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【21話】ウェルカム!!

——10年前。


小屋の裏手の素焼きの植木鉢の前で、シャルドルートはしゃがみ込んでいた。


まだ十五歳ほどの細い体つきで、肩幅も狭く、どこか頼りない。

あどけなさの残る紫の瞳で、植木鉢の中のマンドラゴラを睨みつけている。


体のほとんどを土に沈めたマンドラゴラの、地上に出た整った目元はいやらしく細められ、口元には薄く皮肉な笑みが浮かんでいた。


まるでこちらを小馬鹿にしているような表情だ。


根菜のくせに……

シャルドルートは内心で小さく舌打ちした。


「立派に育ったじゃないですか」


そんなシャルドルートの心の舌打ちを知ってか知らずか、低く穏やかな声でサヴァンは言う。


そんなサヴァンの背後では、小屋の屋根よりもまだ背の高い巨大マンドラゴラが、バタくさい顔でシャルドルートをぬぅっと見下ろしていた。


サヴァンが育てたマンドラゴラだ。


やけに陽当たりが悪いと思ったら、原因はそいつの影だった。


シャルドルートは

「立派って、どこが」と、拗ねた声で返しながら、そっと自分のマンドラゴラを、サヴァンのマンドラゴラの影の下から日向にずらした。


「そこまで育てば立派ですよ。

それも、品評会に出しますか?」

小屋の壁にロープを張り、そこに干した薬草や川魚の様子を確認しながら、サヴァンが聞く。

今年ももうすぐマンフェスの季節がやってくる。


シャルドルートはしばらく黙って、乾きの悪い魚を風当たりのいい場所へ干し直すサヴァンの様子を見つめていたが、不意に、意を決したように切り出した。


「……ねえお師さん、そもそも俺、次のマンフェス、行くの嫌なんだけど」

サヴァンは、ぴたりと手を止める。

楽しみにしているものだとばかり思っていたのに。

意外な言葉だった。


「おや。どうして。

今年の品評会用のマンドラゴラもこうして立派に育ったし、森あるあるの新作も用意できているのに。

今年のネタは自信作ですよ?」


そう言ってサヴァンは、エア竪琴を片手で爪弾いて見せる。

シャルドルートは少し唇を尖らせて自分の小さなマンドラゴラを見た。


「…………」

サヴァンもシャルドルートの視線の先を追い、小さなマンドラゴラを見つめながら、仕方なさげに微笑む。


「……マーテルやエルンスト達も寂しがりますよ。

二人はいつも、祭りよりもお前に会うのを楽しみにしているのに。」


そう言ってサヴァンは片杖をつき、ゆっくりとシャルドルートのそばまでやってきた。


足を止めたサヴァンは、シャルドルートの背後から手を伸ばし、マンドラゴラの葉にそっと触れる。


すると、さっきまで嫌味ったらしい顔でこちらを睨んでいたマンドラゴラが、途端に白い頬を染め、蕩けそうな表情になった。


そんなマンドラゴラの表情に、シャルドルートは鼻の奥が痛くなる。


「……そのエルンストはずっと子供のままで、俺だけどんどん大きくなっちゃうし……。

マーテルも……

気を遣ってくれてるのはわかるんだけど、何も出来ない俺を庇ってばっかりだから……

……なんか最近二人の顔を見るのもしんどくて」


サヴァンに触れられて得意げなマンドラゴラの視線の中、シャルドルートはしゃがみこんだ自分の膝の上に頬を押し当て、湿ったため息をついた。


「ほんと、自分に何もなくて嫌になる」


それは、抑えきれずに腹の奥から溢れ出たシャルドルートの本心だった。


——自分が思っているよりも、この子はずっと早く大人になる。


もうそんな目で世界を見るようになっていたのかと、サヴァンは静かに驚いていた。


サヴァンの深く皺の刻まれた大きな手が、シャルドルートの髪に触れた。


「…………」

「あの日……お前が生きていてくれたから、私も今、こうしてここに立てています」


風が、サヴァンの長い黄金色の髪を柔らかく揺らした。

エメラルドのような緑色の瞳は、まるでその中に永遠に止めるかのように、しっかりとシャルドルートの姿を映す。


「お前は何もない、なんて言うけれど、私にとってお前ほど、たくさんの光を持った命はないよ」


***


——現在。

コカトリスの遺跡にて。


「ニャル!」


遺跡に響く、聞き慣れた足音だけでニャルの尻尾はうずうずと揺れていた。

その声で、尻尾はピンと高く立ち上がる。


シャルドルートだ。


「ニャイっ」

ニャルはシャルドルートの姿が見えると前足も、両羽もめいっぱいにまで広げて笑顔で返事をし、シャルドルートの元へと四つ脚で駆け寄った。

近くまで行くと、まるで飛びつくように跳ねて、葡萄の蔓で編まれたサンダルの足元にぎゅっとしがみつく。


シャルドルートも、小さなニャルに目線を合わせるように石畳の上に膝をつき、そんなニャルの体を抱きしめた。


それは、いつも寝る前にしてくれる、どこか面倒げな抱き返しではなかった。


翼の薄い皮膜が潰れ、白い鱗の下の小さな肋骨が軋むような抱擁。

まだほわほわと柔らかい頬鰭の並ぶニャルの顔には、シャルドルートの頬の肉が潰れるほど強く押しつけられている。


「ニャ……ニャウ……」

……苦しい。


だがそんな苦痛の声すら今のシャルドルートには

「よかった、ちゃんと鳴けてる………」

と、喜びの音として伝わっていた。


きつい抱擁の最中、ニャルが見たシャルドルートの目元は赤く、頬には涙の跡があった。


ニャルは、ハッとした。


心配してくれていたのだろうシャルドルートに、今こそ練習の成果を見せるときである。


「ニ゛ャゴウ」


今まで使ったことのない、喉の奥の声帯。

そこを揺らして、出せるようになったばかりの音を出してみた。


「…………」

何か異形の生き物が洞穴の底から低くうめくようなその声に、シャルドルートは遺跡の奥にいた謎の女とコカトリスに目を向けた。

二人は慌てて首を振る。


「ああもう痛ぇ……

流石に人間を背中に乗せて飛んだら羽に来るな……

これ絶対明日んなったら筋肉痛だわ……」


そこへ、赤い翼の付け根あたりを前足でさすりながら、遅れてフィオもやってくる。


それまでコカトリスは一連の様子を黙って見ていただけだったが、フィオの姿を見ると、突然コケコケとしゃがれた声で鳴き始めた。


「いや、仕方ねぇだろ。連れてけって言うんだから……」


フィオはそこまで独り言のように呟くと、そのあとはシャルドルートにはわからない唸りのような声でコカトリスと会話を始めた。

さながら、バイリンガルである。


「……あの鶏、なんて言ったの?」

「人間を気軽にここへ通すなって」

会話の内容を尋ねたシャルドルートに、フィオはため息をついて答えた。


シャルドルートは首を傾げる。

「入り口に、あんなにもデカデカと『ウェルカム!!』ってかいてあるのに…?」


「あれそんなこと書いてあんの?!?!」


遺跡の入り口には、苔に塗れたエルフ文字が刻まれていた。


フィオは勿論、長くこの森で生きてきたコカトリスも大蛇も、複雑なエルフ文字は一切読めないのだった。


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