第8.5話 前に立つ人と、叫ぶ人
宿の裏手は、夜になると静かだった。
焚き火の音だけが、一定のリズムで鳴っている。
ガルドは壁に背を預け、腕を組んでいた。
立ったまま。
ミラは、その少し前でギターの弦を軽く弾いている。
きぃん。
ぽん。
「ねえ」
ミラが言った。
「なんで、あんな前に立てるの?」
「……前ですか」
「そう。
普通、怖くない?」
ガルドは少し考えてから答えた。
「怖いですよ」
「じゃあ、なんで」
「逃げ場、なくなるんで」
ミラは手を止めた。
「逃げ場?」
「はい」
ガルドは淡々と続ける。
「下がれると思ってると、
人って、無理するんです」
「……ふーん」
「だから、最初から前に立つ」
それ以上、下がれない位置に。
「そうすると、
変な判断しなくて済むんで」
ミラは、しばらく黙った。
それから、ぽつりと言う。
「それ、ライブと同じだわ」
「……は?」
「逃げられると思ってると、
音、外すの」
ガルドは瞬きした。
「ステージに立った瞬間、
逃げ場ないって分かるとさ」
ミラは、焚き火を見つめる。
「変なこと、考えなくなる」
「……」
「ただ、出すだけ」
音を。
声を。
ガルドは、小さく息を吐いた。
「……叫ぶの、苦手です」
「知ってる」
ミラは笑った。
「でもさ」
ギターを肩に担ぎ、振り返る。
「叫ばなくていい人が前に立ってるから、
私、叫べるんだよね」
ガルドは、言葉を探した。
「……それは」
「役割分担」
ミラは即答した。
「前に立つ人。
叫ぶ人」
そして、少しだけ声を落とす。
「……何もしない人」
二人の視線が、
宿の明かりの方へ向く。
そこには、
腕を組んで立つ影があった。
「……あの人」
ガルドが言う。
「不思議ですよね」
「うん」
ミラは、弦を鳴らす。
「ステージ作ってるのに、
自分は歌わないタイプ」
ガルドは、少し考えてから頷いた。
「……安全な人ですね」
「でしょ?」
ミラは笑った。
「だから、
このバンド、続くと思う」
焚き火が、ぱち、と弾けた。
前に立つ人と、
叫ぶ人。
その間に、
何もしない人がいる。
不思議な配置だ。
だが、
どこにも無理はなかった。




