【27話】あったか〜い
シャルドルートの
『あっという間にスッキリ!投擲整理法』
により、フィオの洞窟はようやく足元の地面が見える状態になった。
シャルドルートは凸凹とした地表を手のひらでそっと撫で、満足げなため息をつく。
ふと顔を挙げると、フィオはブツブツと口元で文句を散らしながら、怒ると言うよりはどこか拗ねた様子で、背中を丸め、奥の青い地底湖を尻尾の先でかき回していた。
「ねぇ!」
フィオを呼ぶために、少し張り上げたシャルドルートの声が、ドーム状の洞窟の中で反響した。
フィオはジトリと、うらめしげな目で振り返る。
「いつまでも拗ねてないで。
綺麗になったよ」
そう言って、天井から下がるつらら石の下に立ち、微笑むシャルドルートの紫眼は部屋に転がるどの魔石よりもまだ透き通ってキラキラしていた。
いつもは自分一人が体を丸めて眠り、
死骸を喰らい、
濡れた体を乾かしているその場所に、
今は小さく愛おしい生き物が立っている。
その光景に、フィオは一瞬で視線を奪われた。
…やっぱり、勇気を出して連れてきてよかった……
じんわりとした喜びを噛み締めながら、フィオは地底湖から出した尾先の水気を軽く振り切ってから、のそりとその体を動かした。
「フィオ」
「……うん?」
「これはもうさ、燃やしちゃってよ」
フィオがそばまでやってくると、シャルドルートは壁際に作った幾つもの山のうちの一つを指差し、言った。
それはフィオが森で拾った、魔法使い達が捨てていった雑誌や、どこかから飛んで来たのであろうボロ布、壊れた椅子などの山だった。
「なっ……なんでだよ!あんまりこんなの森で見ないんだぞ?!」
「いや、森では見ないかもしれないけど明らかにゴミだから」
そう言いながら、シャルドルートは蔓で編んだサンダルを履いた爪先で、崩れ落ちてきていたボロ布の山を端に蹴り寄せる。
「蹴んな!」
「俺が燃やしてもいいんだけど、大した炎は出せないから時間かかっちゃうしさ。
フィオ、そんなに赤いしどうせ火龍だろ?
この辺のものが無くなるだけでも相当スッキリするから、景気良くボーっとやっちゃってよ」
“さあ!”と言わんばかりに、シャルドルートはその細い両手を広げていう。
そんなシャルドルートの軽い言葉に、フィオは一度口を開きかけて閉じ、自分の赤い足元を見た。
その目つきは、どこか困ったようなものだったが、フィオがキッパリと言った『違う』という声には、彼のプライドがこれでもかと滲み出ていた。
「へ?」
「俺はさ、熱の龍なんだよ」
「熱の龍?……なにそれ。
一生具合悪い、みたいな?」
「んなわけあるか」
眉を顰めながら、自分の額にぺたりと手を当てて聞くシャルドルートに、フィオは少しムッとしたように言い返す。
「ついてこいよ」
そう言ってフィオは洞窟の奥に向かって顎を軽くしゃくった。
大きな体を先に向け、振り返りもせず歩き出す。
シャルドルートが黙ってついていくと、フィオは地底湖の手前で足を止めた。
水面は一切の揺れを持たず、世界そのものを映し取っている。
「……なに?」
「手、入れてみろよ」
「ここに?なんで?」
「いいから」
フィオに言われるがまま、シャルドルートはそっと指先を水面に触れさせた。
鏡のような水面は、ひんやりと冷たい。
ただ、そのまま手首の辺りまで手を沈めると、底の方に春先の湖のような暖かさがあることに気がつく。
「……あったかい……」
その熱は、地底湖の水をあっという間に湯と呼んでも申し分のない温度にまで上昇し、蒼い水面から白く柔らかな湯気をたちのぼらせた。
湯気は、洞窟の天井に穿たれた穴から差し込む光芒の中でくっきりと形を持ち、キラキラゆらぎながら、まるで導かれるように天へと昇っていく。
それは、この地で生まれたものが、そのまま空へと還っていくかのような光景だった。
「凄い……」
シャルドルートの本心から漏れたそんな一言を、フィオは聞き逃さない。
「な?な??そうなんだよ!!
凄いんだよ俺は!!
たった1000度ぽっちの炎で表面炙ってるだけの火龍にゃ、一生かかってもこんなことできねぇからな!」
放っておくとその鼻先が天井につきそうなほど誇らしげなフィオの赤い尻尾が背中の辺りでバタバタしている。
褒められたくて仕方のない様子だ。
「湯沸かしドラゴン」
「はーーっ?!お前ほんと言葉選べよ?!」
「便利なんだね」
「便利って……おま……。
湖沸かしてんだぞ……。
魔湯器みたいにいうなよ……」
予定では、もっと驚いてもらえるはずだった。
シャルドルートの反応がイマイチで、フィオの翼や尻尾、頬鰭は、しゅんと落ち込む。
「……だってさ。
確かに凄いかもしれないけど、湖を沸かしたからって、それが何なんだよ?
これで腹が膨らむわけでも、部屋が綺麗になるわけでもないのに」
シャルドルートがそういうと、フィオは真っ赤な瞳で、地底湖の表面から立ち上る白い湯気を見た。
「北の森にさ……あるだろ、ほら。
雪ん中でもずっとあったかい湯が地底から湧いてる湖」
「…?ああ……常湧の泉……」
それは、エルフ達には有名な北の観光地だった。
湯気に白く覆われた泉のまわりには『あったか〜い』と書かれた幟が立ち並び、
エルフも、動物も、ドワーフも、皆が服を脱いでその湯に浸かっている。
湯上がりにはよく冷やした北の神木の露を飲み、泉の蒸気で蒸した卵が振る舞われる——
いつかサヴァンと訪れて見た、そんな独特な光景を思い出しながら、シャルドルートは、久しぶりにその名を口にした。
それを受けて、フィオが続ける。
「体の黒い所とか、悪くした腰とかも、あそこにいきゃ勝手に楽になるって、ババア達が前に話してるのを聞いてさ……」
フィオはチラリとシャルドルートを見た。
そこでようやくシャルドルートは、今、目の前で地底湖から湯気が上がっている理由に気がついた。
「お前、ここ入れよ」
赤龍の大きな鼻先が、地底湖に向かってぐいとシャルドルートの背中を押す。
鼻先が触れる背中がやけに熱い。
その熱は先ほどフィオが力を与えた地底湖の水が温まるように、じわりと全身へと広がっていった。
今名前を呼べば、それだけで何かが溢れそうで、喉のところでぎりぎり止めた。
——ああ。
やっぱり彼が、好きだな……。




