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【22話】お邪魔しました。

コカトリスの遺跡は、いつのまにか夜の闇に包まれていた。


崩れた天井と石壁の隙間から、淡い月明かりが差し込んでいる。


時々風が吹き、天井から垂れた月光花が揺れる。

月夜に開く、蔓性の白い花だ。


遺跡には、ニャルがシャルドルートの頬に残る涙の跡を舐める音だけが静かに響いていた。


「あの……ニャル……もう大丈夫……」

「ニャグ、ゴ…ゴニャ…」

「いや、それももうわかったから……聞いたことない音出してて凄いから……」


小屋でやっているような、いつものやりとり。

今日はそれを、月光のスポットライトが落ちる円形遺跡の中央で行っていた。


入り口側の壁にはフィオが寄りかかり、円形遺跡のいちばん奥の壁際では、女と巨大な鶏が並んでこちらを見ていた。


シャルドルートはニャルを止めながらも、状況の滑稽さと周囲からの刺さるような視線に必死に耐えていた。


誰か早く何か言って欲しいが、誰も何も言ってはくれない。


シャルドルートは、意を決して立ち上がった。


「じゃ、あの、私たちは、これで…!!」


できるだけさりげなく、ニャルの前足をギュッと握って隣に連れながら、出口へと向かう。

ニャルは嬉しそうにシャルドルートを見上げながらついてくる。


「ちょっとお待ちなさい」


そんな二人に壁際から声をかけたのは、鶏……コカトリスの隣にいた女だった。


シャルドルートの心臓がばくんと跳ね上がる。

ここで『白龍を返せ』と言われたら、おしまいだ。


「……はい」


振り向く勇気もなく、足だけを止めて答える。


月明かりの下、真っ赤な舌で空気を舐めながら女は言った。

「舌を、もっと動かすように言ってやるといいわ」

「……え?」

思わぬ言葉に、ゆっくり振り返る。


「そのヤモリちゃん、喉だけで声を出そうとしてるの。

さっきあんたを大切そうに舐めてたみたいに、ちゃんと喋る時も舌を動かすようにって、伝えてあげなさいな」


そんな女の言葉を聞きながら、隣で鶏は顔を歪めてどうでも良さげにコケコと鳴いた。

ニャルはさっそく隣で舌を出し、そのままニャ、ニャ、と小さく鳴いている。


「その子、うちのバカな赤トカゲちゃんとは違って頭がいいわ。

きっとすぐお喋りするようになるから、そうしたら、またここへ連れてらっしゃい。」

「誰がバカだ!」


「龍としての生き方はフィオが。

森での生き方は、私たちが教えてあげるから。

あんたは家でお利口に育ててなさいね」


「…………」

シャルドルートは、すぐには言葉を返せなかった。


胸の奥で、張り詰めていた糸がふっと緩む。

それと同時に、目の奥がじんと熱くなった。


ニャルに舐められ、乾いた頬に夜風があたる。


泣くな、と自分に言い聞かせながら、

少し震える声で


「……感謝します」


とだけ言った。


***


遺跡を出たシャルドルートは、軽く周囲を見渡して見つけた一本の草を慣れた手つきで引き抜くと、その茎を折って滲み出る油分に指先で炎を灯した。


「送っていかなくていいのかよ」

初めてシャルドルートの指先が『魔法』を使う様子を見つめながら、フィオが聞く。


そんな自分の声がひどく大きく聞こえたほど夜の森は静かで、遠くで虫の鳴き声だけがしていた。


「人間乗せると、きついんだろ。

乗り心地もたいして良くなかったし、落とされたら嫌だから歩いて帰るよ」


魔法と、エルフの知識が作った間に合わせの松明の炎に赤く頬を照らしながら、シャルドルートは答える。


「乗り心地って……人の背中をなんだと思ってんだ」

「硬いし、鬣がゴワゴワしてるし、土臭いし最悪」

「お前な……。

いいから乗れって。

お前んちからここまで、意外と遠いぞ。

絶対落とさねえから」


フィオは遺跡の前で翼を広げて言う。


ニャルは、シャルドルートの足にしがみついて首を振っていた。


「大丈夫だって。……ほら」

シャルドルートはそういって、遺跡のすぐそばで闇に沈み、ゆったりと風に揺れる神木を見た。

フィオも、ニャルも、その視線を追う。


「ニャルの卵を見つけた日も、ここまで歩いてきてたんだから」


三人の視線は、自然と神木の樹洞へと集まった。


あそこで3年前にニャルは生まれ、

シャルドルートはニャルに出会い、

フィオは、希望を抱いていた。


「……認めるんだ」

フィオは、優しく笑ってそう言った。


「まあ、もう謝ったし、いいかなって」

「お前はほんと……。そういうとこだぞ?!」

フィオのツッコミに、笑ったシャルドルートの持つ炎が揺れる。


その光で、遺跡の入り口に深く彫り込まれたエルフ文字の影も揺れた。


フィオはふと、その文字がやけに気になった。


大きな文字の他にも、細かな字がいくつか彫り込まれている。


「これ……確か『ウェルカム!!』って、書いてあるんだよな?」

赤い前足に三本並ぶ硬い爪先で、読めない文字をなぞりながら聞く。


「うん。」


「他は?」


そう聞かれて、シャルドルートは少しだけ、答えにくそうに「ええと……」と言葉を濁した。


ゆっくりと、遺跡に近づき、石の壁に炎を近づける。


「そもそも、この場所はさ……

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