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25.恋をしているの? 

「これは見事なキノコですです」

 撫子さんは冷たいままだったが、仁永さんが部屋に入るのを許した。もらった包みを開けると、サンゴのような形の白いキノコが、人の頭ほどの大きさで一株入っていた。


「これは……滋養に良いと……鹿神に教えてもらい」

 仁永さんは続きを話すのかと思い、皆が顔を向けたけれどそのまま黙ってしまった。

「仁永様が鹿神の地に出向いて山中で探したですです、2日間帰ってこなかったですです」

 アオちゃんがニコニコして撫子さんに言うと、仁永様は物言いたそうに彼女を見つめたが、撫子さんはぐっと口を引き結んでプイっと顔を反らした。


「天ぷらにするですです!!」

 どうしてこんなにも怒っているのか分からない撫子さんと、無言のままの仁永様の間に挟まれ、居心地の悪さに耐えられず、私もアオちゃんを手伝うことにした。


 サクサクのキノコ天ぷらが美味しそうにちゃぶ台に盛られた。

 アオちゃんが、一番に食べるのは撫子さんだと譲らない。私達の注目を浴びながら、撫子さんは渋々1つ箸でつまんで口にいれた。

「おいしい!」

 目を丸くして、明るく微笑んだ撫子さんにみんなでほーっと息を吐いた。良かった良かった。


「ゲハ」

 変な音が撫子さんからした。

「ゲハ、ゲハ、ゲハハハハハ」

 撫子さんが勢いよく笑い出した。美味しいから笑っているの? いやこれは違う、狂った様に笑い転げて顔が真っ赤だ。息も絶え絶えになり苦しそう。でも笑いは止まらない、どんどんひどくなっていく。


「これ、毒キノコ笑いダケですです!!」

 アオちゃんが叫ぶと、クルンとして青い炎になり、びゅっと部屋から出て行った。


「ああそんな、どうすればいいんだ。撫子が死んでしまう」

 仁永さんは畳に転がってゲハゲハ笑い続ける撫子さんを腕に抱き上げた。

 撫子さんの顔は赤色から紫色に変って、体がビクビク痙攣している。

「私の神気を吹き込もう、そうすれば助かるはずだ。口づけるぞ撫子いいな?」

 叫ぶように仁永さんが告げ、片手を撫子さんの顎にかけた時、弱弱しくも、彼女の腕がそれを払いのけた。


「い……や、口付けは嫌……死んでも仁永様と……しない」

 仁永様がピタリと動きを止め石のように固まった。


 その時部屋に大きなフクロウが飛び込んできた。後ろにカバンを咥えたタヌキのアオちゃんが走り込んでくる。フクロウは音も無く大きく羽ばたくと、初老の白衣の女性になった。

「お医者を連れてきたですです」

 撫子さんはフクロウのお医者様に治療を受け、笑いを止めることができた。

 けれど体力をあまりに消耗して起き上がれず、布団に寝かされた。


 お医者様は、毒キノコではなく、あまりに効力の強い神霊界の食べ物が、ただの人間には強すぎたのだろうと話していた。毒ではないからすぐに良くなりますよと、帰って行った。


 仁永様は、低く消え入りそうな声で「すまない」と撫子さんに一言詫び、それから部屋の隅でずっと石と化していたが、私とアオちゃんが、白湯だの布団だの用意していると知らないうちに帰ってしまっていた。


 撫子さんはしばらくして落ち着くと、顔を覆って少し泣いた。

「どうしたの? どこか辛いの? 撫子さん」

 私は撫子さんにして欲しいことはないかと聞くと、大丈夫と答えたものの、涙は止まらなかった。

「きっともう仁永様は来てくれない」


 おかしなことを言うなと思った。来てほしくないとずっと冷たかったのは撫子さんの方だ。

「私のゲハゲハ笑いを見て、きっと気持ちが悪いと思われた。ああちがう、初めから仁永様は私のことなどどうとも思っていないの。ただ、真面目な方だから……練習を」

 撫子さんは何の話をいているのだろう。仁永様は撫子さんを気持ちが悪いなんて思うはずが無いのに、あんなに心配して助けようとしていた。


「仁永様も恋の練習をしているですです」

 アオちゃんの言葉に撫子さんの涙がいっそう増えて、グスグス泣き始めた。


「このごろ訪ねてくるの。私の好きな物を聞いてきたり、出かけようと誘ってきたり。きっと主様がしているから、自分も学ぼうとなさっているのでしょう? 他の女性で練習すればいいのに、どうして私なの?……あんな美しい姿で優しくすれば女の心がどうなるかなんて、あの方は何にも分かってない。神獣様だから……人間の心が1つ壊れたって……気にも止めないのだわ……もう優しくされたくない」


 そのまま撫子さんの止まらない涙をみて、慰めたかった。けれど、話を聞いても撫子さんがどうして泣いているのか今一つ分からない。仁永様が嫌いなの? でももう会えないのが悲しいと泣いているように見える。


困ってしまいアオちゃんを見ると、ふふんと得意そうに尻尾をふさふさ揺らした。

「撫子は恋をしているですです」


「ぐあー」

 撫子さんの大きな声が部屋に響いた。


「違う! 絶対に違う! 私は仁永様に恋などしていません。キノコでちょっとびっくりしただけ。私はね恋なんて信じない!!」

 撫子さんのあまりの怒りように、私とアオちゃんはびっくりして身をすくめた。


「私の父はね、鬼の許嫁だった母を鬼から奪って結婚したの。母はずっと父に愛されているのだと思ってた。でも違うのよ、父は最も強い鬼と勝負がしたかっただけなの。その証拠に母が家を出ても父は迎えにいかないの。もう鬼に勝ったから母に興味が無くなったのだわ……仁永様もきっと父と同じ、恋の勉強がしたいだけ……それが済んだら私なんて用無しになるの……わかっているの。男の人なんて目的を果たしたらその後は女の気持ちなんてどうでもいいのだわ」


 撫子さんは、彼女のお父さんの話をしているうちに、さっきの勢いを失って茹でた青菜のようにしぼんで元気を無くした。

「撫子さんのお母さんとお父さんは……」

 私がどう聞いていいか分からずに言葉を濁すと、撫子さんは悲しそうにため息をついた。


「母はね鬼の所に帰ってしまってそれきり……父は強い妖の噂を聞く度に、腕試しに勝負に行くの。いつ帰って来るのか分からない……でも、まあ父がどんどん妖を倒すから、父を恐れる妖はその娘である私に手を出さない。お陰で安全に暮らせるけど……」


 私にとって撫子さんはうんと年上のお姉さんのように大人に見えていたけれど、彼女は18歳になったばかりだと言っていた。妖ばかりの第一層で人間の娘が生きるのは楽ではないだろう……たとえ襲われないとしても、1人は寂しい……

 私は撫子さんが仁永様と仲良くなったらいいのにと思うのに、撫子さんは彼を信じる気持ちにはなれないと言う。


「仁永様は……その、撫子さんを用無しなんて……言わないと思います。さっきもすごく心配して……」

 撫子さんは私の言葉に返事をせずに、布団をかぶってしまった。

「キノコでちょっとびっくりしただけ。もう帰ってちょうだい。明日には元気になるから大丈夫、真砂様また好きな時にきてくださいね」



 アオちゃんと帰り道を歩きながら、ぐるぐると今日撫子さんに言われたことを考えた。

『優しいから傷つける』

 仁永様は優しくするから、撫子さんを傷つけるのだろうか? どうして?

 好きな物を贈ってもらい、好きな場所に一緒に行って、好きなことをする。それでどうして傷つくのか見当もつかない。解けないなぞなぞを出されたようだ。


「ねえアオちゃん。撫子さんは恋をしているの?」

 アオちゃんは嬉しそうにコクリと頷いて「真砂様もしているですです」と言った。

「恋ってなあに?」

 アオちゃんが得意気にぴょんぴょーんと跳ねた。


「今夜食べるまんじゅうみたいなもの!! 何が入っているかドキドキワクワク、どれを食べてもとっても美味しい。でもね真砂様、様想像するですです。そのまんじゅうを食べる時、緑雨様が一緒でなければどんな感じ?」

「そんなの……つまらない。どんなに美味しいまんじゅうでも味気ない。緑雨様と食べたいな。何が入っているかなーって二人で確かめたいの。もし辛くても、美味しくなくても平気。一緒にするのが楽しみなの」

 アオちゃんがまたぴょんぴょーんと跳ねた「それが恋!」

「え? まんじゅうが恋なの?」

 今日は色んなことを教えてもらったけれど、どれもなんだかよく分からない。うーんと首を傾げて考え込んだ。


「真砂様、僕は子宝の神様タヌキ、何でも聞いて、教えてあげるですです」

 何を聞けばいいのかも分からない。頭の中がこんがらがってしまった。あ、そう言えば、知らない言葉を撫子さんが言っていたが、質問しそびれたことを思い出した。


「アオちゃん、コウゴウってなあに?」

「コウゴウ? 皇后かな、それとも香合」

「ええと、撫子さんが、緑雨様が神気を吹き込むときは、コウゴウしながら腕に抱いて口移しって言ったの。コウゴウって何をするの?」


 ポンっとアオちゃんが子タヌキになって、小さいおててで両目を隠して丸くなってしまった。

「ごめんなさい真砂様」

 アオちゃんがプルプル震えて小さな声でいった。


「正直に告白するですです。本当は僕はまだ妖タヌキの見習で子宝の神になってないですです。お爺ちゃんに免許皆伝まではあと100年て……修行中なのですです。だから交合はまだわかんない。お願い、緑雨様にはないしょ」


 目をぱちぱちとして、しばらく返す言葉がなかった。緑雨様はあんなに張り切ってやっているのに女性に優しくする練習はアオちゃんに任せて大丈夫なのだろうか。

「心配しないで真砂様。恋の始まりはちゃーんと合格してますですです。コウゴウは……緑雨様に聞いたらたぶん教えてくれるですです」


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