地球の涙
20x5年11月15日
あの世界同時記憶から、約1ヶ月が経った。
世界は、確かに変わり始めていた。
でも。
まだ、足りなかった。
東京大学・量子情報研究所
藤原は、深刻な顔でモニターを見つめていた。
「田所、これを見ろ」
画面には、地球の環境データ。
地球システム・健康度指標
森林面積:回復率 +0.3%(目標:+5%)
海洋汚染:改善率 +0.8%(目標:+20%)
大気質:改善率 +1.2%(目標:+15%)
生物多様性:改善率 +0.1%(目標:+10%)
総合評価:D(危機的状況は継続中)
田所が、溜息をついた。
「変化が・・・遅すぎる」
「ああ。このペースじゃ、臨界点を超えてしまう」
藤原は、別のグラフを表示した。
地球意識・バイタルサイン
シューマン共振:不安定(乱れが継続)
量子ネットワーク:ノイズ増加傾向
記憶の雨:感情パターン→「疲労」「諦め」
「地球が・・・疲れてる」
山下が、小声で言った。
「人類は動き始めた。でも、間に合わない。地球は、それを感じてる」
藤原は、拳を握りしめた。
「くそ・・・もっと早く、もっと大きく変われないのか・・・」
メモリー・ドロップ(カフェ)
木村は、カウンターで新聞を読んでいた。
見出しが目に入る。
「環境対策、各国で足踏み」
「経済への影響懸念、改革にブレーキ」
「『地球意識』懐疑論も根強く」
「結局・・・こうなるのか」
常連の山本さんが、疲れた顔で言った。
「最初は盛り上がったんですけどね」
高橋さんも、頷いた。
「一ヶ月経って、熱が冷めちゃった人も多いみたいです」
ユミが、コーヒーを置きながら言った。
「人間って・・・忘れる生き物なんですね」
木村は、窓の外を見た。
雨が降っている。
でも、今日の雨は・・・重い。
田村家
リコは、学校から帰ってきて、ランドセルを置いた。
お母さんが、心配そうに聞いた。
「リコ、今日はどうだった?」
「うん・・・」
リコは、曖昧に答えた。
本当は、悲しかった。
クラスのみんな、最初は一生懸命だった。
毎日ゴミ拾いして、給食残さないで、紙も大切に使って。
でも、最近・・・
「リコちゃん、まだやってんの?もういいじゃん」
「地球、別に元気になってないし」
「めんどくさいよね」
そんな声が、増えてきた。
マナちゃんも、ケンタくんも、最近は来なくなった。
今日、ゴミ拾いしたの、リコだけだった。
「お母さん・・・」
リコは、涙をこらえた。
「私、間違ってたのかな・・・」
お母さんは、リコを抱きしめた。
「間違ってないよ。絶対に」
「でも・・・みんな、もうやめちゃった・・・」
「リコは、続けてるでしょ?」
「うん・・・」
「それで、いいの」
お母さんは、優しく言った。
「みんながやめても、リコが続ければ、それでいいの」
でも、リコの心は、重かった。
その夜。
世界中で、また雨が降った。
でも、今日の雨は・・・冷たかった。
世界各地・同時刻
人々は、雨に打たれた。
そして、記憶を受け取った。
暗闇。
少年が、座り込んでいる。
顔が見えない。
うつむいている。
「・・・疲れた」
少年が、小さく呟いた。
「もう、疲れた」
「頑張ったけど・・・」
「だめだった」
少年の体の傷、治っていない。
むしろ、増えている。
「みんな、最初は頑張ってくれた」
「嬉しかった」
「でも・・・」
少年が、顔を上げる。
涙でぐちゃぐちゃの顔。
「もう、諦めちゃったんだね」
東京・新宿の交差点
鈴木サラリーマンは、雨の中で立ち尽くしていた。
「やばい・・・」
周りの人々も、同じ表情。
恐怖。
ニューヨーク・マンハッタン
ジョンは、オフィスで頭を抱えた。
「No... No...」
パリ・シャンゼリゼ通り
マリーは、通りで膝をついた。
「Non... pas comme ça...(いや・・・こんなのダメ・・・)」
「ごめんね」
少年が、言った。
「僕、もう・・・頑張れない」
少年の体に、ヒビが広がる。
「痛すぎて」
「苦しすぎて」
「もう・・・限界」
周りの景色が、崩れ始める。
地面が、割れる。
海が、荒れる。
空が、裂ける。
「だから・・・」
少年が、涙を流した。
「さよなら」
記憶が、終わった。
世界中の人々が、凍りついた。
さよなら。
地球が、諦めた。
国連本部・緊急総会
議長が、震える声で言った。
「地球が・・・諦めようとしている」
各国代表が、パニックになる。
「どうする!?」
「もっと対策を!」
「いや、もう手遅れだ!」
「まだ間に合う!」
怒号が飛び交う。
でも、具体案は何も出ない。
東京大学・量子情報研究所
藤原は、モニターを叩いた。
「くそ!くそ!くそ!」
データは、最悪を示していた。
地球システム・崩壊カウントダウン
残り時間:72時間
「3日・・・あと3日で、地球システムが不可逆的に崩壊する・・・」
田所が、椅子に座り込んだ。
「もう・・・ダメなんですか?」
藤原は、答えられなかった。
山下が、泣いていた。
「俺たち・・・地球を殺すのか・・・」
メモリー・ドロップ(カフェ)
店内は、暗い雰囲気だった。
常連客たちが、黙って座っている。
「木村さん」
山本さんが、言った。
「もう・・・終わりなんですかね?」
木村は、答えられなかった。
高橋さんが、溜息をついた。
「俺たち、結局何もできなかったな」
ユミは、カウンターに突っ伏していた。
「私・・・テレビで言えばよかった・・・もっと早く・・・もっと強く・・・」
誰も、何も言えなかった。
田村家
リコは、部屋で泣いていた。
「私のせいだ・・・」
「私、もっと頑張ればよかった・・・」
「もっと、みんなを誘えばよかった・・・」
お母さんとお父さんが、部屋に入ってきた。
「リコ」
お父さんが、抱きしめた。
「お前のせいじゃない」
「でも・・・」
「お前は、十分頑張った」
お母さんも、抱きしめた。
「リコは、ずっと頑張ってたよね」
「うん・・・」
「それだけで、十分だよ」
でも、リコの涙は、止まらなかった。
20x5年11月16日 午前0時
世界中が、絶望に包まれていた。
残り時間:71時間
でも。
ある場所で、小さな光が灯った。
東京・田村家
リコは、突然ベッドから起き上がった。
「・・・ダメだ」
「諦めちゃダメだ」
リコは、ランドセルから日記を取り出した。
あの日書いた、約束。
「地球、待っててね。絶対に、元気にしてあげるから」
「私、約束したんだ」
リコは、服を着替えた。
夜中の2時。
でも、関係ない。
リコは、家を飛び出した。
東京・深夜の街
リコは、走った。
マナちゃんの家へ。
ピンポンピンポン!!
「マナちゃん!起きて!」
ドアが開く。
眠そうなマナちゃん。
「リコちゃん・・・?夜中に・・・」
「マナちゃん!手伝って!」
「え?」
「地球、諦めようとしてる!でも、私、諦めない!」
リコの目が、輝いている。
マナちゃんは、一瞬黙った。
そして。
「・・・わかった!」
マナちゃんも、服を着替えた。
二人は、ケンタくんの家へ。
ユウキくんの家へ。
タクヤくんの家へ。
アヤちゃんの家へ。
全員を起こして回った。
「みんな!手伝って!」
最初、みんな戸惑っていた。
でも、リコの目を見て。
「・・・わかった!」
全員が、集まった。
「何するの?」
ケンタくんが、聞いた。
「ゴミ拾い!」
「夜中に!?」
「うん!今すぐ!できることを、全部やるの!」
リコは、ゴミ袋を配った。
「地球が諦める前に、私たちが諦めないって、見せるの!」
子供たちは、街中に散らばった。
深夜の街で、ゴミを拾い始めた。
その光景を、見ていた大人がいた。
夜勤明けのサラリーマン。
「・・・子供たちが、こんな夜中に?」
コンビニ店員。
「あの子たち・・・何してるんだろ?」
タクシー運転手。
「おい、見ろよ。小学生がゴミ拾いしてるぞ」
大人たちは、最初は困惑していた。
でも、子供たちの姿を見て。
「・・・俺たち、何やってんだ」
一人のサラリーマンが、動いた。
「手伝うぞ!」
コンビニ店員も、店を出た。
「俺も!」
タクシー運転手も、車を降りた。
「俺も手伝う!」
SNS・リアルタイム
誰かが、その光景を撮影してアップした。
「深夜の東京で、子供たちがゴミ拾い!」
「大人たちも参戦!」
「これ、すごくない!?」
その投稿が、瞬く間に拡散された。
ニューヨーク
投稿を見たジョンが、叫んだ。
「日本の子供たちが動いてる!俺たちも動こう!」
オフィスビルから、人々が飛び出した。
深夜のマンハッタンで、ゴミ拾いが始まった。
パリ
マリーが、友達に電話した。
「みんな!今すぐシャンゼリゼに来て!」
深夜のパリで、人々が集まり始めた。
ムンバイ
ラジが、市場の仲間に呼びかけた。
「みんな!もう一度、やり直そう!」
世界中
東京発の小さな光が、世界中に広がった。
深夜にもかかわらず、人々が街に出た。
ゴミを拾う。
木を植える。
海を掃除する。
諦めない。
東京大学・量子情報研究所
藤原は、モニターの異変に気づいた。
「これは・・・!」
地球システム・バイタルサイン
急激な変化を検出
シューマン共振:安定化傾向
量子ネットワーク:ノイズ減少
記憶の雨:感情パターン→「驚き」「希望」
「地球が・・・応えてる!」
田所が、叫んだ。
「人類の行動を、感知してる!」
山下が、別のデータを表示した。
世界同時行動・参加人数
東京:10万人
ニューヨーク:50万人
ロンドン:30万人
パリ:40万人
北京:100万人
ムンバイ:80万人
世界総計:5億人突破(増加中)
「5億・・・!」
藤原は、涙を流した。
「人類が、本気になった・・・」
20x5年11月16日 午前6時
夜が明けた。
世界中で、人々が動き続けていた。
もう、誰も止まらなかった。
東京・田村家の近く
リコは、仲間たちと座り込んでいた。
疲れてる。
でも、やり切った顔。
「リコちゃん」
マナちゃんが、言った。
「これで・・・地球、元気になるかな?」
「なるよ」
リコは、笑った。
「だって、みんな頑張ってるもん」
空を見上げる。
雨が、降り始めた。
「あ、雨だ」
子供たちは、傘をささなかった。
ドクン
記憶が、流れ込んできた。
少年が、立ち上がっていた。
涙を拭いて。
「・・・みんな」
少年が、震える声で言った。
「ありがとう」
周りの景色が、変わる。
崩れかけていた世界が、修復され始める。
地面のヒビが、閉じていく。
海が、静かになる。
空が、晴れ始める。
「みんな、諦めなかったんだね」
少年が、微笑んだ。
「じゃあ、僕も」
少年の体の傷が、光り始める。
ゆっくりと、癒えていく。
「諦めない」
少年が、拳を握った。
「一緒に、頑張ろう」
少年が、こちらに手を伸ばした。
「ずっと、ずっと」
記憶が、終わった。
リコは、泣いていた。
でも、嬉しい涙。
「地球・・・諦めなかった・・・」
マナちゃんも、ケンタくんも、ユウキくんも、みんな泣いていた。
そして、笑っていた。
世界中
同じ記憶を見た人々が、歓声を上げた。
「やったーーー!!」
「地球が応えてくれた!!」
「まだ間に合う!!」
抱き合う人々。
涙を流す人々。
でも、全員が笑顔。
国連本部
議長が、立ち上がった。
「諸君!地球が、もう一度チャンスをくれた!」
各国代表が、拍手した。
「今度こそ、本気でやろう!」
「ああ!」
全会一致で、新しい決議が採択された。
地球再生プロジェクト2.0
1. 全世界の森林を、50年以内に倍増
2. 海洋から、全てのプラスチックゴミを除去(30年計画)
3. 20x5年(10年後)までに、化石燃料ゼロ達成
4. 全ての国で、環境教育を最優先科目に
5. 「地球との対話」を継続的に実施
東京大学・量子情報研究所
藤原は、データを確認していた。
地球システム・健康度指標
森林面積:回復開始
海洋汚染:改善加速
大気質:顕著な改善
生物多様性:回復傾向
総合評価:C→B(改善中)
崩壊カウントダウン:停止
「止まった・・・」
田所が、呟いた。
「地球の崩壊、止まった・・・」
藤原は、窓の外を見た。
雨が、優しく降っている。
「地球・・・ありがとう」
藤原は、呟いた。
「もう一度、チャンスをくれて」
メモリー・ドロップ(カフェ)
店内は、お祝いムードだった。
常連客たちが、笑顔で話している。
「やったな!」
「ああ!やったよ!」
木村は、カウンターでコーヒーを淹れながら、微笑んでいた。
ユミが、言った。
「木村さん、私たち・・・やりましたね」
「ええ。でも、これからが本番ですよ」
「そうですね」
山本さんが、言った。
「今度こそ、本気でやりましょう!」
高橋さんが、拳を上げた。
「おう!」
全員で、乾杯した。
「地球のために!」
田村家
リコは、お母さんとお父さんに抱きしめられていた。
「リコ、よく頑張ったね」
「うん」
リコは、笑顔で答えた。
「でも、まだ終わってないよ」
「そうだね」
お父さんが、頭を撫でた。
「これから、ずっと頑張らないとね」
「うん!」
リコは、窓の外を見た。
雨が、キラキラと光っている。
「地球、待っててね」
リコは、小声で呟いた。
「絶対に、元気にしてあげるから」
その夜
世界中で、また雨が降った。
人々は、傘をささずに雨に打たれた。
そして、最後の記憶を受け取った。
少年が、笑っていた。
本当に、嬉しそうに。
「みんな、本当にありがとう」
少年の周りに、美しい景色が広がる。
緑の森。
青い海。
澄んだ空。
「これが、僕の本当の姿」
「これからも、ずっと」
少年が、両手を広げた。
「一緒に、生きていこうね」
少年の姿が、光に包まれる。
「大好きだよ」
「みんな」
少年が、最後に言った。
「僕の、大切な家族」
20x5年(10年後)
あれから、10年が経った。
世界は、本当に変わった。
東京・木下公園
かつてコンクリートだった場所が、今は緑で溢れている。
田中リコ(20歳・大学生・環境科学専攻)は、ベンチに座っていた。
隣には、親友のマナ。
「リコ、覚えてる?」
「何を?」
「10年前。あの夜」
リコは、微笑んだ。
「覚えてるよ。一生、忘れない」
二人は、空を見上げた。
雨が、降り始めていた。
「あ、雨だ」
「傘、持ってる?」
「持ってない」
「私も」
二人は、笑った。
そして、雨に打たれた。
ドクン
少年が、笑っている。
もう、傷はない。
元気そう。
「やあ!久しぶり!」
少年が、手を振った。
「元気だった?」
「僕は、元気だよ!」
少年の周りに、美しい地球が広がる。
「みんなのおかげで、こんなに元気になったよ!」
森が、生き生きとしている。
海が、キラキラ輝いている。
空が、真っ青だ。
動物たちが、楽しそうに走り回っている。
「ありがとう」
少年が、言った。
「諦めないでくれて」
「これからも、一緒にね」
少年が、笑顔で手を振った。
「また会おうね!」
リコは、目を開けた。
涙が流れていた。
でも、嬉しい涙。
「地球・・・本当に元気になったんだね」
マナも、涙を拭いた。
「うん。私たち、やったね」
二人は、抱き合った。
そして、笑った。
世界各地
ニューヨークの摩天楼は、緑で覆われていた。
パリのセーヌ川は、透明になっていた。
ムンバイの空気は、澄んでいた。
北京の空は、青かった。
リオの海は、きれいだった。
地球は、本当に元気になっていた。
東京大学・量子情報研究所
藤原健(50歳・名誉教授)は、最後の論文を書いていた。
タイトル:「地球意識との10年 - 人類と惑星の共生への道」
結論:
我々人類は、20x5年(10年前)、滅亡の淵に立った。
しかし、地球という惑星の「意識」との対話を通じて、
自らの過ちに気づき、道を変えることができた。
これは、人類史上最大の転換点である。
今、地球は健康を取り戻しつつある。
森林面積は150%に回復。
海洋汚染は90%削減。
大気中のCO2は産業革命前のレベルに。
生物多様性は回復傾向。
しかし、これで終わりではない。
地球との対話は、これからも続く。
記憶の雨は、今も降り続けている。
それは、地球からの「ありがとう」であり、
同時に「忘れないで」というメッセージでもある。
我々は、学んだ。
地球は、生きている。
意識を持っている。
そして、我々を愛している。
だから、我々も。
地球を愛そう。
大切にしよう。
一緒に、生きていこう。
これからも、ずっと。
藤原は、論文を保存した。
窓の外では、雨が降っている。
優しい雨。
藤原は、微笑んだ。
「地球・・・ありがとう」
メモリー・ドロップ(カフェ)
木村真理(42歳・オーナー)は、カウンターでコーヒーを淹れていた。
店は、相変わらず賑わっている。
でも、今は「記憶をシェアする」だけじゃない。
「地球に感謝する」場所になっていた。
常連のおじいちゃんになった山本さんが、言った。
「木村さん、今日の雨、優しいですね」
「ええ。地球、機嫌がいいみたいです」
高橋さんも、笑った。
「そりゃそうだ。みんな、ちゃんとやってるからね」
ユミ(38歳・カフェ共同経営者)が、コーヒーを運びながら言った。
「でも、油断しちゃダメですよ」
「わかってるさ」
山本さんが、頷いた。
「これは、ずっと続けるんだ」
「そうですね」
木村は、窓の外を見た。
雨が、キラキラと光っている。
地球の涙。
でも、もう悲しい涙じゃない。
嬉しい涙。
最後に
20x5年11月16日(10年後)
あの日から、ちょうど10年。
世界中で、記念式典が開かれた。
「地球感謝の日」
人々は、一斉に外に出た。
そして、雨に打たれた。
東京・木下公園
リコは、仲間たちと集まっていた。
マナ、ケンタ、ユウキ、タクヤ、アヤ。
みんな、大人になった。
でも、心は、あの日のまま。
「みんな、10年経ったね」
リコが、言った。
「早かったな」
ケンタが、笑った。
「でも、やり切ったよな」
ユウキが、拳を上げた。再試行U続ける「まだまだこれからだけどね」
タクヤが、言った。
アヤが、頷いた。
「そうだね。これは、ずっと続くんだもん」
雨が、強くなってきた。
みんな、傘をささなかった。
雨に打たれながら、笑っていた。
そして。
ドクン
少年が、立っていた。
でも、少年じゃない。
もう少し、大きくなっている。
15歳くらい?
「やあ、みんな」
少年・・・いや、少し成長した地球が、微笑んだ。
「10年、ありがとう」
「僕、すごく元気になったよ」
地球の周りに、景色が広がる。
でも、今までと違う。
もっと、生き生きとしている。
森が、歌っている。
海が、踊っている。
空が、輝いている。
動物たちが、笑っている。
「これ、全部、みんなのおかげ」
地球が、深々と頭を下げた。
「本当に、本当に、ありがとう」
顔を上げる。
涙を流している。
でも、嬉しい涙。
「僕ね、思ったんだ」
地球が、言った。
「あの時、諦めなくてよかったって」
「みんなも、諦めなくてよかったって」
地球が、手を広げた。
「だって、今、こんなに幸せだもん」
リコは、泣いていた。
みんなも、泣いていた。
「地球・・・」
リコは、空を見上げた。
「私たちも、幸せだよ」
世界中
同じ記憶を見た人々が、泣いていた。
笑っていた。
抱き合っていた。
東京・藤原研究室
藤原は、最後のデータを確認していた。
地球システム・健康度指標(20x5年11月16日)
森林面積:150%(基準年20x8年比)(17年前)
海洋汚染:10%(90%削減達成)
大気質:優良(CO2:280ppm)
生物多様性:回復率 95%
総合評価:A+(健全)
「やった・・・」
藤原は、涙を流した。
「本当に、やったんだ・・・」
田所(45歳・教授)が、肩を叩いた。
「先生、やりましたね」
「ああ・・・みんなで、やった」
山下(35歳・准教授)が、シャンパンを持ってきた。
「乾杯しましょう!」
三人は、グラスを掲げた。
「地球のために!」
「乾杯!!」
32
国連本部・記念式典
議長が、壇上に立った。
「諸君」
会場が、静まり返る。
「10年前の今日、我々は滅亡の淵に立っていた」
「地球は、諦めようとしていた」
「我々も、諦めかけていた」
議長は、一呼吸置いた。
「しかし」
「一人の少女が、諦めなかった」
スクリーンに、リコの写真が映し出される。
10年前の、あの夜。
深夜の街で、ゴミを拾う小さな姿。
「田村リコ。当時10歳」
「彼女が、火をつけた」
「その火は、世界中に広がった」
「そして、今日」
議長は、手を広げた。
「地球は、完全に回復した」
会場が、拍手に包まれた。
スタンディングオベーション。
「今日から、この日を『地球感謝の日』とし、人類の祝日とすることを宣言する!」
全会一致で承認。
東京・木下公園
式典の中継を見ていたリコは、恥ずかしそうに笑った。
「私、そんなすごいことしてないよ」
マナが、言った。
「してるよ。リコちゃんが最初に動かなかったら、今ここにいないかもしれない」
ケンタが、頷いた。
「そうだよ。リコのおかげだ」
「みんなのおかげだよ」
リコは、笑った。
「みんなで、やったんだよ」
その時。
空が、光り始めた。
「え・・・?」
みんなが、空を見上げた。
雨が、虹色に光っている。
オーロラ?
いや、違う。
もっと、美しい。
世界中
同じ現象が起きていた。
空が、虹色に輝いている。
科学者たちは、慌てて観測を始めた。
「これは・・・!」
藤原が、叫んだ。
「シューマン共振が・・・全周波数で共鳴してる!」
「地球が・・・何かメッセージを送ってる!」
そして、全人類の頭の中に、声が響いた。
声じゃない。
でも、わかる。
地球の声。
「ありがとう」
「本当に、ありがとう」
「あなたたちは、素晴らしい」
「諦めなかった」
「私を、救ってくれた」
「だから、私からの贈り物」
その瞬間。
世界中の人々の心に、何かが流れ込んできた。
温かいもの。
優しいもの。
愛。
地球からの、愛。
リコは、涙が止まらなかった。
「地球・・・」
マナも、ケンタも、ユウキも、タクヤも、アヤも。
みんな、泣いていた。
でも、笑っていた。
世界中の人々が、同じ感覚を感じていた。
地球に、愛されている。
地球と、繋がっている。
地球と、一つになっている。
その後
虹色の光は、ゆっくりと消えていった。
でも、人々の心には、温かいものが残っていた。
東京・木下公園
リコは、仲間たちと手を繋いでいた。
「ねえ、みんな」
「ん?」
「私たち、やったね」
「うん」
「本当に、やったね」
みんなで、笑った。
そして、空を見上げた。
雨が、優しく降っている。
地球の涙。
でも、もう悲しい涙じゃない。
嬉しい涙。
感謝の涙。
愛の涙。
20x0年(終末から25年後)
さらに15年が経った。
田中リコ(35歳)は、今では世界的な環境学者になっていた。
東京大学の教授として、次の世代に教えている。
今日も、講義室は満員だった。
「皆さん」
リコは、学生たちに語りかけた。
「今日は、特別な日です」
「25年前の今日、地球は諦めようとしていました」
「でも、諦めなかった」
「私たちも、諦めなかった」
「そして、今」
リコは、窓の外を指差した。
緑で溢れるキャンパス。
青い空。
きれいな空気。
「こんなに美しい世界がある」
学生たちが、頷いた。
「でも、忘れないでください」
リコは、真剣な顔で言った。
「これは、当たり前じゃない」
「先人たちが、必死で守ってきたものです」
「そして、私たちも、次の世代に繋いでいかなければならない」
学生の一人が、手を挙げた。
「先生、地球は今でも記憶の雨を降らせているんですか?」
「はい」
リコは、頷いた。
「今でも降っています」
「でも、今の雨は・・・」
リコは、微笑んだ。
「会話なんです」
「会話?」
「はい。地球との、対話」
「私たちは今、地球と会話しながら生きています」
「地球が痛がっていないか、確認しながら」
「地球が喜んでいるか、感じながら」
「それが、私たちの生き方になったんです」
その夜
リコは、自宅のベランダに立っていた。
雨が、降り始めた。
リコは、傘をささなかった。
雨に打たれる。
ドクン
地球が、立っていた。
もう、少年じゃない。
25歳くらいの、青年になっていた。
「リコ」
地球が、微笑んだ。
「久しぶり」
「地球・・・」
リコは、涙を流した。
「元気?」
「うん。すごく元気」
地球が、くるりと回った。
「見て。こんなに元気」
周りに広がる、美しい景色。
森、海、空、動物たち。
全てが、輝いている。
「あなたたちのおかげ」
地球が、リコの手を取った。
「ありがとう」
「25年間、ずっと頑張ってくれて」
「これからも、一緒にね」
リコは、頷いた。
「うん。ずっと、一緒」
地球が、笑った。
「じゃあ、約束ね」
「約束」
二人は、小指を絡めた。
「ずっと、友達」
「ずっと、家族」
「ずっと、一緒」
リコは、目を開けた。
雨は、まだ降っている。
でも、もう寒くない。
温かい。
リコは、空を見上げた。
「ありがとう、地球」
リコは、呟いた。
「生まれてきて、よかった」
「あなたと、出会えて、よかった」
「これからも、よろしくね」
雨が、キラキラと光った。
まるで、返事をしているみたいに。
2x00年(終末から75年後)
田中リコ(85歳)は、ベッドに横たわっていた。
周りには、家族が集まっている。
娘、息子、孫、ひ孫。
みんな、静かにリコを見守っていた。
「おばあちゃん」
孫娘のミサキ(15歳)が、手を握った。
「苦しい?」
リコは、微笑んだ。
「全然。むしろ、幸せ」
「よかった」
リコは、窓の外を見た。
雨が、降っている。
「ああ・・・雨だ」
「おばあちゃん、雨に打たれる?」
ミサキが、聞いた。
「うん」
「わかった」
ミサキは、リコを車椅子に乗せて、ベランダに出た。
雨が、リコの顔に当たる。
冷たくない。
優しい。
ドクン
地球が、立っていた。
100歳くらいの、老人になっていた。
いや、老人というより・・・賢者?
「リコ」
地球が、優しく微笑んだ。
「長い間、ありがとう」
「地球・・・」
リコは、涙を流した。
「私、もうすぐ・・・」
「わかってる」
地球が、リコの手を取った。
「でも、悲しくないよ」
「え?」
「だって、あなたは僕の一部になるから」
地球が、言った。
「人間は、死んだら僕に還る」
「そして、僕の記憶になる」
「だから、ずっと一緒」
リコは、微笑んだ。
「そっか」
「じゃあ、私も地球の一部になるんだね」
「うん」
地球が、リコを抱きしめた。
「ありがとう」
「75年間、僕を守ってくれて」
「私こそ、ありがとう」
リコは、地球の胸に顔を埋めた。
「生きる場所をくれて」
「美しい景色をくれて」
「たくさんの命をくれて」
「本当に、ありがとう」
地球は、優しく微笑んだ。
「じゃあ、また会おうね」
「次は、雨として」
「次は、風として」
「次は、光として」
「ずっと、ずっと」
地球が、リコの額にキスをした。
「おやすみ、リコ」
「おやすみ、地球」
リコは、静かに目を閉じた。
微笑んだまま。
家族が、泣いていた。
でも、リコの顔は、幸せそうだった。
雨が、優しく降り注いでいた。
田中リコの葬儀
世界中から、人々が集まった。
元大統領、ノーベル賞受賞者、科学者、環境活動家・・・
そして、普通の人々。
リコが救った、地球に住む全ての人々。
葬儀は、屋外で行われた。
雨が降っていたけど、誰も傘をささなかった。
孫娘のミサキが、弔辞を読んだ。
「おばあちゃん、田中リコは」
ミサキの声が、震えた。
「10歳の時、地球を救いました」
「一人で、深夜の街に出て、ゴミを拾いました」
「誰も見ていなくても」
「誰もやらなくても」
「ただ、地球が好きだから」
「地球を助けたいから」
「それだけで、動きました」
ミサキは、涙を拭いた。
「そして、その小さな行動が、世界を変えました」
「おばあちゃんは、いつも言っていました」
「『小さなことでいいの。できることから始めればいいの』って」
「『地球は見ててくれるから』って」
ミサキは、空を見上げた。
雨が、顔に当たる。
「おばあちゃん、今、地球の一部になったんだよね」
「じゃあ、これから雨が降るたびに」
「おばあちゃんに会えるんだね」
ミサキは、微笑んだ。
「ありがとう、おばあちゃん」
「私たちに、地球を愛することを教えてくれて」
「私も、頑張るね」
「おばあちゃんみたいに」
会場全体が、涙に包まれた。
そして。
雨が、虹色に光り始めた。
その瞬間、全人類の頭の中に、声が響いた。
リコの声。
いや、リコと地球の声が、混ざり合った声。
「ありがとう、みんな」
「私、幸せだったよ」
「地球と出会えて」
「みんなと出会えて」
「これからも、見守ってるね」
「雨として」
「風として」
「光として」
「ずっと、一緒にいるから」
「だから」
「これからも、地球を愛してね」
「お互いを、愛してね」
「命を、大切にしてね」
「約束だよ」
虹色の光が、ゆっくりと消えていった。
でも、人々の心には、温かいものが残っていた。
リコの愛。
地球の愛。
それから
ミサキは、おばあちゃんの意志を継いだ。
環境科学を学び、研究者になった。
そして、次の世代に伝え続けた。
地球を愛すること。
小さなことから始めること。
諦めないこと。
2x00年(リコが亡くなって100年後)
地球は、完全に回復していた。
いや、回復を超えて、進化していた。
人類と地球が、完全に共生する世界。
記憶の雨は、今でも降っている。
でも、それはもう「警告」じゃない。
対話。
愛の交換。
命の循環。
人間は、地球の一部。
地球は、人間の家。
その境界線は、もうない。
ひとつになった。
現代(記憶の雨が降り始めた世界)
ある雨の日。
あなたは、傘をさすか、ささないか、迷っている。
雨に打たれたら、誰かの記憶が流れ込んでくる。
それは、楽しいかもしれない。
それは、辛いかもしれない。
でも。
もしかしたら。
地球の記憶かもしれない。
地球の、痛み。
地球の、悲しみ。
地球の、喜び。
地球の、愛。
あなたは、どうする?
傘をさす?
それとも・・・
雨に打たれてみる?
選択は、あなた次第。
でも、覚えておいてほしい。
小さな選択が、世界を変える。
小さな行動が、未来を作る。
小さな優しさが、地球を救う。
だから。
今日、できることから始めよう。
ゴミを拾う。
水を大切にする。
電気を消す。
木を植える。
動物を愛する。
人を思いやる。
小さなこと。
でも、それが全て。
地球は、見ている。
あなたの、小さな優しさを。
『メモリー・シャワー』
そして、今日も雨が降る。
あなたに、何を伝えるために?
それは、あなたが決めること。
今日から、小さな一歩を。
地球のために。
未来のために。
あなた自身のために。
雨が降ったら、思い出してください。
これは、地球からのメッセージ。
そして、私たちへの、ラブレター。