第15話 名前を与えられる者たち
ギルドの空気が、また変わっていた。
静かだ。
だが、これまで感じてきた「視線の静けさ」とは違う。
今回は――
固まっている。
◇
「……書類、増えてません?」
コムギが、受付のカウンターを見て言った。
確かに。
いつもの依頼書の横に、
見慣れない封筒が並んでいる。
色が違う。
質も違う。
公式すぎる。
◇
「トンヌラさん」
受付の女性は、
声を少しだけ低くして言った。
「……こちら、
ギルド本部からの要請です」
「要請?」
「はい。
再判定をお願いしたいと」
◇
奥の応接室に通される。
机の中央に、
見覚えのある水晶が置かれていた。
昼間なのに、部屋だけが薄暗い。
光を吸っているような透明。
「本来は一度きりですが」
活動分析課の男は言う。
「あなた方の場合、
例外処理となりました」
水晶の底で、
小さな粒が、ゆっくり回っていた。
◇
「では、順に」
男はガルドを見た。
「手を」
ガルドが触れた瞬間、
水晶の内側で光がひとつ弾ける。
《自宅警備員》
変わらない。
「ほら、やっぱり」
ガルドは安堵したように肩を落とした。
◇
次にコムギ。
《管理栄養士》
「……ですよね」
本人も納得している。
◇
フィー。
《ペットシッター》
「うん、知ってた」
軽い。
◇
クラウス。
《手品師》
沈黙。
水晶だけが、
呼吸みたいに淡く明滅する。
◇
「最後に」
男は俺を見た。
「あなたを」
水晶に手を置く。
《ネームレス》
やはり、何もない。
◇
「以上です」
男は書類をまとめた。
「やはり特異性は――」
「ちょっと待ってください」
俺は、水晶から手を離した。
「もう一回、
いいですか」
水晶の底で、粒が止まる。
「……構いませんが」
◇
俺は、ガルドを見た。
「ガルド」
「はい」
言葉が、喉の奥で形を持つ。
昔からそこにあったみたいに。
「今日からお前の名前は――
《バトル・ウォーデン》」
音が落ちた瞬間、
水晶がひとりでに震えた。
《バトル・ウォーデン》
文字が、静かに塗り替わる。
「……は?」
ガルドの声だけが、遅れて届く。
◇
「コムギ」
「は、はい」
「《ミリタリー・サスティナー》」
水晶が、深く呼吸する。
《ミリタリー・サスティナー》
「え、え?」
◇
「フィー」
「なんか背中ぞわっとした」
「《バイオ・チューナー》」
《バイオ・チューナー》
「……まじ?」
◇
部屋が、静まり返る。
水晶の光だけが、
薄い鼓動みたいに揺れている。
職員のペンが、床に落ちた。
「そんな……
水晶は、後から変わらないはずで――」
◇
その沈黙に、
ミラがひょいと顔を出した。
「ねえねえ」
空気と無関係な声。
「みんな、私と同じで名前変わったね」
「同じってお前」
「いいじゃん、かっこいいし」
ミラは肩をすくめる。
「名前なんて、強そうなほうが得でしょ?」
誰も答えられない。
◇
「クラウス」
彼は、ゆっくり顔を上げた。
「お前は、まだいい」
水晶は動かない。
《手品師》
「……助かる」
短い返事。
◇
俺は最後に、自分に触れた。
《ネームレス》
変わらない。
それでいい。
◇
「今のは」
職員が震える声で言う。
「いったい、何を――」
「命名です」
俺は答えた。
「決めたんじゃない。
預けただけ」
水晶の光が、
小さく一度だけうなずいた。
◇
部屋を出ると、
廊下がやけに明るく感じた。
「……名前、増えましたね」
コムギが言う。
「増えてない」
ガルドは即答した。
「預かっただけです」
その通りだ。
◇
その夜。
宿の部屋。
ぽめは、
いつもの場所で丸まっている。
名前も。
分類も。
何もない。
俺は、
その姿を見下ろして思った。
――世界は、
理解できないものを
水晶で縛ろうとする。
だから俺は、
縛らない側に立つ。
名を、預かるだけ。
ぽめは、
何もしていない。
そして――
俺も、
まだ何もしていない。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
まだ半分です。
トンヌラは相変わらず何もしてません。
でも世界は勝手に本気になってきました。
★をもらえると、
ぽめがちょっとだけ前に出ます(たぶん)。




