよ」


 ケイリーはそう苦笑していた。


 そんな話をしながら支度を終え、ケイリーが満足そうにうなずく。


「完璧です。お嬢様、お可愛らしいです」

「ありがとう」


 白いレースとオリーブ色のリボンを編み込んでケイリーが仕上げてくれた髪型は、ありふれた焦げ茶色の髪を可愛らしくしてくれた。ふんわりしたオレンジ色のドレスは幼い感じがするものの、わたしの顔立ちだと、こちらのほうが似合うのだ。

 瞳も髪と同じ焦げ茶色でまん丸で、特筆すべきものはない。

 丸顔で平均的な身長体重だから、自分でいうのもなんだけど、綺麗よりは可愛い。

 もっとも、ものすごく可愛いわけではなく、可もなく不可もない可愛さだ。


 ヴィンセントの好みが美人系だとしたら、わたしの相手は不服だろう。


 ヴィンセントを応援したい。あの子には幸せになって欲しいと思っている。


 ただ、そうなると問題は、わたし。

 二十歳だ。来年は二十一。

 お父様たちはヴィンセントと結婚するものと思っているから、特に色々言われたことはなかったけど、いまから結婚相手を探すとなるとわりとぎりぎりの年頃である。


 あんまりご高齢の方だとさすがに困るし、ご子息がわたしより年上だというのもちょっと大変そうだし、身の危険を感じるようなおかしな趣味のある方もさすがにいやだし――なんて、条件を重ねれば相手はいない。


 独身を貫くとしたら、淑女としての教養はあるし、マナー教室や家庭教師ができないだろうか。裕福な平民相手だったら、いけそうな気がする。家族からは止められそうだけど。


 うーん。

 でもやっぱり、結婚はしたいし、子供も欲しい。

 そして、夫婦としての愛情も。


 熱烈な愛や甘酸っぱい恋に、憧れはちょっと――かなりあるけど、たとえヴィンセントが相手だとしても、無理なのはわかっている。

 どこからともなくお父様が探してくる相手は、きっとそれなりにわたしを尊重して大切にしてくれるだろう。

 生活しているうちに、家族として愛が生まれることを願うしかない。

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