第3話 誤解は、勝手に強くなる
翌朝、ギルドの空気が少し違った。
視線が集まる。
ひそひそとした声が、背中に刺さる。
「……あいつだ」
「昨日の……」
「指一本、動かさなかったって……」
違う。
正確には、俺は何もしていない。
だが、人は正確さよりも分かりやすさを選ぶらしい。
掲示板の前に立つと、依頼書の並びが変わっていた。
《討伐》
《討伐》
《高難度・討伐》
昨日まで見なかった札が、堂々と貼られている。
「……増えてますね」
隣でガルドが呟いた。
「気のせいだ」
「いえ、明らかにです」
彼は首をかしげる。
「俺、昨日は前に立ってただけなんですけど」
「そうだな」
「なのに……」
ガルドは周囲を見回す。
こちらを見て、目を逸らす冒険者たち。
「……変ですね」
同感だ。
◇
受付に向かうと、女性は露骨に緊張していた。
「お、おはようございます、トンヌラさん」
「おはよう」
「き、昨日の討伐ですが……」
言いづらそうに、彼女は続ける。
「報告が、少し……」
「少し?」
「いえ、その……」
彼女は声を潜めた。
「“指示も詠唱もなく、
前に立たせただけで魔獣を無力化した”
と……」
違う。
俺は何も――。
「……そう記録しておいてください」
口が、勝手にそう言った。
否定すれば混乱が生じる。
混乱は余計な説明を呼ぶ。
説明は、面倒だ。
受付の女性は、安堵したように頷いた。
「は、はい!」
その瞬間だった。
背後で、ざわめきが一段大きくなる。
「記録に残した……?」
「つまり、正式に……?」
「ギルド公認……?」
違う。
違うが――。
訂正するには、もう遅かった。
◇
ギルドを出ると、ガルドが立ち止まった。
「……あの」
「どうした」
「俺たち、強いって思われてません?」
「思われているな」
「……困りますね」
本気で困った顔だった。
「俺、自宅警備員ですよ?」
「そうだな」
「戦い方も、知らないですし」
彼は少し考えてから、いつもの調子で言った。
「だから、たたかったら負けだと思ってるんですけど」
なぜだろう。
その言葉が、昨日より重く聞こえた。
防御。
回避。
前に立つだけ。
それを“最強”と解釈する世界。
「……行こう」
俺が言うと、ガルドは頷いた。
「次も討伐ですか」
「そうなる」
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
実際、問題はない。
俺は、何もしていないのだから。
◇
町を出る直前、誰かが小声で囁いた。
「……あれが、“名を預かる者”……」
振り返ると、誰もいない。
噂は、もう俺の背後に置き去りにされていた。
誤解は、
誰の許可もなく育ち、
勝手に意味を持ち始める。
そして――。
俺はまだ、
その始まりにすら立っていない。




