第3.5話 自宅警備員の仕事
ガルドは、壁に背を預けて座っていた。
……いや、正確には立っていた。
座ると、周囲が見えなくなる。
それは良くない。
自宅警備員としての長年の経験が、そう告げていた。
「……落ち着かないな」
町外れの簡易宿。
安い。
静か。
守るにはちょうどいい。
ガルドは、扉と窓と、床の軋みを一通り確認してから、ようやく呼吸を整えた。
問題なし。
◇
昨日の討伐を、頭の中で反芻する。
魔獣。
飛びかかろうとした。
止まった。
倒れた。
「……なんだったんだ、あれ」
自分は、前に立っただけだ。
殴っていない。
蹴っていない。
威圧もしていない。
ただ、前に立った。
それだけで、相手が諦めた。
理由は分からない。
分からないから、考えない。
考え始めると、余計な動きをしてしまう。
「たたかったら、負けだと思ってるんで」
それは冗談でも哲学でもなく、
単なる生活の知恵だ。
殴り合いになった時点で、
何かが壊れる。
家も、身体も、関係も。
壊れないためには、
起きないようにするしかない。
それが、自宅警備員の仕事だった。
◇
ふと、自分の腕を見る。
鎧の下で張った筋肉が、静かに呼吸に合わせて動く。
鍛えたというより、気づいたらこうなっていた体だ。
誰かを殴るためじゃない。
扉の前に立ち続けるための肉。
「……まあ、役には立ってるか」
そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。
◇
隣を見る。
トンヌラは、机の前で腕を組み、動かない。
考えているように見える。
……たぶん、何も考えていない。
だが、不思議と安心感があった。
前に立つのは、自分。
後ろにいるのが、トンヌラ。
それだけで、配置として正しい。
「……強い人、なんでしょうね」
ガルドは、小さく呟いた。
自分よりも。
戦い方を知らず、
危険に踏み込まず、
それでも結果が出る。
ああいうのを、
才能というのだろう。
自分にはない。
自分にあるのは、
壊さないことだけだ。
◇
廊下で足音がした。
ガルドは、即座に前に出る。
扉と音の間に、立つ。
その瞬間、いつも思う。
――ああ、案外怖くないな、と。
下がって構えるより、
思い切って前に出た方が、身体は軽い。
胸を張ると、背中の筋肉が自然に締まり、
呼吸が深くなる。
守る側に回った瞬間、
恐怖は、仕事に変わる。
――問題なし。
宿の主人だ。
何事もなかったように、戻る。
「……今日も平和だな」
それが、一番いい。
強いだの、最強だの、
正直どうでもいい。
自宅が守られていれば、
それでいい。
ガルドは、静かに息を吐いた。
明日も前に立つ。
たぶん、立つだけ。
それが、
自宅警備員の仕事なのだから




