第2話 たたかったら、負けだと思ってるんで
掲示板の前で、俺は腕を組んでいた。
紙。
紙。
紙。
依頼書がずらりと並ぶ中、目に入る文字はほぼ同じだ。
《薬草採取》
《荷物運搬》
《倉庫整理》
――違う。
そうじゃない。
十五年の山籠りを経て、俺がやるべきことは、これではない。
受付に戻ると、先ほどの女性がすぐに気づいた。
「何か、問題でしょうか?」
「討伐依頼をお願いします」
「……討伐、ですか?」
少しだけ困った顔。
「申し訳ありませんが、討伐依頼は基本的にパーティ向けで……」
「一人では?」
「危険ですので」
なるほど。
世界はまだ、俺の力量を測りかねているらしい。
「では、仲間を探します」
「ええ、それが――」
そう言って、彼女は視線を掲示板の方へ戻した。
つまり、あそこだ。
◇
掲示板の前に立つ冒険者たちは、みな似た顔をしていた。
剣。
杖。
鎧。
そして、誰もが「強そう」に見える。
だが、その輪の外に。
一人だけ、明らかに違う空気の男がいた。
背は高い。
細身。
装備は……ほぼない。
壁に背を預け、腕を組み、ぼんやりと掲示板を眺めている。
――暇そうだ。
俺は、迷わず声をかけた。
「あなた」
男はゆっくりとこちらを見る。
「……俺ですか」
「仲間を探している」
「……ああ」
納得したように頷いたあと、彼はあっさり言った。
「無理ですね」
「理由は」
「自宅警備員なんで」
沈黙。
「……それは、職業ですか」
「はい」
彼は少しだけ胸を張る。
「自宅警備員。
括弧付きで、ニートです」
なるほど。
理解した。
だから誰も声をかけない。
「戦えない?」
「戦えませんね」
「逃げ足は」
「普通です」
「では、なぜここに」
「暇なんで」
完璧だ。
だが――。
「それでも、いい」
俺がそう言うと、男は初めて少しだけ驚いた顔をした。
「……いいんですか」
「問題ない」
「討伐ですよ?」
「分かっている」
彼はしばらく俺を見つめ、それから小さく笑った。
「……変わってますね」
そう言って、壁から背を離す。
「ガルドです」
「トンヌラだ」
小声で名乗ると、ガルドは聞かなかったことにした。
「一つだけ、言っておきますけど」
彼は歩き出しながら、淡々と続ける。
「俺、前には出ます」
「戦うために?」
「いえ」
ガルドは、あっさりと言った。
「たたかったら、
負けだと思ってるんで」
その言葉が、妙に胸に残った。
初めての討伐依頼。
相手は、町外れに出没する小型魔獣。
俺が何かをする前に、ガルドは一歩前に出た。
それだけだ。
武器も振らない。
構えもしない。
ただ、立つ。
魔獣が飛びかかろうとして――止まった。
何かにぶつかったように。
いや、ぶつかってはいない。
だが、進めない。
「……あれ?」
ガルドは首を傾げる。
「前に立ってるだけなんですけど」
次の瞬間、魔獣は力尽きたように崩れ落ちた。
沈黙。
俺は、何もしていない。
だが背後から、誰かの声が聞こえた。
「いまの……見たか?」
「一瞬で……」
「指示もなしに……」
違う。
違うが――。
俺が否定する前に、世界は結論を出していた。
――トンヌラが、やった。
ガルドは地面を見下ろし、ぽつりと呟く。
「……だから言ったんです」
「?」
「たたかったら、負けだって」
その日、
俺とガルドの名前は、静かに広まり始めた




