記憶泥棒
「記憶を使った完全犯罪、ねえ・・・」
俺、山田隆(45歳・警視庁捜査一課)は、事件現場で頭を抱えていた。
目の前には、冷たくなった被害者。
50代の男性。会社経営者。
死因は、撲殺。
でも、問題はそれだけじゃない。
「山田さん、これ・・・」
若手の佐々木刑事が、スマホを見せてきた。
画面には、今日の記憶予報が表示されている。
「本日午後、被害者の記憶エリアが都内全域に接近」
「・・・マジか」
「はい。犯人、わざと雨の日を選んだんじゃないですか?」
俺は、窓の外を見た。
雨が降っている。
つまり、被害者の記憶が、今この瞬間も街中に降っているってことだ。
「証拠隠滅か」
「そうです。でも・・・」
佐々木が、困った顔をした。
「肝心の部分が、消されてるんです」
「消されてる?」
「はい。被害者の記憶、犯人の顔の部分だけ綺麗に編集されてるんです」
俺は、溜息をついた。
「記憶の編集か・・・」
「ご存知ですか?」
「闇市場で噂は聞いてる。実際に使われたのは初めてだが」
佐々木は、資料を見せた。
「『メモリー・フィルター』って呼ばれてる装置です」
「フィルター?」
「はい。雨が降る前に、自分の記憶の一部を特殊な電磁波で『上書き』するらしいです」
「上書き?」
「記憶って、脳内の電気信号じゃないですか。それを別の信号で塗りつぶす感じです」
俺は、眉をひそめた。
「・・・そんなこと、できるのか?」
「できるらしいです。値段は300万くらいするらしいですけど」
「高えな」
「でも、完全犯罪のためなら、安いもんだと思う人もいるんでしょうね」
俺は、事件現場を見回した。
「山田さん、どうします?」
「・・・雨に打たれて、確認するしかねえだろ」
「マジですか?」
「マジだ」
俺は、傘を置いて外に出た。
雨が、顔に当たる。
冷たい。
そして。
ドクン
記憶が、流れ込んできた。
オフィス。
高層ビルの一室。
俺は・・・いや、被害者は、デスクに座っている。
夜。誰もいない。
ドアが開く。
誰かが入ってくる。
顔は・・・
見えない。
いや、そこだけぼやけてる。
まるで、モザイクがかかってるみたいに。
その人物が、近づいてくる。
「お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃだ」
男の声。低い声。
でも、誰かはわからない。
「待ってくれ!話し合おう!」
被害者が叫ぶ。
でも、その人物は止まらない。
何かを振り上げる。
金属バット?
「死ね」
そして。
画面が、真っ暗になった。
「っ!」
俺は、その場にしゃがみ込んだ。
息が荒い。
佐々木が駆け寄ってくる。
「山田さん!大丈夫ですか!?」
「・・・ああ」
「どうでした?犯人、見えました?」
「見えなかった。完全に消されてる」
佐々木は、舌打ちした。
「やっぱり・・・」
俺は、立ち上がった。
「でも、声は聞こえた」
「声?」
「ああ。低い男の声。『お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃだ』って言ってた」
「恨みですね」
「間違いない」
俺は、事件現場のビルを見上げた。
「被害者の周辺、徹底的に洗え。恨みを持ってた人間、絶対いるはずだ」
「了解です!」
佐々木は、走って車に戻った。
俺は、もう一度空を見上げた。
雨が、降り続けている。
記憶の雨、ここまで悪用されるとはな・・・
警視庁に戻って、被害者の周辺を調べた。
名前:田所健二(52歳)
職業:IT企業経営者
家族:妻と娘(大学生)
借金:なし
トラブル:・・・
「山田さん、これ」
佐々木が、資料を持ってきた。
「被害者の会社、半年前に大量解雇してます」
「何人?」
「50人以上」
「・・・多いな」
「しかも、理由が『業績不振』。でも実際は、被害者が別荘買うための金が欲しかったらしいです」
俺は、眉をひそめた。
「クズじゃねえか」
「はい。解雇された社員たち、相当恨んでたみたいです」
「リストは?」
「ここに」
佐々木が、50人の名簿を見せた。
「全員、洗え」
「全員ですか!?」
「全員だ。犯人は、この中にいる」
佐々木は、溜息をついた。
「・・・わかりました」
次の日。
俺たちは、解雇された社員の一人一人に話を聞いた。
でも、全員アリバイがあった。
「山田さん、これ・・・詰んでません?」
「詰んでねえ。まだ調べ足りないだけだ」
「でも、もう40人調べましたよ?」
「残り10人だろ。やれ」
佐々木は、疲れた顔をしている。
でも、俺も疲れてる。
このまま迷宮入りなんて、絶対嫌だ。
その日の夕方。
45人目。
元社員の男、木下(38歳)に話を聞いた。
「被害者のこと、恨んでましたか?」
「そりゃ恨んでましたよ。いきなりクビですからね」
「でも、あなたにはアリバイがある」
「ありますよ。事件の日、俺は北海道にいました」
「証拠は?」
「ホテルの領収書」
木下は、スマホで領収書の写真を見せた。
確かに、北海道のホテル。日付も合ってる。
「・・・なるほど」
俺は、立ち上がった。
でも、その時。
ドクン
急に、頭が痛くなった。
「山田さん?」
佐々木が、心配そうに声をかけてくる。
「いや・・・ちょっと・・・」
俺は、椅子に座り直した。
頭の中に、何か別の記憶が混ざってる。
事件の記憶じゃない。
もっと、違う記憶。
森。
燃えている。
動物たちが逃げている。
でも、間に合わない。
煙が、どんどん広がる。
誰かが泣いている。
「やめて・・・」
少年?
「僕の森・・・」
少年の声だ。
「なんで燃やすの・・・」
画面が切り替わる。
今度は、海。
油で汚れている。
魚が、苦しそうに泳いでる。
「痛いよ・・・息が・・・できない・・・」
また、少年の声。
画面が、また切り替わる。
空。
煙で真っ黒。
「苦しい・・・」
「もう・・・限界・・・」
「山田さん!山田さん!」
佐々木が、俺の肩を揺すっている。
「・・・あ?」
「大丈夫ですか!?急に倒れて!」
俺は、床に倒れていた。
いつの間に?
「・・・悪い。ちょっとクラっとした」
「記憶、もらいました?」
「・・・ああ」
でも、事件の記憶じゃなかった。
森と海と空。
そして、泣いている少年。
何だ、あれ。
「山田さん、今日はもう休んだほうがいいですよ」
「・・・そうするか」
俺は、立ち上がった。
木下は、心配そうに俺を見ている。
「大丈夫ですか?」
「ああ。悪いな、今日はこれで」
俺たちは、木下の家を出た。
その日の夜。
俺は、自宅で一人で酒を飲んでいた。
頭の中に、あの記憶がこびりついている。
泣いている少年。
誰だ?
何の記憶だ?
俺は、スマホでニュースを検索した。
「記憶の雨 異常」
たくさん記事が出てきた。
「記憶予報、的中率が急低下」
「謎の記憶が全国で報告」
「泣いている少年の記憶、全国で目撃」
俺は、最後の記事をクリックした。
「ここ数日、全国で『泣いている少年の記憶』が報告されている。発信源は不明。気象庁は『調査中』としているが、詳細は明らかになっていない」
「SNSでは『地球の意識説』が拡散されているが、科学的根拠はない」
地球の意識?
何だそれ。
俺は、記事を閉じた。
でも、頭の中には、少年の声が残っている。
痛いよ・・・
もう限界・・・
次の日。
俺は、また調査に戻った。
残り5人。
でも、全員アリバイがあった。
「山田さん、これ・・・本当に詰んでません?」
佐々木が、疲れた顔で言った。
「詰んでねえって」
「でも、もう全員調べましたよ?」
「・・・くそ」
俺は、壁を叩いた。
どこかに、手がかりがあるはずだ。
でも、見つからない。
その時、俺のスマホが鳴った。
鑑識からだ。
「もしもし、山田です」
「山田さん、新しい情報です」
「何?」
「被害者の記憶、さらに詳しく分析したんですが・・・」
「それで?」
「犯人の声、解析できました」
「声?どうやって?」
「被害者の記憶に残ってた音声の『印象』を解析したんです」
「印象?」
「はい。音の高さ、速さ、イントネーション・・・完璧な声紋じゃないですけど、特徴は掴めます」
俺は、前のめりになった。
「それで、誰かと一致したのか?」
「はい。元社員50人全員の声と比較したら・・・」
「誰だ!?」
「木下です。85%の一致率」
俺は、固まった。
「・・・木下?でもあいつ、アリバイが・・・」
「それも調べました。ホテルの領収書、画像解析したら偽装でした」
「偽装?」
「はい。Photoshopで作った可能性が高いです。ホテルにも確認しましたが、その日の宿泊記録、ありませんでした」
「マジか!?」
「はい。間違いないです」
俺は、電話を切った。
「佐々木!木下を逮捕する!」
「え!?でもアリバイが・・・」
「偽装だ!行くぞ!」
俺たちは、車に飛び乗った。
木下の家に着いた。
ドアをノックする。
「警察だ!開けろ!」
返事がない。
「蹴破るぞ!」
俺は、ドアを蹴った。
一発で開いた。(映画みたいに)
部屋の中。
木下は、窓際に立っていた。
「動くな!」
でも、木下は振り返らない。
「・・・バレたか」
低い声。
記憶で聞いた声だ。
「木下、お前を殺人容疑で逮捕する」
「逮捕?」
木下は、笑った。
「証拠あるのか?」
「あるさ。お前の声だ」
「声?」
「ああ。被害者の記憶から、お前の声の特徴を抽出した。85%の一致率だ」
木下は、振り返った。
「85%・・・それって、証拠になるのか?」
俺は、一歩近づいた。
「法廷証拠としてはギリギリだな。でも、お前のアリバイが偽装だってこともバレてる」
「・・・!」
「ホテルの領収書、Photoshopだろ?ホテルに確認したが、宿泊記録なんてなかった」
木下は、顔を歪めた。
「・・・クソ」
「それに、記憶の編集、完璧だと思ったんだろうが・・・音声が残ってたんだよ」
「音声?」
「ああ。『メモリー・フィルター』、300万もしたんだろ?」
木下は、目を見開いた。
「・・・なんで知ってる?」
「闇市場で有名だからな。でも、あれ、視覚情報は消せても聴覚情報の編集精度は低いんだよ」
「・・・そんな・・・」
「完璧だって言われたんだろ?詐欺だったな」
木下は、壁を殴った。
「くそ!くそ!300万も払ったのに!」
「なぜやった?」
木下は、俺を睨んだ。
「なぜ?決まってるだろ。あいつが俺の人生を壊したからだ」
「それで殺していいわけねえだろ」
「いいんだよ!俺は!あいつのせいで!妻にも逃げられて!子供にも会えなくて!」
木下は、叫んだ。
「全部!全部あいつのせいだ!」
俺は、何も言えなかった。
気持ちは、わかる。
でも、許されることじゃない。
「木下、大人しく来い」
「・・・嫌だ」
木下は、窓を開けた。
「おい!何する気だ!」
「もういい。俺の人生、終わってるんだ」
「バカ言うな!」
俺は、木下に駆け寄った。
でも、間に合わなかった。
木下は、窓から飛び降りた。
「木下ーーー!!」
木下は、一命を取り留めた。
でも、重傷。
病院のベッドで、木下は俺に言った。
「・・・すまなかった」
「謝るのは、俺じゃない」
「わかってる」
木下は、天井を見つめた。
「でも・・・俺、もう何も残ってないんだ」
「・・・」
「家族も、仕事も、金も・・・全部失った」
俺は、何も言えなかった。
木下は、小声で言った。
「なあ、刑事さん。最近、変な記憶見なかった?」
「・・・変な記憶?」
「泣いてる少年」
俺は、固まった。
「・・・見た」
「俺も見た。あれ、何だと思う?」
「・・・わからない」
木下は、笑った。
「俺は、わかる気がする」
「何?」
「地球が、泣いてるんだ」
俺は、黙った。
木下は、続けた。
「俺たち人間が、地球を傷つけてる。だから、地球が泣いてる」
「・・・バカなこと言うな」
「バカ?でも、そうだろ?」
木下は、俺を見た。
「森を燃やして、海を汚して、空を煙で満たして。それで、地球が痛くないわけないだろ?」
俺は、何も言えなかった。
木下は、また天井を見た。
「俺も、被害者だったんだ。でも、加害者にもなった」
「・・・」
「地球に対しても、な」
木下は、そう言って目を閉じた。
俺は、病室を出た。
警視庁に戻って、報告書を書いた。
事件は、解決した。
でも、すっきりしない。
木下の言葉が、頭から離れない。
地球が、泣いてるんだ。
俺は、窓の外を見た。
雨が降っている。
そして。
ドクン
また、記憶が流れ込んできた。
また、あの少年だ。
泣いている。
でも、今日ははっきり見える。
少年の体、傷だらけだ。
切り傷、火傷、打撲・・・ありとあらゆる傷。
「痛いよ・・・」
少年が、こっちを見る。
「なんで・・・こんなに痛いのに・・・誰も気づいてくれないの?」
俺は、答えられない。
少年は、涙を流した。
「もう・・・我慢できない」
「もうすぐ・・・壊れる」
「その前に・・・」
少年が、震える声で言った。
「みんなに・・・わからせてあげる」
「っ!!」
俺は、デスクに突っ伏した。
息が荒い。
佐々木が、駆け寄ってくる。
「山田さん!大丈夫ですか!?」
「・・・ああ」
「また、記憶ですか?」
「・・・ああ」
俺は、立ち上がった。
「佐々木、お前も見たか?泣いてる少年の記憶」
「・・・見ました」
「どう思う?」
佐々木は、困った顔をした。
「・・・正直、怖いです」
「怖い?」
「はい。なんか・・・警告されてる気がして」
「警告?」
「人類に対する、警告」
俺は、黙った。
佐々木は、窓の外を見た。
「山田さん、もしかして・・・本当に地球の意識なんじゃないですか?」
「・・・バカなこと言うな」
「でも、他に説明つきますか?」
俺は、答えられなかった。
だって、俺も同じこと思ってたから。
その日の夜。
俺は、一人で雨の中を歩いていた。
傘はささなかった。
もう一度、あの少年の記憶を見たかった。
雨が、顔に当たる。
そして。
ドクン
記憶が、流れ込んできた。
また、少年だ。
でも、今日は泣いていない。
ただ、怒っている。
「もう我慢できない」
少年が、拳を握りしめている。
「みんな、僕のこと、なんだと思ってるの?」
「ただの、モノ?」
「いくら傷つけても、平気なモノ?」
少年の声が、震えている。
「違う!!」
少年が、叫んだ。
「僕だって!痛いんだ!」
「苦しいんだ!」
「限界なんだ!!」
少年の周りで、何かが壊れ始める。
地面が、割れる。
空が、裂ける。
海が、荒れる。
「もう・・・許さない」
少年が、こちらを睨んだ。
「みんな・・・」
「壊れちゃえ」
「っ!!!」
俺は、道端に倒れた。
息が、できない。
心臓が、バクバクしてる。
何だ、今の。
「壊れちゃえ」?
誰を?
人類を?
俺は、立ち上がった。
雨が、まだ降っている。
でも、今日の雨は、いつもと違う。
重い。
冷たい。
まるで、怒ってるみたいに。
俺は、急いで家に帰った。
その夜。
俺は、ニュースを見ていた。
「世界各地で異常気象が発生」
「記録的な豪雨、各地で被害」
「原因不明の地震、頻発」
画面には、災害の映像が流れている。
俺は、固まった。
まさか・・・
あの少年、本当に・・・
スマホが鳴った。
佐々木からだ。
「もしもし」
「山田さん!大変です!」
「どうした?」
「世界中で、同じ記憶が報告されてます!」
「同じ記憶?」
「はい!泣いてる少年!でも、今日のは違う!怒ってるんです!」
俺は、息を飲んだ。
「・・・マジか」
「しかも、『壊れちゃえ』って言ってるらしいです!」
「・・・」
「山田さん、これ・・・ヤバくないですか?」
俺は、窓の外を見た。
雨が、激しくなっている。
雷が鳴る。
地面が、微かに揺れている。
ヤバい。
本当に、ヤバい。
「佐々木、明日、また連絡する」
「え?山田さん?」
俺は、電話を切った。
そして、呟いた。
「・・・地球が、本気で怒ってる」
次の朝。
雨は止んでいた。
でも、空は真っ黒だ。
俺は、警視庁に向かった。
署内は、パニックだった。
「山田!大変だ!」
課長が駆け寄ってくる。
「どうしました?」
「世界中で、異常気象が止まらない!」
「・・・」
「しかも、記憶の雨も止まらない!みんな、同じ記憶を受け取ってる!」
「少年の記憶、ですか?」
「ああ!怒ってる少年!これ、どういうことだ!?」
俺は、課長を見た。
「課長、正直に言います」
「何だ?」
「これ・・・地球の意識じゃないですか?」
課長は、固まった。
「・・・は?」
「地球が、人類に怒ってるんです」
「山田、お前・・・疲れてるのか?」
「疲れてません。でも、他に説明がつかない」
課長は、何も言えなかった。
俺は、窓の外を見た。
また、雨が降り始めていた。
そして、全員の頭の中に、同じ記憶が流れ込んできた。
「もう許さない」
少年の声。
「みんな、壊れちゃえ」
署内が、悲鳴に包まれた。
俺は、ただ空を見上げた。
これは、もう事件じゃない。
これは・・・
人類全体の問題だ。