開戦
トークォ艦隊が星系外縁に到着したのは3日後。予想通りだ。
軍籍艦の他国星系への侵入は禁止されているが、遠慮なく侵攻してきた。警告するサーカ艦隊に発砲しつつ。
「見事な進撃だ。重厚で隙が無い。」
「こちらも見事な逃げっぷりですけどね」
やられるふりをしながらの後退。先日の艦隊運動の訓練はこれだ。
ちなみに、敵の進撃の良し悪しは全く分からない。言ってみただけだ。
もっとも、敵艦隊が小惑星やデブリを無駄に撃って航路を小惑星の破片などで塞がれないように注意しながら攻撃しているのは分かる。
『まもなく小惑星帯に入ります!』
オペレーターの声が緊張に震える。
作戦を立てるのは俺の役割だが、実行するのは兵たちだ。ワケのわからない異星人の指揮に従ってくれるのか疑問だったが、今のところはしっかり従ってくれている。
『失敗したらなぶり殺しにされるかもしれないな。』
その前に戦場で死んでしまう確率のほうが高いか。
トークォ艦隊旗艦のシナガの艦橋は戦闘時とは思えないほど落ち着いていた。圧倒的な戦力差、戦闘経験の差からくる余裕だろう。
星系に入ってからの航海も順調。数度は必要と思っていた航路からの小惑星除去作業も必要なく、あっさりと敵前衛と思われる艦隊も発見できた。
全体として士気が高いと…いうよりは浮つき気味と言うべきかもしれない。
「サーカ艦隊さらに後退! 小惑星帯に逃げ込みました!」
こういう状況で敵と遭遇したら、すぐに小惑星帯の後ろに回り込んで盾にするのが定石だ。そうなっていたら、こちらとしては艦隊を二分して小惑星帯を回り込み挟み撃ちにするしかない。こちらは相手が二分した艦隊を各個撃破に出ても負ける数ではないが面倒だといえば面倒だ。
それをする時間も距離も十分あったはず。だがそれをせず、サーカ艦隊は小惑星帯に逃げ込んだ。
大艦隊に遭遇してパニックになったからだろう。何か作戦があるとも思えない。一発撃ちこまれれば、小惑星同士がぶつかり合い、荒れ狂い、艦隊を砕くのだから。
「そんなところだろうな。」
艦隊司令ダイバは深くシートに座りなおした。
ダイバ中将。トークォ宇宙第一艦隊の司令。
下級軍人からの叩き上げの努力の人で、部下からの信頼も厚い。
彼が頭角を現したのは、ある危険な救助作戦だった。彼は危険な状況下でクルーを救出する際、自己犠牲的な行動をとったことで賞賛された。
その後も宇宙航法、戦略戦術など各種スキルを磨き続け、『派手さはないが、堅実な用兵』と何よりも『部下を決して無駄に死なせない』ことで高い評価を受けていた。
「さて、どうしたものか?」
小惑星帯に主砲を数発撃ち込めば艦隊には当たらなくとも小惑星帯の破片が敵艦を砕く。だが、その破片が航路をふさいでしまい、航路確保に時間がかかる。
『もう勝負はついたようなものだ。敵兵とはいえ、できれば死傷者は出したくない。』
一気に捕捉、殲滅する予定だったが思いのほか巧みな艦隊運動で取り逃がした。
それでも小惑星帯に追い込んでこれで止まるだろうと思った。小惑星を盾にできないように艦隊両翼に攻撃を仕掛け、回り込みもうまく防げていた。
ところが、見事に後退しながら小惑星帯に潜り込まれてしまった。一艦も小惑星に激突することなく。
まぁ、さすがに最前線にいる艦隊だ。その優秀さを見せたというところか……。
6倍以上の戦力差があるのだから、何か策があったとしてもひっくり返せる。
変にためらって援軍が来るまでの時間稼ぎをさせる必要もない。正攻法で敵を包囲、殲滅する体制をとる。
「小惑星帯を半包囲、敵艦隊に対し、降伏勧告をだせ!」
これで大丈夫だろう…が、何か引っかかる。
だが、最も失敗が少ないと思われる正攻法で行くしかない。
『これで決着がつくだろう。』
ダイバは思った。思いたかったのかもしれない。
矢上の行動は今のところ、トークォ艦隊の想定の通りだった。
小惑星帯に逃げ込んだサーカ艦隊。
一発撃ち込まれたら終わりの状況で、逆転の手はあるのか?
次回『降伏勧告』




