第12話 調停機構、気づく
世界調停機構・第二観測室。
そこは、音のない部屋だった。
書類が積まれ、
水晶板が並び、
人の声だけが、慎重に選ばれている。
「……更新を」
白衣の女性が言う。
「対象コード《ネームレス》、
直近の因果ログを」
水晶板が淡く光る。
◇
「……おかしい」
最初に口を開いたのは、
年配の観測官だった。
「戦闘ログに、
“原因”が記録されていない」
「削除されたのでは?」
「違う。
最初から、存在しない」
別の職員が、眉をひそめる。
「再生、補給、防御、
連携……
どれも単体では説明可能です」
「だが」
観測官は、画面を指す。
「それらを束ねる因果がない」
空白。
中心に、ぽっかりと。
◇
「中心人物は?」
「トンヌラ。
職業:《ネームレス》」
「能力は?」
「……不明」
一瞬、沈黙。
「“不明”?」
「はい。
行動ログ、
意思決定ログ、
すべてが……」
職員は言葉を探す。
「平坦すぎます」
◇
別の水晶板が映し出される。
《観測結果要約》
・前線に立たない
・指示を出さない
・詠唱を行わない
・それでも戦果が最大化
「……逆に、
何をしていると?」
誰かが、半ば冗談で言った。
だが、
誰も笑わなかった。
◇
「この現象、
分類不能です」
白衣の女性が言う。
「強化系でもない。
支援系でもない。
指揮系でもない」
「では?」
「……空白系」
その言葉に、
部屋の空気が張り詰める。
◇
「危険度は?」
「測定不能」
「監視対象に昇格を」
即断だった。
「直接介入は?」
観測官は、首を振る。
「不可」
「理由は?」
「……触れた瞬間、
壊れる可能性がある」
何が、とは言わない。
だが、
全員が同じものを思い浮かべていた。
◇
最後に、
別の職員が報告を付け足す。
「補足です。
同行者の中に、
因果干渉の痕跡があります」
「誰だ」
「……クラウス。
職業:手品師」
観測官が、
静かに目を細めた。
「……なるほど」
空白の周囲に、
糸を引く者がいる。
◇
「結論」
白衣の女性が、まとめる。
「対象は、
世界を壊す存在ではない」
一拍、置いて。
「……だが、
世界を“終わらせない”存在である
可能性が高い」
その言葉が、
正式記録として刻まれた。
◇
一方、その頃。
宿の一室。
トンヌラは、
腕を組んで立っていた。
特に理由はない。
「……今日も、
何も起きなかったな」
ガルドが言う。
「良いことだ」
「ですね」
ミラは、ギターを壁に立てかける。
「静かすぎて、
逆に怖いけど」
フィーは、欠伸をした。
コムギは、
明日の献立を考えている。
クラウスは、
黙って糸を外す。
◇
誰も知らない。
世界が、
彼らを見始めたことを。
そして――
見ても、理解できなかったことを。
調停は、
まだ始まっていない。
だが、
観測は、もう止まらない。




