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【24話】嘘つきだから。

幼龍ニャルの白い後ろ足が、乾いた木の枝を踏む。


足裏で枝が跳ねる感触と、ぱきり、と鳴る音が心地よく、ニャルはわざわざ小枝の上ばかりを選んで踏みしめながら夜道を進んだ。


パキリ

「あ」


小枝の音に重なるように、ニャルは口から声を出す。


パキリ

「あ」


嬉しくなったニャルは小枝を踏みながら何度もその音を繰り返した。


「あ。あ。あ。にゃ、あー。にゃっ」


シャルドルートは、手にした松明で足元を照らしながら、どんどんと前を進む白い尻尾を頼りに、闇の中をぼんやり歩いていた。


『お前の最期に………

俺もいちゃ……駄目かな』


さっきフィオは、まるで泣いているような赤い目をして、そう言っていた。


***


——数分前。


「…………いいけど……」

シャルドルートは小さく言った。


その一言に、フィオは息を呑んでパッと顔を上げる。

胸の奥に、確かな熱が灯る。


そんなフィオにシャルドルートは言った。


「魔法使いって、最期は爆発するんだけど、それでもいい?」


「ば、爆発?!?!」


その二文字で、フィオの胸の奥の熱いものが全部、一瞬しゅんと萎んだ。


「うん。しかも俺なんかは全身黒い煤にやられてるからさ。爆発したら四方八方に黒い煤が飛び散って、それはもう一生取れないんだけど、ほんとにそれでもいい?」


シャルドルートは真顔で続ける。

ニャルは冷めた目で、そんなシャルドルートを見上げている。


「え……ええ〜っ……。

い、いやまぁ多分……俺なら大丈夫っつーか……。

……え、まじで?

ほんとに爆発すんの……?」

「…………」


フィオは、許容と疑いの狭間で揺れながら、夜の森のあちこちに視線を泳がせる。


そんなフィオにシャルドルートは言った。


「……ほらね。やっぱりやめときな」

「いや、でも……」


フィオの言葉が途切れた瞬間、夜風が遺跡の周りを吹き抜けた。


神木の大きな枝がゆっくりと揺れ、葉が擦れ合う音が、低く、長く響く。


「それに俺は、嘘つきだから」


***


——現在。


「ニャル」

聞いたことのない声が、ニャルの名前を口にする。


何も聞こえず、何も見えず、ただ、足を進めていたシャルドルートはその声にハッとして足を止めた。


自分は、呼んでいない。


顔を上げると目の前で、ニャルが立ち止まり、シャルドルートを見上げている。


「ニャル」

「……ニャル??

え……お前が、どうかした?」

混乱するシャルドルートをじっと見つめ、ニャルは白い前足でシャルドルートを指す。


「……え」


一拍、遅れて理解が追いついた。


「え?!?!?!?!?」


次に出た声は、酷く裏返った物だった。


「あ、も、もしかして、俺のこと呼んでる?!?!?」


シャルドルートは慌ててその場にしゃがみ込み、まだ小さなニャルと目線を合わせて尋ねた。

ニャルはこくん、と首を縦に振る。


「……ニャル」

シャルドルートの耳には、その声がまるで夜道を導く星のように、キラキラと輝いて聞こえた。


「え……すごい……」

思わず呟いたそんなシャルドルートの一言に、ニャルは得意げに

「ニャウン」と鳴く。


シャルドルートは、今の鳴き声も忘れないように、その音を耳の奥で繰り返す。


「……そうだよ。

俺がシャルだから……

卵から産まれて、ずっとニャーニャー言ってたお前は、ニャルなんだよ」


その言葉に、ニャルは金色の目をうんと細めて微笑んだ。


シャルドルートは、卵から孵化したばかりの、まだ痩せっぽちでベショベショに濡れていたあの日のニャルを思い出しながら、そんなニャルの鬣を撫でる。


そうすると、ニャルはその手に自分からも頬を擦り寄せにきた。


フワフワと柔らかいばかりだと思っていた白い頬鰭は、いつの間にか奥のあたりが少し硬くなってきていることに気がつく。


その感触を手のひらで感じるシャルドルートに、続いてニャルは


「ニャオ」


と鳴いて聞かせた。


「……フィオのこと?」

ニャルは、大きな蛇のような目の中で、松明の炎をゆらゆらと揺らしながらシャルドルートをじっと見つめる。


「フィオが、なに……?」

「………」

ニャルは一度だけ、小さく口を開いてすぐに閉じた。


「……なんでフィオに、あんなこといったのかって?」

「ウニャウ……」

「…………」


シャルドルートは、一度だけ、今歩いてきた道を振り返る。

深い緑の奥に、神木の大きな影が見えた。


「……仕方ないだろ。

俺は、フィオの夢も希望も全部奪って来たのに、その上最後の始末までしてくれなんて言えないよ」

「………」


深く、重いため息と共にそう言うシャルドルートをニャルはジーッと見つめる。


目を細め、ジーーーっと。


「……なんだよ」


ジーーーー。


「………いや、そりゃ、好きだけどさ……」


視線に耐えきれず、観念した様にしゃがんだ自分の膝に顔を伏せたシャルドルートがそう言うと、ニャルは嬉しそうにその場で跳ねた。


パラパラと前に落ちる黒髪の隙間に見える丸い耳は、フィオの体よりもまだ赤く見えた。

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