表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メモリー・シャワー ~記憶を運ぶ雨~  作者: 伏木 亜耶


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

記憶カフェ

うちのカフェは、ちょっと変わってる。

店名は「メモリー・ドロップ」。

コンセプトは「今日の雨で受け取った記憶をシェアしよう!」

私、木村真理(32歳)がオーナー兼店長だ。

「いらっしゃいませ〜」

常連の山本さん(40代・サラリーマン)が入ってきた。

「木村さん、こんにちは!」

「山本さん!今日もお疲れ様です!」

山本さんは、カウンター席に座った。

「今日も雨でしたね〜」

「ですね〜。山本さん、今日は何の記憶もらいました?」

「あ!それがね!」

山本さんは、嬉しそうに言った。

「江戸時代の記憶!」

「おお!いいですね!」

「でしょ?商人の記憶でね、そろばん弾いてる感覚がめっちゃ新鮮で!」

山本さんは、興奮気味に語る。

これが、うちのカフェの日常だ。

平和でしょ?

でも最近、ちょっとおかしいんだよね。


午後3時。

カフェは、常連客で賑わっていた。

大学生の田中くん(20歳)が、友達と盛り上がってる。

「俺、昨日、昭和のアイドルの記憶もらったんだ!」

「マジで?どんな感じ?」

「ステージに立ってる感覚!めっちゃ気持ちよかった!」

隣のテーブルでは、主婦の佐藤さん(35歳)が、ママ友と話してる。

「私なんか、平安時代の貴族よ?」

「いいな〜!どんな感じだった?」

「優雅!めっちゃ優雅!でも退屈!」

みんな、笑ってる。

記憶の雨を、楽しんでる。

これが、この世界の日常。

私は、カウンターでコーヒーを淹れながら、その様子を眺めていた。


「木村さん」

常連の高橋さん(50代・会社員)が、カウンターに座った。

「高橋さん、こんにちは!今日は?」

「ブレンドで」

「はい!」

私は、コーヒーを淹れながら聞いた。

「高橋さん、今日は記憶もらいました?」

高橋さんは、ちょっと困った顔をした。

「それがね・・・もらったんだけど」

「どんな記憶でした?」

「・・・変なんだよね」

「変?」

高橋さんは、小声で言った。

「人間じゃない記憶」

私は、手を止めた。

「・・・人間じゃない?」

「うん。動物・・・だと思う。犬、かな?」

私は、コーヒーカップを置いた。

「犬の記憶ですか?」

「たぶん。散歩してる感覚があって、匂いで世界を認識してる感じ」

高橋さんは、戸惑った顔をしている。

「これ・・・普通じゃないよね?」

「・・・そうですね」

私は、笑顔を作った。

でも、心の中では、不安だった。


夕方。

大学生の田中くんが、また来た。

「木村さん!」

「田中くん、おかえり!」

「あの、ちょっと聞いてもらっていいですか?」

「どうしたの?」

田中くんは、真剣な顔をした。

「今日、また記憶もらったんですけど・・・」

「うん」

「木の記憶でした」

私は、固まった。

「・・・木?」

「はい。光合成の感覚・・・太陽の光を浴びて、エネルギーを作る感覚」

田中くんは、自分の手を見つめた。

「めっちゃ変でした。でも、なんか・・・気持ちよかった」

私は、何も言えなかった。

田中くんは、続けた。

「木村さん、最近、人間じゃない記憶、増えてません?」

「・・・そうかもね」

「友達も言ってました。動物の記憶もらったって」

私は、カウンターを拭きながら答えた。

「記憶の雨、最近おかしいよね」

「ですよね!ニュースでも言ってるし」

田中くんは、スマホを見せてきた。

画面には、記事が表示されている。

「記憶予報、的中率が史上最低に」

「予測不能な記憶が急増」

私は、記事を読んだ。

そして、ある一文で目が止まった。


「専門家は『記憶の発信源が変化している可能性がある』と指摘」


発信源が、変化している?

どういうこと?


その日の夜。

閉店後、私は一人でカウンターに座っていた。

今日、常連客たちから聞いた話が、頭から離れない。

人間じゃない記憶。

犬、木、そして・・・

私も、昨日、変な記憶をもらった。

石の記憶。

何億年も、ただそこに存在している感覚。

時間が、意味をなさない世界。

あれは、何だったんだろう。

私は、スマホでSNSを開いた。

「記憶の雨 異常」で検索。

たくさんの投稿が出てきた。


「今日、海の記憶もらった。波の動き。でも誰の視点でもない」

「空気の記憶?よくわからないけど、とにかく広い」

「最近の記憶の雨、マジでおかしい」

「人間じゃない記憶ばっかり」


そして、ある投稿で手が止まった。


「泣いてる少年の記憶見た人いる?」


リプライがたくさんついている。


「見た!めっちゃ怖かった」

「私も!なんか痛いって言ってた」

「あれ誰?」

「発信源不明らしい」


私は、スマホを置いた。

泣いてる少年?

私は、まだその記憶をもらってない。

でも、なんとなく・・・怖い。


次の日。

カフェは、いつも通り営業していた。

でも、お客さんの様子が、ちょっと違う。

みんな、不安そうな顔をしている。

「木村さん」

主婦の佐藤さんが、小声で言った。

「どうしました?」

「昨日、変な記憶もらっちゃって・・・」

「変な記憶?」

佐藤さんは、周りを見回してから言った。

「石の記憶」

私は、息を飲んだ。

「・・・石?」

「はい。何億年も動かない感覚。気が狂うかと思いました」

佐藤さんは、震えた声で続けた。

「これ・・・普通じゃないですよね?」

「・・・そうですね」

私は、どう答えていいかわからなかった。

だって、私も同じ記憶をもらったから。


午後。

カフェに、見慣れない女性が入ってきた。

20代後半くらい。疲れた顔をしている。

「いらっしゃいませ」

「あの・・・ブレンドコーヒー、お願いします」

「はい」

私は、コーヒーを淹れた。

女性は、カウンター席に座って、窓の外を見ている。

雨が降っている。

「今日も、雨ですね」

私が話しかけると、女性は小さく頷いた。

「はい・・・」

「お客さん、初めてですよね?」

「はい。この辺、たまたま通りかかって」

女性は、コーヒーを一口飲んだ。

「・・・おいしい」

「ありがとうございます」

私は、ちょっと聞いてみた。

「あの・・・今日、記憶もらいました?」

女性は、顔を曇らせた。

「・・・もらいました」

「どんな記憶でした?」

女性は、しばらく黙っていた。

そして、小声で言った。

「少年が・・・泣いてる記憶」

私は、固まった。

「・・・少年?」

「はい。泣いてて・・・痛いって言ってて」

女性は、カップを両手で握りしめた。

「すごく・・・悲しい記憶でした」

私は、何も言えなかった。

女性は、続けた。

「あの少年・・・誰なんでしょうね?」

「・・・わかりません」

「私・・・気象庁で働いてたんです」

「え?」

女性は、苦笑いした。

「天気予報士。記憶予報を担当してました」

「過去形ですか?」

「はい。クビになりました」

私は、驚いた。

「どうして?」

女性は、窓の外を見た。

「真実を、言おうとしたから」

「真実?」

女性は、私を見た。

「あの少年・・・地球なんです」

私は、息が止まった。

「・・・地球?」

「はい。地球の意識。地球そのもの」

女性は、静かに言った。

「地球が、泣いてるんです」


私は、女性の話を聞いた。

記憶の雨が、最近異常をきたしていること。

発信源が、地球規模に広がっていること。

そして、泣いている少年が、地球の意識であること。

「信じられない・・・かもしれませんね」

女性は、自嘲気味に笑った。

「私も、最初は信じられませんでした」

「でも・・・」

私は、言葉を選んだ。

「なんとなく・・・わかる気がします」

「本当ですか?」

「はい。最近の記憶の雨、明らかにおかしいですから」

私は、カウンターに手をついた。

「動物、植物、無機物・・・人間じゃない記憶ばかり」

「そうです。それが全部、地球の記憶なんです」

女性は、真剣な目で私を見た。

「地球は、痛んでるんです。人類に傷つけられて」

「・・・」

「だから、記憶の雨を通じて、訴えてる」

私は、何も言えなかった。

女性は、コーヒーを飲み干した。

「私・・・名前、佐藤ユミって言います」

「木村です」

「木村さん、もし・・・あの少年の記憶をもらったら」

ユミさんは、立ち上がった。

「どうか、ちゃんと向き合ってあげてください」

「向き合う?」

「はい。地球の痛みを、ちゃんと受け止めてあげてください」

ユミさんは、そう言って店を出て行った。

私は、カウンターに一人取り残された。


その日の夜。

私は、また一人でカウンターに座っていた。

ユミさんの言葉が、頭から離れない。

地球の意識。

地球の痛み。

本当に?

そんなこと、あり得るの?

私は、窓の外を見た。

雨が、降り続けている。

そして。

ドクン

記憶が、流れ込んできた。


暗い。

すごく暗い。

でも、怖くない。

ただ・・・痛い。

どこが痛いのか、わからない。

全部が痛い。

誰かが泣いている。

「痛いよ・・・」

少年?

声が聞こえる。

「僕の体・・・こんなに痛いのに・・・」

画面が明るくなる。

少年が見える。

10歳くらい?

泣いている。

体中、傷だらけだ。

「なんで・・・なんでこんなことするの・・・」

少年の後ろに、景色が広がる。

森。半分焼けている。

海。油で汚れている。

空。煙で曇っている。

「僕、何か悪いことした・・・?」

少年が、こちらを見る。

「みんな、僕のこと、嫌いなの?」

私は、何も言えない。

少年は、涙を流した。

「痛いよ・・・」

「助けて・・・」

「もう・・・限界なんだ・・・」


「っ!」

私は、カウンターに突っ伏した。

涙が止まらない。

あの少年・・・

本当に、地球だった。

私は、立ち上がった。

窓の外を見る。

雨が、ガラスを叩いている。

そして。

少年の顔が見えた。

窓ガラスの向こう。

雨粒の中に、少年の顔がある。

泣いている。

こっちを見て、泣いている。

「・・・ごめん」

私は、呟いた。

「気づかなくて・・・ごめん」

少年は、首を横に振った。

そして、唇を動かした。

「大丈夫」

「気づいてくれて、ありがとう」

「でも・・・もう遅いかも」

少年の姿が、消えた。

雨だけが、降り続けている。

私は、その場に座り込んだ。


次の日。

カフェを開けると、常連客たちが集まっていた。

山本さん、高橋さん、田中くん、佐藤さん・・・

みんな、暗い顔をしている。

「木村さん」

山本さんが、言った。

「みんな・・・昨日、同じ記憶をもらったんです」

「・・・少年の記憶?」

「はい」

全員が、頷いた。

高橋さんが、言った。

「あれ・・・地球なんですよね?」

私は、頷いた。

「たぶん・・・そうだと思います」

田中くんが、言った。

「俺たち・・・地球を傷つけてたんだ」

佐藤さんが、泣きそうな顔で言った。

「どうすれば・・・いいんでしょう?」

私は、答えられなかった。

だって、私にもわからないから。


その日、カフェで緊急ミーティングをした。

常連客たち、10人くらいが集まった。

「まず・・・事実確認から」

私は、ホワイトボードに書いた。

「記憶の雨=地球の意識?」

山本さんが、言った。

「間違いないと思います。あの少年、明らかに地球でした」

高橋さんが、続けた。

「森が燃えて、海が汚れて、空が煙ってる・・・全部、人間が原因ですよね」

田中くんが、スマホを見せた。

「SNSでも、同じこと言ってる人、めっちゃ増えてます」

私は、ホワイトボードに書いた。

「地球が痛みを訴えている」

佐藤さんが、小声で言った。

「私たち・・・どうすればいいんでしょう?」

私は、ペンを置いた。

「正直・・・わかりません」

全員が、黙った。

私は、続けた。

「でも・・・一つだけ言えることがあります」

「何ですか?」

「まず、気づくこと」

私は、みんなを見渡した。

「地球が痛んでることを、ちゃんと気づくこと」

「それだけ?」

「それだけでも、大きな一歩だと思います」

山本さんが、言った。

「でも、気づいただけじゃ何も変わらないですよね?」

「変わります」

私は、言い切った。

「気づけば、行動が変わる。行動が変われば、世界が変わる」

田中くんが、言った。

「じゃあ・・・俺たち、何かできることありますか?」

私は、ホワイトボードに書いた。

「できること」

「・ゴミを減らす」

「・リサイクルする」

「・無駄を減らす」

「・自然を大切にする」

「・周りの人に伝える」

佐藤さんが、言った。

「こんな小さなこと・・・意味あるんでしょうか?」

私は、頷いた。

「意味あります。絶対に」

高橋さんが、言った。

「でも・・・もう遅いんじゃないですか?」

「遅くないです」

私は、窓の外を見た。

「あの少年、まだ泣いてるだけです。怒ってない」

「怒ってない?」

「はい。まだ、希望を持ってるんだと思います」

私は、みんなを見た。

「だから、私たちも諦めちゃダメです」


その日から、カフェは変わった。

「メモリー・ドロップ」は、「地球を考えるカフェ」になった。

プラスチックのストローを、紙のストローに変えた。

使い捨ての容器を、再利用可能な容器に変えた。

食材も、できるだけ地元の農家から買うようにした。

そして、壁に貼り紙をした。


「地球の記憶、受け止めよう」

「小さな一歩から、始めよう」


常連客たちも、協力してくれた。

山本さんは、会社でゴミ削減の提案をした。

田中くんは、大学で環境サークルを作った。

佐藤さんは、ママ友に記憶の雨の話をした。

みんな、動き始めた。


ある日。

ユミさんが、また来た。

「木村さん」

「ユミさん!」

ユミさんは、驚いた顔でカフェを見回した。

「すごい・・・変わりましたね」

「はい。ユミさんのおかげです」

「私?」

「はい。ユミさんが、真実を教えてくれたから」

ユミさんは、微笑んだ。

「よかった・・・無駄じゃなかった」

私は、ユミさんにコーヒーを出した。

「ユミさん、これから・・・どうするんですか?」

ユミさんは、窓の外を見た。

「わかりません。でも・・・」

「でも?」

「このカフェ、手伝わせてもらえませんか?」

私は、笑った。

「もちろんです!」


それから、数週間。

カフェには、毎日たくさんのお客さんが来るようになった。

でも、コーヒーを飲みに来るだけじゃない。

記憶の雨について、語り合いに来る。

地球のことを、考えに来る。

そして、何ができるか、一緒に考える。

カフェは、小さなコミュニティになった。


ある雨の日。

私は、一人でカウンターに立っていた。

窓の外を見る。

雨が、降っている。

そして。

ドクン

また、記憶が流れ込んできた。


また、少年だ。

でも、今日は・・・笑ってる?

少し、だけど。

「ありがとう」

少年が、言った。

「気づいてくれて・・・ありがとう」

少年の体の傷、少しだけ癒えている。

「まだ痛いけど・・・」

少年が、微笑んだ。

「でも、みんなが気づいてくれたから」

「少しだけ・・・楽になった」

少年は、こちらを見た。

「お願い」

「もっと・・・気づいて」

「もっと・・・大切にして」

「そしたら、僕・・・」

少年の声が、遠くなる。

「また、元気になれるから」


「っ・・・」

私は、涙が溢れた。

でも、今回は悲しい涙じゃない。

希望の涙だ。

窓ガラスの向こう。

少年が、また見える。

でも、今日は泣いていない。

微笑んでる。

私は、窓に手を当てた。

「わかった」

私は、呟いた。

「もっと、頑張る」

少年は、頷いた。

そして、消えた。

雨は、まだ降り続けている。

でも、今日の雨は・・・優しい。


その日の夜。

カフェには、常連客たちが集まっていた。

「みんな、今日の記憶見た?」

私が聞くと、全員が頷いた。

山本さんが、言った。

「少年、笑ってましたね」

田中くんが、言った。

「まだ痛いって言ってたけど・・・でも、希望が見えた」

佐藤さんが、言った。

「私たち、間違ってなかったんですね」

私は、頷いた。

「間違ってない。でも、これからが本番」

高橋さんが、言った。

「そうですね。まだまだ、やることはたくさんある」

ユミさんが、言った。

「でも、諦めなければ・・・きっと大丈夫」

私は、みんなを見渡した。

「じゃあ、これからも・・・一緒に頑張ろう」

全員が、笑顔で頷いた。

窓の外では、雨が降り続けている。

でも、もう怖くない。

これは、地球からのメッセージ。

そして、私たちへの希望。

私たちは、まだ間に合う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ