第10.5話 何もしないという選択
クラウスは、少し離れた場所に立っていた。
近すぎると、邪魔になる。
遠すぎると、観測できない。
――この距離が、ちょうどいい。
◇
戦闘は、相変わらず理解できない。
前に立つ男。
疲れない補給。
壊れても戻る身体。
叫びで揃う動き。
理屈を積み上げれば、
説明できそうな要素はある。
だが、全体としては破綻している。
「……なのに、成立している」
クラウスは、小さく呟いた。
成立してはいけないものが、
当たり前のように回っている。
◇
だから、手を出さない。
下手に触れれば、
壊れるのは、敵ではなく――
この均衡だ。
彼は、鞄の中の紙に目を落とす。
線。
矢印。
因果の流れ。
どこかで、
必ず“飛んでいる”。
「……やっぱり」
中心に、
空白がある。
誰も指示を出していない。
誰も判断していない。
それなのに、
全員が“正しい位置”にいる。
ありえない。
◇
だから、観る。
手品師として、
彼が得意なのは――
注意を逸らすことだ。
人は、見たいものを見る。
見たくないものを、見ない。
今、全員が見ているのは、
「結果」だ。
見ていないのは――
何もしていない男。
クラウスは、そこを見る。
◇
トンヌラ。
腕を組み、
動かない。
だが、
空気は、彼を避けて流れている。
「……舞台装置」
それが、一番近い。
役者じゃない。
演出でもない。
でも、
無いと成立しない。
◇
戦闘が終わった時、
クラウスは、紙に一行書き足した。
《中心:未定義》
《行動:なし》
《影響:極大》
理屈が、拒否反応を起こす。
それでも、
書かずにはいられない。
◇
帰り道。
「役に立ってませんよね」
そう言ったのは、
本心だった。
だが、同時に――
確認でもあった。
ここで「役に立つ」と言われたら、
この場を離れるつもりだった。
均衡は、
触らない方がいい。
◇
だが。
「邪魔じゃない」
そう言われた。
その一言で、
クラウスは、少しだけ安心した。
邪魔でないなら、
観測は続けられる。
◇
夜。
宿の隅で、
クラウスは人形を一つ、取り出した。
小さな木製の人形。
まだ、何もしていない。
「……出番は、まだだ」
そう呟き、
人形を鞄に戻す。
彼は知っている。
手品師の本領は、
何も起きていない時間にこそある。
そして――
このチームは、
あまりにも“起きなさすぎる”。
いずれ、
その反動が来る。
その時こそが、
自分の仕事だ。




