第21話 触れたもの
最初に起きたのは、
音の途切れだった。
◇
歩いていたはずの道が、
いつの間にか、
無音になっている。
風も。
鳥も。
自分の足音すら、
どこか遠い。
「……」
俺は、
立ち止まった。
腕を組んだまま。
◇
ぽめは、
隣にいる。
いつもより、
少しだけ近い。
それだけで、
嫌な予感がした。
◇
「対象を確認」
背後から、
声がした。
振り返ると、
白い装束の男が立っている。
世界調停機構。
実地調整班。
一人だ。
一人で来る判断をした、
ということ。
◇
「……何の用だ」
俺は聞いた。
「確認です」
男は、
淡々と言う。
「単独行動中の
異常値について」
「異常はない」
「観測が、
一瞬切れました」
それだけで、
十分だった。
◇
男の視線が、
ぽめに向く。
ほんの、
一瞬。
だが――
好奇心が混じった。
「……それは?」
「犬だ」
「登録されていませんね」
男は、
一歩、近づいた。
◇
「触るな」
俺は、
はっきり言った。
男は、
足を止めない。
「危険性を測るだけです」
測れるものだと、
思っている。
◇
ぽめが、
動いた。
前に出ない。
吠えない。
ただ――
こちらを見た。
それだけだ。
◇
男の手が、
伸びる。
次の瞬間。
◇
――“触れた”。
それだけ。
爆発もない。
閃光もない。
衝撃波もない。
音すら、
ほとんどない。
◇
だが。
男の手が、
そこになかった。
正確には――
「最初から存在しなかった」
かのように、
消えていた。
◇
「……?」
男は、
自分の腕を見下ろす。
血は出ていない。
痛みも、ない。
ただ、
因果が欠けている。
◇
「……な……」
声にならない声。
理解が、
追いつかない。
◇
次に消えたのは、
足だった。
そして、
胴。
頭。
順番ではない。
“触れた事実”だけが、
削除されていく。
◇
数秒後。
そこには、
誰もいなかった。
死体も。
血痕も。
痕跡も。
ただ、
風が戻る。
◇
ぽめは、
座った。
あくびをした。
それだけだ。
◇
「……やめろと言った」
俺は、
静かに言った。
ぽめは、
何も答えない。
だが――
もう、十分だった。
◇
遠くで、
観測が一斉に復帰する気配。
遅すぎる。
◇
俺は、
初めて“選ぶ”必要を感じた。
このまま、
何もしないでいるか。
それとも――
何もしないことを、
やめるか。
◇
ぽめは、
隣で丸くなった。
もう、
何もしない。
約束を守ったかのように。
◇
だが――
世界は、
もう後戻りできない。
触れてはいけないものに、
触れた。
それだけで、
十分すぎた。
明日から3日間、連続で最終話まで連続更新。




