第14話 反応しないはずのもの
その日の討伐依頼は、奇妙だった。
《詳細:未記載》
《危険度:低》
《追記事項:現地判断》
「……低?」
ミラが眉をひそめる。
「この書き方で、
低って書くの、
だいたい嘘だよね」
「同感だ」
俺は短く答えた。
◇
目的地は、
かつて集落だった場所だ。
建物の骨組みだけが残り、
風が通るたびに、
空洞が鳴る。
「……音、悪いな」
ミラが小さく言う。
「ノリ、死んでる」
ガルドは、
いつもより一歩、前に出た。
「前が、
やけに広いです」
コムギは、
補給袋を抱え直す。
「……計算、合わない」
フィーは、
無言で周囲を見る。
クラウスは、
いつもより後ろに下がっていた。
そして――
ぽめは。
起きていた。
◇
「……あれ?」
フィーが、
足元を見る。
「起きてる」
ぽめは、
四つ足で立ち、
こちらを見ていた。
いつもの、
ぼんやりした目ではない。
焦点が合っている。
「……珍しいですね」
コムギが言う。
「いつも、
寝てますよね」
ガルドは、
前に立ったまま、
小さく呟く。
「……嫌な感じです」
◇
魔獣は、
姿を見せなかった。
だが、
気配だけがある。
重い。
濃い。
何かが、
“来ない”まま、
そこにいる。
「……これは」
ミラが、
声を落とす。
「戦場じゃない」
俺も、
同じことを思っていた。
ここは――
境目だ。
◇
ぽめが、
一歩、前に出た。
「……え?」
フィーが、
思わず声を漏らす。
毛玉は、
低く唸る。
それだけ。
攻撃しない。
変身しない。
ただ、
存在を主張する。
次の瞬間。
風が、
止まった。
◇
「……っ」
ガルドが、
踏み込もうとして――
止まった。
「……前に、
出られない」
ミラが、
叫ぼうとして――
声が出ない。
コムギの手が、
補給袋に伸び――
意味を失う。
フィーの再生が、
必要ないと告げる。
クラウスは、
紙を取り出さなかった。
全員が、
“やる必要がない”
と理解していた。
◇
ぽめは、
ただ、そこに立っている。
小さな身体で。
何も変えず。
だが、
これ以上、
何も起きない
と分からせるには、
十分だった。
◇
数秒。
あるいは、
もっと短い時間。
やがて、
重さが、消えた。
風が、戻る。
音が、戻る。
ぽめは――
あくびをした。
そして、
座り込む。
終わりだ。
◇
「……今の」
ミラが、
ゆっくり息を吐く。
「……何?」
「分からない」
ガルドが、
正直に言う。
「でも……
前に立たなくて、
よかった」
コムギは、
小さく頷いた。
「……消耗、
しなかったですね」
フィーは、
肩をすくめる。
「壊れもしなかった」
クラウスは、
黙ったまま、
ぽめを見る。
――糸は、
張られていない。
◇
帰り道。
「……依頼、
達成ですよね?」
コムギが、
不安そうに言う。
「ああ」
俺は、
そう答えた。
実際、
何も起きなかった。
だが――
起きなかったこと自体が、
異常だ。
◇
夜。
宿の部屋。
ぽめは、
いつもの場所で丸まっている。
何もなかったように。
俺は、
その姿を見下ろし、
小さく呟いた。
「……まだ、
名前は呼ばない」
毛玉は、
返事をしない。
ただ、
寝息を立てる。
世界は、
今日も終わらなかった。
だが――
終わりが、
確かに“近づいた”
気配だけは、
残っていた。




