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【17話】そっくり


「……できなくなった…って?」

シャルドルートの不穏な言葉にフィオが聞き返す。


ニャルはそんなフィオの腕の中で何度もしゃくり上げてヒューヒューと泣いていた。


翼もなく、頼りない背中はフィオが手のひらを添えるだけで隠れてしまうほど小さい。


フィオはニャルをそっと胸に抱き寄せてやる。


シャルドルートはニャルを抱くフィオの腕を見ながら、いつもはニャルがクッションを重ねて座っている、かまどのそばの椅子を引いた。


「たとえばさ……。

今までは手首の内側でスプーンを挟んで食べてたんだけど、人間の細い手首じゃそれができなくて、すぐ落ちるんだよ」


椅子に腰掛けたシャルドルートは、疲れた上体をぐったりとテーブルに預けながら、『こうやって』と、ニャルが曲げた手首にスプーンを挟み込んで掴む様子を再現する。


それを見ながらフィオもこっそりと手首を曲げてみる。

到底スプーンなんか挟めそうもない。


「椅子もさ……今までずっと尻尾使って…登ってたんだけど……

尻尾がないと上れなくて…

声も出ないからずっとパニックおこしてて…

……ふぁ……朝から大変で……」


大きなあくびをしながらそう言うシャルドルートの体は、どんどんテーブルの天板の上に崩れ落ちていく。


フィオはそんなシャルドルートの様子をじっと見つめていた。


シャルドルートが大きくあくびをした時、フィオは、人間の奥歯と、喉の奥で濡れた肉を初めて見た。


そんな所にすら、今は不思議と目が止まり、名前の知らない欲の塊のようなものが、腹の奥からこみ上げる。


赤く柔らかそうなその肉に触れたいと思ったのは、牙なのか、指先なのか……


「……なに?」

フィオの目線に気がついたシャルドルートが、今にも閉じようとしていた瞼を持ち上げ、フィオを見た。


「え?!あ…いや……。

あ、そ、そうだニャル、とりあえず元の姿に戻れよ。

声が出ねぇのも喉の使い方が分からねえだけで、戻ったらちゃんと鳴けるからよ、

それでこれからどうするか、ドラゴン会議しようぜ!」


フィオは涙目で自分を見上げているニャルを励ますように力強く言う。

それに被せるように、テーブルにうつ伏せになったシャルドルートがそのまま吐き捨てるような声で

「どうやって」と言った。


「どうやってって………」


フィオは言葉を失う。


人型から、龍の姿に戻る方法なんて考えたことがない。

いつも戻りたいと思った直後には目線が高く、背中には重い尻尾と翼があった。


言葉に詰まったフィオを見て、ニャルの瞳から光がすうっと消える。


一度は止まっていた涙を再びポロポロと金色の瞳からこぼし、大きく開いた口から生え始めのミルク色の乳歯を見せて声もなく号泣した。


「俺のせいなんだよ……」

シャルドルートはうわごとのように言う。


「ニャルに、早く大きくなれなんて勝手なこと言ったから……」


そんなシャルドルートの言葉を聞いて、フィオは、ニャルの鱗が剥がれたのは全て自分のせいだと泣いていたシャルドルートを思い出した。


あの夜の、どうすることもしてやれない焦りと苛立ちが蘇る。


「お前はまたそういうこと……そうじゃねぇって言っただろ?!」


焦りのせいで、声に怒りが混じった。


「……」

ニャルは突然声を上げたフィオを不安そうな目で見ている。


シャルドルートは、テーブルに顔を伏せたまま何も言わない。


ニャルは俯いて、上手く動かない自分の小さな人間の手をじっと見た。


震える手のひらの上にぽた、ぽたと落ちる涙が

『ニャルが何もできないせいだ』と言っているようだった。


「お前ら親子、ほんとそっくりだな……」


フィオは思わずそう呟いた。




テーブルにいるシャルドルートから、寝息が聞こえる。


それに気がついたニャルは、ハッとしてそれまで自分が被っていた膝掛けを掴もうとした。


五本の指を何度も膝掛けの上に叩きつけるけれど、指は思うように動かない。


手を諦めたニャルは膝掛けを口に咥え、フィオの腕を離れてシャルドルートのそばへと向かった。


自分が寝ると、シャルドルートはいつもこの膝掛けを体にかけてくれているのを、ニャルはちゃんと知っている。


「ニャル」

ニャルは膝掛けを加えたまま、椅子の足元でシャルドルートを見上げた。

そんなニャルの体を、フィオが背後からひょいと持ち上げる。


フィオから高さを貰ったニャルは、咥えてきた膝掛けをシャルドルートの背中に落とした。


「お前は、こいつの事が大事なんだな」


何かを確認するようにそう言ったフィオに、ニャルは深く頷いた。


それを見たフィオの胸の奥の熱が、決意の形に固まる。


こんな小さなニャルですら、ちゃんと自分の意思でここにいるのだ。



「ニャル、ちょっと俺についてこいよ」

フィオはそう言って、窓から空を見上げた。

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