世界同時多発・記憶
20x5年10月20日 午前9時00分(日本標準時)
その日、世界中の人間が、同じ記憶を見た。
東京・新宿
サラリーマンの鈴木(42歳)は、通勤電車の中で突然立ち止まった。
「うっ・・・!」
周りの乗客も、次々と倒れ込む。
ドクン
記憶が、流れ込んできた。
ニューヨーク・マンハッタン
ウォール街のトレーダー、ジョン(35歳)は、オフィスで画面を見つめていた。
突然、頭を押さえる。
「What the...!」
同僚たちも、全員が同じ反応。
ドクン
同じ記憶が、流れ込んできた。
パリ・シャンゼリゼ通り
カフェでコーヒーを飲んでいたマリー(28歳)は、カップを落とした。
「Mon Dieu...!」
通りを歩く人々が、次々と立ち止まる。
ドクン
同じ記憶が、流れ込んできた。
ムンバイ・ダダール地区
市場で買い物をしていたラジ(50歳)は、その場に膝をついた。
「यह क्या है...!(これは何だ...!)」
市場全体が、静まり返る。
ドクン
同じ記憶が、流れ込んできた。
暗闇。
でも、今までと違う。
もっと深い暗闇。
誰かが、立っている。
少年だ。
でも、今日の少年は・・・変わっている。
泣いていない。
怒ってもいない。
ただ、じっと、こちらを見ている。
「みんな、聞いて」
少年の声が、響く。
「僕の名前は・・・地球」
東京大学・量子情報研究所
藤原は、モニターの前で固まっていた。
「これ・・・!」
田所が、叫ぶ。
「世界中、全部です!全人類が同じ記憶を受信してます!」
画面には、リアルタイムの記憶受信報告が表示されている。
東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、モスクワ、北京、ムンバイ、リオデジャネイロ・・・
地球上の全ての都市から、同時に報告が上がっている。
「発信源は!?」
「わかりません!いや、正確には・・・」
田所は、グラフを表示した。
「地球全体です。惑星全体が、一つの発信源になってます!」
藤原は、息を飲んだ。
「地球が・・・本気で話し始めたのか・・・」
少年が、歩き出す。
周りの景色が、変わっていく。
「僕は、46億年前に生まれました」
真っ赤なマグマの海。
「最初は、こんな感じでした」
景色が変わる。
海が生まれる。
「38億年前、最初の命が生まれました」
小さな微生物。
「嬉しかった」
少年が、微笑む。
「初めて、一人じゃなくなった」
景色が、どんどん変わる。
魚、恐竜、哺乳類・・・
「たくさんの命が、生まれては消えていきました」
「それは、自然なことでした」
「でも・・・」
景色が止まる。
人間が現れる。
「あなたたちが生まれた」
警視庁・捜査一課
山田刑事は、デスクに突っ伏していた。
佐々木刑事も、同じ。
署内全員が、同じ記憶を見ている。
「山田さん・・・これ・・・」
「ああ・・・地球だ・・・本当に、地球だ・・・」
気象庁・記憶予報センター
元職員のユミは、自宅でテレビを見ていた。
ニュース速報が流れている。
「世界同時多発記憶現象・全人類が同じ記憶を受信」
「やっぱり・・・」
ユミは、涙を流した。
「地球が・・・動いた・・・」
メモリー・ドロップ(カフェ)
木村は、カウンターで頭を押さえていた。
常連客たちも、全員が同じ。
「これ・・・本物だ・・・」
山本さんが、震える声で言った。
「地球意識・・・本当に存在した・・・」
「最初、あなたたちは小さかった」
少年が、言った。
原始人の姿。
「狩りをして、採集をして、生きていた」
「僕も、あなたたちが好きでした」
景色が変わる。
農業の始まり。
「あなたたちは、賢くなっていきました」
街ができる。
「文明を作りました」
「それも、素晴らしいと思いました」
でも。
景色が、暗くなる。
産業革命。
工場から煙が上がる。
「でも・・・ある時から」
少年の表情が、曇る。
「痛くなってきました」
田村家(小学生リコの家)
リコは、お母さんに抱きしめられていた。
「お母さん・・・少年が・・・」
「見えるわ。私にも見える」
リコの友達のマナも、自宅で同じ記憶を見ていた。
クラスメイトのケンタも。
ユウキも。
世界中の子供たちが、同じ記憶を見ていた。
森が、燃える。
「僕の森が、どんどん消えていきました」
海が、汚れる。
「僕の海が、毒で満たされました」
空が、煙る。
「僕の空が、灰色になりました」
氷河が、溶ける。
「僕の氷が、溶けていきました」
動物たちが、死んでいく。
「僕の友達が、消えていきました」
少年が、膝をつく。
「痛かった」
「すごく、痛かった」
「でも・・・」
少年が、顔を上げる。
「あなたたちは、気づいてくれなかった」
国連本部・ニューヨーク
緊急総会が開かれていた。
各国の代表が、全員、同じ記憶を見ている。
議長が、震える声で言った。
「これは・・・現実なのか?」
アメリカ代表が、答えた。
「我が国の科学者も確認しています。これは、地球そのものからのメッセージです」
中国代表が、続けた。
「我々は・・・どう対応すべきなのか?」
誰も、答えられない。
「だから、僕は決めました」
少年が、立ち上がる。
「あなたたちに、伝えようって」
「僕の痛みを」
「僕の悲しみを」
「僕の怒りを」
少年の周りに、光が集まる。
「それが、記憶の雨」
「7年前から、僕はあなたたちに語りかけてきました」
「でも・・・」
少年の表情が、悲しくなる。
「ほとんどの人が、気づいてくれなかった」
「ただのゲームみたいに、楽しんでいた」
「僕の痛みを」
東京・新宿の交差点
鈴木サラリーマンは、交差点で立ち尽くしていた。
周りの人々も、全員が。
「俺たち・・・何をしてきたんだ・・・」
隣にいた女子高生が、泣いていた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
スクランブル交差点が、涙で満たされていく。
パリ・エッフェル塔の下
マリーは、地面に座り込んでいた。
観光客たちも、全員が同じ。
「Nous sommes désolés...(私たちは申し訳ない・・・)」
誰かが、呟く。
その言葉が、波紋のように広がっていく。
「でも」
少年が、微笑んだ。
「気づいてくれた人もいました」
景色が変わる。
子供たちが、ゴミを拾っている。
リコとマナとケンタとユウキとタクヤとアヤ。
「この子たちは、気づいてくれました」
カフェで話し合う大人たち。
木村とユミと常連客たち。
「この人たちも、気づいてくれました」
研究室で計算する科学者。
藤原と田所と山下。
「この人たちは、証明してくれました」
少年の笑顔が、輝く。
「だから、僕は・・・まだ希望があると思いました」
世界各地
東京のスクランブル交差点。
ニューヨークのタイムズスクエア。
ロンドンのトラファルガー広場。
パリのシャンゼリゼ通り。
北京の天安門広場。
ムンバイのダダール市場。
リオのコパカバーナビーチ。
世界中の人々が、同じ記憶を見ながら、泣いていた。
「でも」
少年の表情が、真剣になる。
「もう、時間がないんです」
少年の体に、ヒビが入り始める。
「僕、もう・・・限界なんです」
周りの景色が、崩れ始める。
地震。
津波。
火山の噴火。
ハリケーン。
「このままだと・・・僕、壊れちゃう」
少年が、震える声で言った。
「そしたら・・・あなたたちも、一緒に・・・」
景色が、真っ暗になる。
「消えちゃう」
東京大学・量子情報研究所
藤原は、モニターを食い入るように見ていた。
「地球の臨界点・・・!」
田所が、データを表示した。
「地球システムの崩壊予測」
現在の環境破壊速度が続いた場合:
3ヶ月後:気候システムの不可逆的変化
6ヶ月後:海洋循環の停止
1年後:生態系の完全崩壊
結果:第6の大量絶滅イベント
「マジか・・・」
山下が、青ざめた。
「これ・・・地球の計算結果?」
「ああ」
藤原は、頷いた。
「地球意識は、未来を予測できる。そして今、その未来を見せている」
でも。
暗闇の中に、小さな光が生まれる。
少年が、その光を手に取った。
「でも、まだ・・・間に合います」
光が、大きくなる。
「あなたたちが、本気で変われば」
「僕も、まだ頑張れます」
少年が、こちらに手を伸ばした。
「お願い」
「僕を、助けて」
「そしたら、僕も・・・」
少年が、微笑んだ。
「あなたたちを、守り続けられるから」
世界中・同時刻
東京で。
ニューヨークで。
ロンドンで。
パリで。
北京で。
ムンバイで。
リオで。
シドニーで。
ケープタウンで。
モスクワで。
世界中の人々が、同時に叫んだ。
「わかった!!」
「助ける!!」
「絶対に、助ける!!」
少年が、嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
「じゃあ、約束してください」
少年が、指を立てた。
「森を、守ってください」
2本目。
「海を、きれいにしてください」
3本目。
「空を、澄ませてください」
4本目。
「動物たちを、大切にしてください」
5本目。
「そして・・・お互いを、大切にしてください」
少年が、両手を広げた。
「そしたら、僕も頑張ります」
「あなたたちに、きれいな水をあげます」
「おいしい空気をあげます」
「あたたかい太陽をあげます」
「美しい景色をあげます」
「ずっと、ずっと」
少年の笑顔が、輝く。
「一緒に、生きましょう」
記憶が、終わった。
世界中の人々が、同時に目を開けた。
そして。
動き始めた。
東京・新宿
鈴木サラリーマンは、道端のゴミを拾い始めた。
周りの人々も、同じ。
「やろう。今すぐ、やろう」
ニューヨーク・マンハッタン
ジョンは、オフィスを飛び出した。
「会議は中止だ!今日から、会社のシステムを全部見直す!」
同僚たちが、拍手した。
パリ・シャンゼリゼ通り
マリーは、カフェのオーナーに言った。
「プラスチック、全部やめましょう!」
オーナーは、頷いた。
「そうだな。今すぐ、変えよう」
ムンバイ・ダダール市場
ラジは、市場の人々に呼びかけた。
「みんな!一緒に、この街をきれいにしよう!」
市場全体が、動き始めた。
国連本部・ニューヨーク
議長が、立ち上がった。
「緊急決議を採択します」
「地球保護緊急宣言」
1. 全世界で森林伐採の即時停止
2. 海洋汚染の浄化プロジェクト開始
3. 再生可能エネルギーへの完全移行(10年以内)
4. 大量絶滅危惧種の保護プログラム
5. 環境教育の義務化
全代表が、立ち上がった。
「賛成!!」
全会一致。
人類史上、初めて。
東京大学・量子情報研究所
藤原は、モニターを見て叫んだ。
「見ろ!地球のバイタルサインが安定し始めてる!」
画面には、リアルタイムの地球環境データ。
シューマン共振の乱れ→正常化
量子もつれネットワークのノイズ→減少
記憶の雨の発信パターン→穏やかに
「本当に・・・」
田所が、涙を流した。
「地球が、応えてくれてる・・・」
その夜。
世界中で、雨が降った。
でも、今日の雨は違う。
優しい雨。
人々は、傘をささずに雨に打たれた。
そして、記憶を受け取った。
少年が、笑っている。
傷は、まだ残っている。
でも、少しずつ癒えている。
「ありがとう」
少年が、言った。
「みんな、本当にありがとう」
「これから、一緒に頑張ろうね」
少年が、手を振った。
「また、会おうね」
20x5年10月21日
世界は、変わり始めた。
いや、変わることを決めた。
東京の小学校では、子供たちが毎日ゴミ拾い。
ニューヨークの企業は、全部門で環境対策。
パリの政府は、車を全部電気自動車に。
ムンバイの市場は、プラスチック全面禁止。
小さな変化。
でも、それが世界中で起きている。
82億人が、同時に動いている。
メモリー・ドロップ(カフェ)
木村は、常連客たちと話していた。
「これからが、本番ですね」
山本さんが、言った。
「ああ。でも、もう迷わない」
高橋さんが、続けた。
「地球が、ちゃんと見てくれてるから」
ユミが、微笑んだ。
「そうですね。私たちと地球、一緒に生きてるんですから」
東京大学・量子情報研究所
藤原は、窓の外を見ていた。
雨が降っている。
でも、もう怖くない。
「地球・・・」
藤原は、呟いた。
「待っててくれ。必ず、元気にしてみせる」
窓ガラスが、少し曇った。
まるで、返事をしているみたいに。
田村家
リコは、ベッドで日記を書いていた。
20x5年10月20日
今日、世界中のみんなが、同じ記憶を見た。
地球が、話しかけてきた。
「助けて」って。
私たち、約束した。
「絶対に、助ける」って。
これから、大変だと思う。
でも、みんなで頑張れば、きっと大丈夫。
だって、私たちと地球、友達だもん。
友達は、助け合うものだもん。
地球、待っててね。
絶対に、元気にしてあげるから。
リコは、日記を閉じた。
窓の外を見る。
雨が、優しく降っている。
「おやすみ、地球」
リコは、呟いた。
そして、眠りについた。
明日から、また頑張るために。




