第10話 役に立たない男
そいつは、最初から場違いだった。
ギルドの片隅。
掲示板の影。
人の流れから、半歩ずれた場所。
戦う装備はない。
筋肉もない。
雰囲気もない。
あるのは――
鞄と、眼鏡と、落ち着きすぎた態度だけ。
「……あの人」
コムギが、小声で言った。
「何だ」
「ずっと、こっち見てます」
視線を向けると、
男は慌てて目を逸らした。
完全に、怪しい。
◇
受付で依頼を確認していると、
背後から声がした。
「……あの」
振り返る。
さっきの男だ。
近くで見ると、
なおさら弱そうだった。
背は普通。
姿勢はいい。
だが、戦場に立つ人間のそれじゃない。
「何だ」
「ぼ、僕も……
一緒に、行ってもいいでしょうか」
即答で、ガルドが言った。
「無理ですね」
「ですよね」
男は、あっさり頷いた。
引き際だけは、妙にいい。
「職業は」
俺が聞くと、
男は少しだけ胸を張った。
「……手品師です」
沈黙。
今度は、全員が言葉を失った。
「……戦闘、ですよ?」
フィーが確認する。
「はい」
「死にますよ?」
「たぶん」
自己評価が、正確すぎる。
◇
「それでも」
男は、続けた。
「……見ていたいんです」
「何をだ」
「あなたたちを」
視線が、俺に集まる。
「正確には……
あなたが、何もしないところを」
空気が、少し冷えた。
ミラが、眉を上げる。
「喧嘩売ってる?」
「いえ!」
男は、慌てて首を振る。
「そうじゃなくて……
あれは、
“空白”なんです」
「……空白?」
「はい」
男は、眼鏡を押し上げる。
「誰も埋めない場所。
でも、確実に、
全体を支えている場所」
理解できる者は、いなかった。
◇
それでも。
「……同行を許可する」
俺は、そう言った。
理由は分からない。
だが――
邪魔になる気がしなかった。
◇
討伐は、問題なく始まった。
いつも通り。
ガルドが前に立つ。
止まる。
コムギが支える。
減らない。
フィーが触れる。
戻る。
ミラが叫ぶ。
揃う。
――そして。
男は、
何もしなかった。
逃げもしない。
戦いもしない。
ただ、
距離を保って立っている。
「……何も、してませんね」
ガルドが呟く。
「はい」
男は、即答した。
「それが、僕の仕事なので」
意味が分からない。
◇
戦闘が終わる頃、
男は、鞄から紙を取り出した。
何かを、書いている。
「……記録?」
「はい」
「何を」
男は、一度だけ、こちらを見た。
「因果です」
その言葉が、
場に残った。
◇
帰り道。
男は、ぽつりと言った。
「……やっぱり」
「何だ」
「僕、役に立ってませんよね」
ガルドが、首を振る。
「役に立たない人は、
もっと邪魔します」
ミラも言う。
「存在感ないのに、
目障りじゃないの、
逆にすごい」
コムギは、少し考えてから言った。
「……空いてる場所、
必要ですよね」
男は、驚いたように目を見開いた。
◇
「名前は」
俺が聞くと、
男は一瞬、迷った。
「……クラウスです」
「クラウス」
その名を、
まだ、何も変えない。
だが――。
この“役に立たなさ”は、
いつか必ず、
戦場を歪める。
俺は、なぜかそう確信していた。




