第5話 消耗しない理由
噂というものは、説明を嫌う。
理由が分からないほど、
人は勝手に理由を作りたがる。
◇
「……本当に、減ってないな」
朝の準備中、ガルドが自分の腕を見下ろしながら呟いた。
昨日の討伐から一晩。
筋肉痛も、疲労感も、ない。
「普通、来ますよね。
あとから、どっと」
「来ないな」
「怖いですね」
ガルドは本気で不安そうだった。
壊れない。
疲れない。
それは彼にとって、あまり好ましい状態ではない。
壊れない理由が分からないものは、
いつ壊れるか分からない。
◇
ギルドに入った瞬間、視線が集まった。
昨日とは違う。
好奇と、畏怖が混ざっている。
「……聞いたか?」
「討伐三件、連続で……」
「全員、無傷……」
受付の女性は、書類を抱えたまま硬直していた。
「ト、トンヌラさん……」
「どうした」
「報告が……」
差し出された紙には、簡潔な文字が並んでいる。
《消耗:確認できず》
《疲労:なし》
《補給:不明》
「……不明?」
「はい……。
管理栄養士の方が同行していたことは、
記録されていますが……」
彼女は言葉を選ぶ。
「“それだけで説明がつかない”と……」
それは、そうだろう。
コムギは、首をかしげていた。
「え?
普通ですよ?」
「……何がだ」
「戦う前に食べて、
途中で飲んで、
終わったあとに補うだけです」
当たり前のことを言う口調だった。
◇
依頼達成の印が押されると、
周囲のざわめきが一段大きくなる。
「……補給の魔法か?」
「いや、詠唱は……」
「じゃあ……」
誰かが、ぽつりと言った。
「――名、じゃないか」
静かだったが、
その一言は、よく通った。
「名?」
「《ネームレス》……
名を預かる者……」
視線が、こちらに集まる。
違う。
それは違う。
だが――。
「……説明しよう!」
誰かが、冗談めかして声を上げた。
「名を預けられた存在は、
その意味を拡張される……ってやつだ!」
笑いが起きる。
だが、すぐに消えた。
冗談にしては、
結果が合いすぎている。
◇
ギルドを出ると、コムギが隣を歩いた。
「次は、もっとちゃんとやりますね」
「何をだ」
「補給です!」
胸を張る。
「昨日は最低限だったので。
持久戦なら、まだ詰められます」
「……詰める?」
「はい!」
怖い言葉だ。
後ろで、ガルドがぽつりと呟く。
「……これ、
俺たち、消耗しないのが前提になってません?」
「なっているな」
「嫌ですね」
ガルドは真剣だった。
「消耗しないって、
逃げ場がなくなるんですよ」
なるほど。
壊れないものは、
壊れるまで使われる。
◇
その日の夕方。
ギルドの奥で、誰かが書類をまとめていた。
《対象:トンヌラ》
《現象:因果の省略》
《説明不能》
別の紙には、短い走り書き。
《監視、必要》
それを見ている者がいることを、
俺たちは、まだ知らない。
◇
宿に戻ると、コムギは食材を並べ始めた。
「夜も大事ですから」
「……頼む」
俺は、ただそう言った。
やっていることは、何も変わらない。
前に立つ者がいて。
支える者がいて。
俺は、名を呼ばれているだけだ。
それなのに――。
誤解は、
もう後戻りできないところまで
育ち始めていた。




