第11話 手品師の仕事
異変は、小さかった。
小さすぎて、
誰も「事件」だとは思わなかった。
◇
討伐対象は、遺跡跡に出没する中型魔獣。
数は少ない。
動きも単純。
「……今日は楽ですね」
コムギが言う。
「油断は禁物だ」
ガルドは、いつも通り前に立つ。
ミラは、肩でギターを回しながら欠伸をした。
「ノリも普通だし、
ウォームアップって感じ」
フィーは、指を鳴らす。
「壊れたら直すだけね」
――完璧だ。
完璧すぎる。
◇
最初の一体は、問題なく倒れた。
二体目も。
三体目も。
だが、四体目で――
違和感が走った。
「……?」
ガルドが、足を止める。
前に立った。
――止まらない。
「っ……?」
魔獣が、
半歩だけ、踏み込んだ。
それだけだ。
それだけなのに、
空気が歪んだ。
◇
「……ズレた」
ミラが、低く言う。
叫ぼうとした声が、
一瞬、遅れた。
コムギの補給も、
ほんのわずか、遅れた。
フィーの手が伸びる前に、
魔獣の爪が――。
◇
その瞬間。
何も起きなかった。
爪は、
当たるはずの場所を、
すり抜けた。
「……え?」
フィーが瞬きする。
ガルドは、
自分の胸を見下ろした。
「……今の」
誰も、答えられない。
◇
魔獣は、
次の瞬間、倒れていた。
原因は分からない。
衝撃も、音もない。
ただ――
倒れた。
◇
戦闘後。
「……今の、何ですか」
ガルドが、珍しく不安そうに言った。
「俺、止めきれてませんでしたよね」
「……そうだな」
ミラが、眉を寄せる。
「叫び、間に合ってなかった」
コムギも、首を傾げる。
「補給、遅れました」
フィーは、静かに言った。
「再生、してない」
全員が、同じ結論に辿り着く。
――誰も、何もしていない。
◇
少し離れた場所で、
クラウスは、鞄の中の紙を見ていた。
線を一本、消す。
矢印を、少しだけずらす。
それだけだ。
「……よし」
小さく呟く。
◇
帰り道。
「……今日、
トンヌラさん、
何かしました?」
コムギが、恐る恐る聞いた。
「いや」
俺は、即答した。
実際、何もしていない。
ミラが、腕を組む。
「じゃあ……
“自動”?」
その言葉に、
誰も笑わなかった。
◇
ギルドの報告書には、
こう書かれた。
《想定外の攻撃を、
事前に回避》
誰かが、呟く。
「……予知、か?」
違う。
そんな力はない。
◇
宿に戻った夜。
クラウスは、机の上に
小さな木製の人形を並べていた。
一本、糸を張る。
ほんの少しだけ。
「……ズレは、戻した」
それだけだ。
手品師の仕事は、
観客に気づかれないこと。
今回も、
うまくいった。
◇
トンヌラは、
その夜も、腕を組んで立っていた。
何も知らず。
何もせず。
だが――
何も起きなかったことが、
この日の最大の成果だった。




