再観測計画
理央は存在している。
呼吸もある。体温もある。声も出る。
だが――
・戸籍データに名前がない
・学校の名簿に存在しない
・SNS履歴が消えている
・写真から姿が抜け落ちている
世界が彼を“定義していない”。
結は理解する。
未観測領域から戻っただけでは不十分。
世界に“観測させ直す”必要がある。
理央は静かに言う。
「合理的に考えれば、成功率は低い」
「うん。でもゼロじゃない」
結は端末を開く。
そこに、微かなエラーが残っている。
【復帰処理:未完了】
【存在確率:38%】
完全な0にはされていない。
まだ揺らいでいる。
結は笑う。
「なら、62%分、私たちが埋める」
作戦名:再観測
未観測領域で結が学んだこと。
観測とは、
“他者が存在を認識し、記憶し、語ること”。
ならば方法は単純だ。
理央を――
多くの人の視界に入れる。
覚えさせる。
記録させる。
第一段階:物理的証明
結は理央を学校へ連れていく。
教師に話しかける。
「転校生です」
当然、信じられない顔。
だが理央は黒板に数式を書く。
誰も解けなかった入試レベルの問題。
教室が静まる。
“この人はいる”という空気が生まれる。
端末が震える。
【存在確率:45%】
上がった。
第二段階:記録の強制発生
結は動画を撮る。
理央が話す。
理央が笑う。
理央が失敗する。
その動画を拡散する。
再生数が伸びる。
コメントがつく。
「この人誰?」
「天才?」
「ちょっと変だけど面白い」
名前が書かれる。
“神崎理央”という文字列がネットに刻まれる。
【存在確率:57%】
管理層が動く。
画面に赤いノイズ。
【不正存在拡張検出】
学校のサーバーが一斉にエラーを起こす。
動画が削除され始める。
理央が静かに言う。
「時間がない」
第三段階:感情による固定
理央は気づく。
データでは足りない。
“記録”より強いものがある。
感情。
人が本気で怒る、笑う、泣く――
その瞬間の記憶は消えにくい。
理央は屋上に立つ。
結は驚く。
「何する気?」
「最大観測だ」
理央は校内放送を使う。
「今から、世界の観測構造について話す」
全校生徒が聞く。
教師も。
ざわめき。
理央は語る。
自分が消えたこと。
選ばれたこと。
排除されたこと。
合理的に語るはずだった少年が、
途中で声を震わせる。
「俺は……選ばれたくなかった」
沈黙。
誰かが言う。
「何言ってんだよ」
別の声。
「でも、こいつ昨日もいたよな?」
「変だけど、いた」
記憶が繋がる。
人は疑問を持つ。
疑問は観測を強める。
結が叫ぶ。
「この人は、ここにいる!」
その瞬間。
【存在確率:71%】
管理層の赤い光が空に走る。
窓ガラスが震える。
【緊急排除プロトコル】
理央の体が透け始める。
結が駆け寄る。
「まだ足りない!」
理央が笑う。
初めて、完全に感情のある笑み。
「合理的じゃないな」
「うるさい!」
結は彼の手を握る。
涙が落ちる。
「いなくなったら困るんだよ!」
屋上の空気が変わる。
クラスメイトの一人が言う。
「理央!」
また一人。
「神崎!」
名前が連鎖する。
人が一斉に、彼を見る。
観測が集中する。
世界が揺れる。
【存在確率:89%】
管理層のノイズが歪む。
【想定外の集団観測】
理央の輪郭が戻る。
まだ不安定。
結が最後に言う。
「あなたは統計じゃない」
沈黙。
理央が応える。
「俺は――俺だ」
爆発的な白光。
光が消える。
屋上には静かな風。
誰かが言う。
「神崎、さっきの続き教えろよ」
理央が振り返る。
「自分で考えろ」
自然なやり取り。
端末が、最後に一度だけ震える。
【存在確率:100%】
【管理層干渉:失敗】
だが――
画面の最下層に、小さな表示。
【観測構造:不安定】
世界は戻った。
だが何かが、軋んでいる。




