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【18話】魔法使いが生んだ龍

赤龍フィオは、人型のニャルを背に乗せ空を飛ぶ。


今朝、シャルドルートに間に合わせで着せられた白いチュニックの裾が、風をはらんでばたばたと鳴っていた。


「綺麗だろ」


眼下には、光を浴びて黄緑にきらめく森が広がっている。


「俺はこの森を、お前と守りたいんだ」

フィオは目を細め、何やらいい感じのことを言っているが、ニャルの耳には届かない。


ニャルの白い頬はすっかり青ざめ、金の瞳は涙でいっぱいだった。


高い。

速い。

怖い。


どんなに叫ぼうとしても、声を失った今のニャルのそんな訴えはフィオには届かない。

結果、フィオの背にしがみつき、その鬣を必死で握り締めるしかなかった。


やがて二人の眼下に、巨大な緑の塊が見えてきた。


フィオはそれを目印に地上へ降り立った。


ようやく地面が見え、ニャルはへなへなと背から滑り降りた。

恐怖のあまり握り締めていたフィオの鬣から手を離すと、掌は汗でびっしょりだった。


裸足の足裏に、湿った苔のひんやりした冷たさが伝わる。


家の周りとは少し違う苔の感触に、顔を上げたニャルは、さっき空の上で見た緑の塊が、途方もなく大きな巨木であることに気がついた。


まるで空を抱きかかえるかのように広がる枝先にこんもりと重なった深い緑の葉が、風をうけてゆっくりと波打っている。


幹は何人もの腕で囲んでも届かないほど太く、その中央には大きな樹洞があった。


木々の隙間から溢れる木漏れ日が、樹洞の縁の苔をやわらかく照らし、その奥の闇をより暗くしている。


ニャルはしばらく、呼吸も忘れてその木を見つめ続けていた。


どこか懐かしい空気に、肌がざわつく。


その時、大木の梢を揺らしていた風が、ニャルの汗で濡れた手のひらの上を優しく滑った。


そういえばここまでフィオの鬣をギュッと握りしめていたことを思い出して、ニャルは視線を自分の小さな手のひらへと移した。


いつも見てきたシャルドルートの手のように、自分もそれを、ゆっくり閉じては、開いてみる。


……動く。


「こっち。ついてこいよ」


フィオはそんなニャルを優しく見つめ、蔦に隠れるように佇む石造りの遺跡へと足を向けた。

入り口には苔に埋もれるように何やらエルフ文字が刻まれていたが、ニャルには読めない。


ニャルがそれに目を向けていると、いつのまにか体の大きなフィオは随分先に進んでしまっていた。


それに気づいたニャルも慌てて後ろを追う。


「お前に会わせたい奴がいるんだよ」

遺跡の奥へと進みながら言ったフィオの声は、崩れた遺跡の薄暗い通路の中で低く反響した。


怖い時、不安な時、ニャルはいつも自分の尻尾を掴んできた。


それがない今はシャルドルートに着せてもらった服の裾をギュッと掴み、周囲を見渡す。


通路はあっという間に円形の広い空間に出た。

古い石畳の上に、崩れた屋根の隙間から目一杯の光が差し込んでいる。


その中央に、2匹の異形の生き物がいた。


1匹は、灰褐色をした鶏の体に鈍色の蛇の尾を引いたコカトリスの婆さん。

もう1匹は、婆さんよりもまだ大きい、玉虫色の大蛇だった。


「あら、私の赤いトカゲちゃん」

大蛇はフィオの姿を見ると、長いまつ毛が縁取る蛇の目を細めて言った。

その声に色気はあるが、同時に大蛇の重ねた途方もない年齢も感じさせた。


「なんだい、飯ならまだ間に合ってるよ」

婆さんは、大蛇と一緒に摘んでいた干からびたミミズを1匹口に放り込み、言う。


その後、婆さんと大蛇は同時に眉を顰めた。


フィオの赤い翼の裏に隠れるようにして、白い子供が立っていたからだ。


「あらぁ♡」

何か言いたげに嘴を開けかけた婆さんを押し除け、先に甘い声を上げたのは大蛇だった。

艶めかしくぬらぬらと体を左右に揺らしながらフィオに近づき、ニャルの全身を舐めるように眺める。


「この子が、神木の白龍様ね?

やっと王を見つけたのね。よかったじゃない」

長く赤い舌でチロチロと空気を舐めながら大蛇は言った。


「あ……いや、こいつは………」

フィオは大蛇の妖しい視線に固まっているニャルを自分の体で庇うようにしながら言葉に詰まった。


大蛇も、婆さんも、そしてニャルも、そんなフィオをじっと見る。


「こいつは……」


フィオは、一度だけ、深く鼻から息をしてから答えた。


今までずっと胸の奥に、お守りのように抱えてきた神託を、裏返す。




「この森の、魔法使いが生んだ龍だ」

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