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【19話】俺は守護獣だから

「魔法使いが……」

「生んだ……」


コカトリスの婆さんと大蛇はフィオが口にした言葉を交互に反復した。


その後、二人は顔を見合わせ、大声で笑う。

二人の笑い声は遺跡の壁という壁に反響し、そこに立つフィオとニャルの全身を包み込んだ。


それまで怯えてフィオの背後に隠れていたニャルは、二人の笑い声を聞いて前に出ようとしたが、それをフィオが尻尾で押し返す。

ニャルが見上げたフィオの赤い瞳は、真っ直ぐ前を見ていた。


そんなフィオの様子に気づいた大蛇は、ふと笑うのを止め、フィオの瞳をじっと見つめる。


背中ではまだ婆さんが体を揺らし、笑っていた。


「ああおかしい……珍しく真面目な顔をして突然何を言い出すかと思ったら……」

ひとしきり笑い終えた後、婆さんは大きく息を吐いた。

それから涙の滲んだ目をフィオに鋭く向ける。


「バカ言っちゃ行けないよ、フィオ。

見ただけでわかる、そいつは浄化の白龍だ。

どんな太古の魔法を使おうとも、たかが魔法使いごときにそんな大きな命は生み出せやしないよ」


婆さんのそんな言葉に、フィオはまるで子供のように言い返す。

「くっ……薬があるんだよ……!」


「薬?」

「………タマゴウメールとかいう……魔法使いでも、龍の卵を生める、薬……」

苦しげなフィオのそんな説明に、一番顔を歪め、一番心苦しそうに床を見つめていたのはニャルだった。


婆さんはそれを聞きながら干からびたミミズをもう1匹、毛羽立った翼を器用に使って嘴の中に放り込む。


「ああ……人間の体を、借り腹にしようって禁忌の薬かい。

確かにそりゃ聞いたことはあるが……」


「あんの?!」

思わず声を上げたフィオの隣で、ニャルも飛び跳ねた。


しかし、婆さんはそれにしゃがれた声をさらに低くさせてこう続ける。


「人間の体ん中で龍の卵を孵化させて、腹を突き破って生まれさせる薬だろ。

……ありゃ拷問だね。


当然、借り腹になった人間は龍の誕生と共に死ぬ」

「死っ……死ぬ?!」


「……でも、お前が言うその魔法使いは生きてるんだろう?

その白龍様とお前から、こないだお前が纏ってた人間の匂いがぷんぷんするよ」


婆さんの、嘴の端からはみ出たミミズが、嘴の動きに合わせてくちゃくちゃと揺れていた。


「それは……」

「……」


そこで、何も言い返せなくなったフィオを庇うように


「まあいいじゃない!」


と、突然声を上げたのは、それまでずっとフィオの様子を窺い見ていた大蛇だった。


「私のトカゲちゃんは馬鹿だけれど、今まで私に嘘をついたことなんてないの。


そうよね?フィオ。


フィオがそう言うなら、この白龍様は何が事情があって、その魔法使いが生んだ子なのよ、きっと」

大蛇は、その長い体をニョロニョロと、二人の周囲に巻き付かせながら言う。


その途中、ニャルと目があった大蛇は、優しく目を細め、微笑んでくれた。

いつも自分を見つめるシャルドルートの目を、少しだけ思い出す。


「ババア……」


「で?

トカゲちゃんは私たちに一体何をさせたいの?」


二股に割れた赤い舌先をチロチロさせながら言う、大蛇の色気を込めたその言葉にフィオはハッとした。


「お前らがさ、……俺に教えてくれたこと全部、こいつにも教えてやって欲しいんだよ」


さっきは自分の後ろに押し返したニャルを、今度は前に差し出すようにして、フィオは言った。


「全部?」

婆さんは聞き返す。

それにフィオは深く頷く。


「全部。

人間の姿で声を出す方法も、自由に変化する方法も、力を使う方法も……


俺、覚えてるんだよ。

何も知らなかった俺に龍の生き方を教えてくれたのは、お前らだ」


「トカゲちゃん……」

フィオの言葉に大蛇は目を潤ませる。

婆さんはどこかむず痒そうに顔を歪ませ、羽毛を揺すった。


「こいつ凄くてさ、ちゃんと、椅子に座って、人間の道具使って飯食うんだよ。

大事な人が眠ったら布をかけてやろうともするし、人間のことは全部わかってる。

それは、魔法使いが全部ちゃんと教えてやってる」

「……」

ニャルは、フィオの言葉に一度だけ口を小さく動かした。

柔らかな空気が掠れて漏れる。


「狩りとか、飛ぶ方法なんかは俺がちゃんと教えるからさ。

それ以外のこと……お前らに頼めないかな?」



「俺……ほら、守護獣だから……。

あいつのことも助けてやりたいんだよ」

そう言ったフィオの声は、ひどく照れくさそうだった。



***



茜空を、巣へと戻るカラスと並んで赤龍は飛ぶ。


大蛇とコカトリスの婆さんは、フィオの頼みを引き受けてくれた。


大蛇が何故あんなにニマニマしていたのか、婆さんが馬鹿らしそうにコケコと鳴いていたのか、

フィオには分からないが、あの二人に任せればニャルが龍に戻れるのも、声を操れるようになるのも時間の問題だろう。


自分が感覚だけで教えるよりも、ここは年の功に任せた方が遥かに早いはずだ。


フィオの硬い鱗が覆う口元は、熱気を纏い、甘く緩む。


フィオは鼻歌を口ずさみながらシャルドルートの小屋の前に降り立ち、翼を畳むついでにそれを一振りさせて体を人型に変化させた。


メロンスネークやアマルナなんかより、今日はもっと立派な土産を持っている気分だ。


フィオの足取りは跳ねるように勝手口へ向かう。

だが、寸前で足を止め、改めて玄関の前に立った。


かつては呼び鈴の代わりだったのだろう、カラカラに乾いた赤い鈴の実が夕風に揺れている。


ドアを引くと、シャルドルートは膝掛けを手に、まだ台所の、ニャルがいつも座っているかまどの前の席に居た。


フィオの姿を見た瞬間、息を呑み、紫色の瞳を揺らす。


「……ニャルは……?」


視線を何度も、何度もフィオの背後に泳がせながらそう言ったシャルドルートの声は



震えていた。


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