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【4話】タマゴウメールα錠

「よし!じゃあつぎは“ドラゴン宝探し・レベル2〜窓際の秘宝〜“だぜ!」


シャルドルートが残りの洗い物を済ませて再び大小2匹のドラゴンの元に戻ってくると、いつのまにかそこでは“ドラゴン宝探し“などと言う聞いたこともない遊びが開催されていた。


果たしてこれが本当に“ドラゴン宝探し“などと言う名前で存在している遊びなのかどうかは眉唾ものだが、とにかくフィオがニャルのために始めた遊びであることだけは2人の様子でわかる。


ルールはこうだ。


この家の床に転がっていた火打石。


これを、フィオが部屋のどこかに隠す。


ニャルはそれを見つける。


ただし、フィオは一度隠したところには2度と隠さないし、次に隠す場所はそこからフィオが2歩歩ける範囲の場所に限られる。


たったそれだけ。


たったそれだけのゲームなのに、ニャルは白い尻尾をビタビタ振って心を弾ませ、部屋中をポテポテ走り回っている。


尻尾を突き出し、カーテンの裏やら窓際に押しやった棚と棚の隙間やらに顔を突っ込んで、フィオが隠した石を見つけては、埃まみれになったただの火打石をぎゅっと宝物のように握りしめ、満面の得意顔で戻ってくる。


「おっ!今のそんなすぐ見つけた??すげぇじゃん。待ってろよ!次隠す場所はもっと難しいぜ」

「ニャウっ!」


「………」

楽しさは、そんなニャルの鳴き声から、飛び跳ねるような動きから、全部溢れ出ていた。


その様子を、シャルドルートは、先ほどニャルがシチューを食べていたテーブルの向かい側に座って眺める。


あんなにも夢中になれる遊びを、自分がニャルにしてやれたことは一度も無かった。


「……楽しそうだね」

それでなくても低い姿勢をさらに低くして、火打石の在処を探すニャルの様子を嬉しそうに眺めていたフィオに、シャルドルートが声をかける。

表面の塗装がすっかり剥げた木のテーブルに頬杖をつき、どこかつまらなさそうに。


「あ?…楽しいっつーか……こいつ天才なんだよ」

「天才?」

「絶対同じとこ探さねぇし、ルールも一度言ったらすぐ理解するしさ。絶対頭いいよ」

「ふぅん……?」

……そうだろうか、とシャルドルートは思う。

鳴き声以外の言葉を、何度教えたってちっとも覚えてくれないんだけどな……。


「こいつ今幾つ?」

「3歳」

「だろ?産まれてたった3年でこれだけ理解力あるドラゴン族なんて、そうそうお目にかかれ……ない……」

気持ちよさそうに、自分が見つけたニャルの頭の良さについて語っていたフィオの言葉が後半につれだんだんと弱く、頼りなげになる。


「?どしたの?」

「いや………俺が白龍の卵の神託を受けたのも……そういや3年前だった気が………」

そう言って、部屋の一点をただ見つめるフィオの表情は、心の中に浮かんだ違和感の正体を必死に探ろうとしているものだった。


シャルドルートの背筋に、ヒヤリと冷たいものが滑る。


「…じゃなくて!!ニャルは2歳……っ、と、11ヶ月くらいだったかも!!」

慌ててそう言い換えた。


「ん?え?2歳??え、こいつ2歳?」

「そっ、そんなことよりさ!!えーと、そう!ずっと気になってたことがあって…!」

シャルドルートはこの話を煙に巻くための新たな話題を必死に探した。


「フィオさ、昨日も、さっきメロンスネークをくれた時も、龍の姿のままベラベラ喋ってたけど、それって普通は、みんな当たり前にできる事なの?」

「あん?」

「いや……ニャル、天才どころか全然喋らないから………」

シャルドルートの目線が、火打石を手に立つニャルへと落とされる。


シャルドルートが幼い頃に読んだ本のドラゴン族のページには、彼らが独自の言語の他に、人間の言葉をも操れる高い知能を持ち合わせていることが書かれていた。


でもニャルは……。


思わずニャルを見つめる目を伏せたシャルドルートに、フィオは驚いた顔で言う。


「え?!いや、こいつ、スゲェしゃべってるけど?!」


思わぬフィオの言葉に、シャルドルートの声も

「は?!?!」

と派手にひっくり返った。


「喋ってる?!ニャルが?!」

「いや……まあ確かに、“もっと“とか“もっかい“とか、その程度だけど……。な、喋ってるよな?」

「ウニャーゥ」

「ほら」

「え、いや、ほらとか言われても……え、今ニャルなんて言った???」

混乱するシャルドルートの様子にフィオは何かに気づいたようにふと表情を変える。


「ああそうか……こっちの言葉はお前わかんねぇのか……んなエルフみてぇな格好してるけど、そういや体はどうみても魔法使いだもんな……」


大きく節くれだった手を口元に当て、シャルドルートの全身に改めて視線を巡らせながら、フィオは1人で何かをぶつぶつ考える。


「とりあえずさ、ちゃんと喋ってんだよ、ニャルは。お前の言ってる事も、全部わかってるぜ?」

「………」


エルフ族は、森やドラゴン族の言葉がわかる。


この森最後のエルフであった師匠が生きていた頃は、その師匠がシャルドルートにも森の言葉を翻訳して伝えてくれていた。


その頃は、シャルドルートの周りにもたくさんの家族が、友達がいたのだ。


けれど、世界との橋渡し役だった師匠が死んだら、シャルドルートの周りは急に静かになった。


3年前のあの日だって、師匠がいた頃だったら、森の木々が、フクロウが、事前に通り雨を教えてくれていたのだ。


でも魔法使いのシャルドルートには、誰もそんなことは教えてくれなくて。


森の歩き方がわからない魔法使いは、たまたま通りかかった樹洞で雨宿りするしかなかった。


そこで見つけた大きな卵は、シャルドルートにとって、1人になった森で初めて見つけた小さな希望だった。


もしかしたら、いつか話し相手になってくれるかも……


そう思いながらいつまで経ってもただニャウニャウと鳴くばかりのニャルを育ててきた。


「そうなんだ……」


ニャルは、フィオが相手をしてくれなくなったので、今はラグの上に仰向けになって四つの足で火打石を弄んでいる。


シャルドルートはそれを見つめる。


はしゃぎ疲れたのか、尻尾や翼はだらりと床にたれていて、白いお腹はすでに夢の世界との狭間にいるかのように小さく上下していたが、シャルドルートの視線に気がつくと、嬉しそうに目を細めて

「うニャア」と鳴いた。


「そっか。またしてやるな」

フィオが答える。


「今、なんて?」

「楽しかったって」

「………」

ふと、師匠がいた頃の日々を思い出す。


そうだ。


こんなふうに、聞こえない言葉の意味を伝えてくれる誰かがいてくれたから、世界は賑やかで、楽しかった。


「いつか……俺もニャルと喋れるのかな…」

ぽつりと、まるで独り言のようにシャルドルートが言う。


それは、期待しすぎないように、と自分に言い聞かせるような小さな声だったけれど、

その口元は少しだけ柔らかく上がっていた。


フィオにとっては初めて見るシャルドルートの笑顔だ。


一瞬、何かに胸の奥を甘く弾かれたような気持ちになった。


理由はわからない。

ただ、そのせいで次の言葉を出すまで少し間が空いた。


「……。あ……いや…。どっちかっつーと喋るよりはまず、人型になる方が先かな…多分……」

科学的根拠も、ソースも何もない。

ただ自分が経験して感じた話を、フィオはまっすぐ話す。


「一度人型になるとさ、人間の声出すための声帯の使い方がなんとなくわかるようになるんだよ。

あ、この辺揺らしゃいいんだなって。

それがわかったら、あとは人型だろうが元の姿だろうが声が出せるようになるから、喋るようになるのは、そっからかな」


フィオの手のひらが、そう言いながらくっきりと浮き出た自分の喉仏の上を覆う。

かさついた皮膚の下でごつごつと動く骨の形が伝わってくるようで、シャルドルートはその仕草にひどく目を奪われた。


「……」

自分の細い首にも、つられるように指先を添える。


「まあでもそもそもその人型になれるかどうかが結構個人差が大きいみたいだから……

ニャルはどうだろうな…。

……まぁ、俺はさ?

神木に選ばれし未来の守護獣候補なくらいだから?

孵化からわずか12年でもう余裕で人型になってたけど?」


フィオがそう言ってまた気持ちよさそうに鼻先を天井に向けて話す中、先ほどから何度も閉じそうになっては開きを繰り返していたニャルの瞼がとうとう閉じたままになり、大切そうに持っていた火打石がラグの上に転がった。


小さな寝息が聞こえる。


「そりゃ初めはさ、朝起きたらいきなりこんな体になっててびっくりしたんだけど、

まあ俺くらいの高等の龍ともなると、すぐに状況を理解してエルフのおっさんに……」


フィオの話の途中でシャルドルートは席を立ち、椅子の背にかけてあった膝掛けを、眠ったニャルの体にそっと被せる。


「だから聞けっつってんだよお前は人の話をよ!!」

「ああごめん、なんかあんまり興味ない話になってきた気がして……」

「はーーっ?!最悪かお前は!」

「なんだっけ?未来の候補がどうとか言ってた?

あ、王都の地方選挙の話?」

「どんだけ前からまともに聞いてねぇんだよ!」


年齢は、シャルドルートの方がいくつか上だが、身長はフィオの方が頭ひとつ分ほど大きい。

そもそも、魔法使い族は皆小柄なのだ。


ニャルに膝掛けをかけるため、自分の近くに来たシャルドルートを見下ろし、フィオは全力でツッコむ。


自分より背が低く華奢なくせに態度は大きく心は図太いシャルドルートにフィオは翻弄されっぱなしだった。


「ったく……こんな最悪なやつが産んだ卵からニャルみてぇな可愛くて賢いやつが産まれてくるなんて、お前の作る薬ってやつは一体どうなってんだよ……」

フィオは頭を抱えてぼやく。


「薬って?」

シャルドルートは首を傾げる。


「……」

「?」

「……いや、お前が言ったんだろ…、スーパー薬剤師が作る、1日2錠でドラゴンの卵を産卵できるっつー、秘薬の話だよ……」

信じられない、という目でそう説明するフィオの乾いてささくれだった唇は、小さく震えていた。


その反応に、さすがのシャルドルートの適当脳にも再びスイッチが入る。


「あ!!

ああ!!あれね?!

あの……

タ…タマゴウメールα錠の話ね?!」


「タマゴウメールα錠っつーの?!」

「そう……俺は一流の薬剤師だからさ……

一般販売も視野に入れて常にキャッチーなネーミングを心がけてるんだよね……」

そう言ってシャルドルートは「ふっ」と軽く、吐息混じりの笑みを零す。


一流の薬剤師たる高貴さと余裕さを演出しているが、こう見えて内心は冷や汗ものである。


なにせ今まで気づかずにいたニャルの成長に気を取られて、一瞬“ニャルは俺の産んだ子“説を全て忘れていた。


「人に龍の卵産ませるような無茶苦茶な薬、一般販売を視野に入れて開発すんなよ……」

「大丈夫。

ほら見て、臨床的にはまだ未発表だけど、被験体にした俺の体はこうしてピンピンしてるから」

フィオの前でそう言って両手を広げ、無理やり得意げな顔を装ったシャルドルートが言う。


「見て…って……」

見て、と言われたので、フィオは改めてシャルドルートの体をじっと見た。


今日も、昨日と変わらずエルフ族の作業着だ。


裾にわずかな枝葉の刺繍を施した、灰色のフード付きチュニックに、腰には細い蔦の帯。


体格のいいエルフ族達とは骨格そのものが違うため、エルフの服を選んで着るとどうしても布が余るのか、布の中で細い体が泳いでいる。


「………」

こんなにも華奢な体で、本当に龍の卵など産めるのだろうか。


いや、そもそも産む以前に、孕ませなきゃいけないんだよな。


そのために必要な龍の精子は馬鹿高いって言っていたから、それは俺が協力する。


——大丈夫。

知ってるんだよ。


確か、こう……最初は抱きしめるんだ。


背中に腕を回して、細い体を壊さないようにそっと抱き寄せてやる。


そうすると、息が当たるくらい、顔が近づくだろ。


そしたら、ちょっと髪なんかを撫でてやった後に、あの柔らかそうな頬の肉に手を添える。


……キスってやつをするために。


あ、そん時って、俺の心臓の音も向こうに聞こえたりすんのかな……

俺割とすぐドキドキしちゃうんだよな、ダセェかな……

あ、てか俺、ここにくる途中で蛇食って来たんだけど匂いとか大丈夫?!

生臭い?!

そもそも口元、血とかついてない?!


「……フィオ…?」

突然棒立ちになって黙り込んだかと思ったら、1人で赤い顔をして自分の口元をペタペタと触り始めた不審なフィオに、シャルドルートは眉を寄せる。


「キッ……キスは別にしなくてもいいよな?!?!」

「え、な、なんの話……??」



騒がしい2人のそばで、夢の中のニャルはかまどの中に隠された火打石を見つけて、「あった!」と声をあげていた。

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