第9話 名前が、先に立つ
次の討伐は、報告書の書き方が少し違った。
《集団戦》
《連携必須》
《指揮系統が不明瞭な場合、失敗率高》
紙の端に、小さく追記がある。
《掛け声の有無により、戦況が変化した例あり》
「……もう書かれてますね」
ガルドが苦笑した。
「誰かが、見ている」
「嫌ですね」
同感だ。
◇
戦場は、開けていた。
見通しが良い分、
動きも見える。
魔獣は多い。
だが、昨日ほど嫌な感じはしない。
「……いける」
ミラが、肩でギターを回した。
「今日は、
ちゃんと鳴る気がする」
根拠はない。
だが、彼女の“感覚”は、
これまで一度も外れていない。
◇
戦闘が始まる。
ガルドが前に立つ。
止まる。
コムギが水を渡す。
減らない。
フィーが触れる。
戻る。
そして――
ミラが叫ぶ。
「――今!」
音が走る。
踏み込み。
殴打。
回避。
全員の動きが、
一拍で揃う。
だが、途中でズレた。
「……っ」
魔獣の一体が、
予想外の動きをした。
「ミラ!」
「分かってる!」
叫ぶ。
だが、声が散る。
ただの声だ。
力が、足りない。
◇
その時、
誰かが言った。
「……名前だ」
俺だった。
無意識に、
口から零れただけの言葉。
だが、
ミラが振り返る。
「……名前?」
「そうだ」
理由は分からない。
だが、分かる。
これは、名前が要る。
ミラは、にやりと笑った。
「いいね」
ギターを振り上げる。
「じゃあ――
次、ちゃんと呼んで」
魔獣が、迫る。
◇
俺は、息を吸った。
意味のある言葉ではない。
説明も、理屈もない。
ただ、
名を預ける。
「――《リズム・ドミネーター》」
叫んだ瞬間。
空気が、変わった。
音が、一本になる。
ミラの動きが、
“正しい位置”に固定される。
「――っ!」
彼女は、笑いながら殴った。
ギターが鳴る。
魔獣が崩れる。
残りも、
同じテンポで終わった。
◇
戦いのあと。
ミラは、息を整えながら言った。
「……今の」
「どうだ」
「最高」
即答だった。
「叫びが、
ちゃんと“返ってきた”」
ガルドが、首をかしげる。
「……名前、
そんなに違うんですか」
「全然違う」
ミラは、真顔で言った。
「ノリに、
責任が乗る」
その言葉が、
妙に重かった。
◇
ギルドに戻ると、
報告書には、こう書かれた。
《掛け声に名称を付与した結果、
戦闘効率が飛躍的に向上》
誰かが呟く。
「……詠唱、だな」
違う。
俺は、
詠唱なんてしていない。
ただ、
名前を呼んだだけだ。
◇
宿に戻る途中、
ミラが隣を歩きながら言った。
「ねえ」
「何だ」
「その名前」
「気に入らないか」
「逆」
彼女は、笑った。
「やっと、
呼ばれた気がした」
名は、
人を縛るものだ。
同時に――
人を、前に出す。
俺は、また一つ、
預けてはいけないものを
預けてしまった気がした。
だが、
後悔はなかった。
誤解は、
もう止まらない。




