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19.恋など分からない 

「それで、俺へのお願いとはなんだ真砂」


 撫子さんとおそろいの服を着て、緑雨様のお部屋を訪ねて行くと、緑雨様と仁永様が迎えてくれた。

 撫子さんが要件を取りなしてくれて、いざ、緑雨様にお願いをしようと息を吸いこんだが、緊張して言葉がなかなか出てこなかった。


 ここは撫子さんの部屋と違って、畳でははく絨毯が敷かれ丸い座布団を背に床に座る。ここもきっとお母様の国の形式なのだろう、朱色や(だいだい)色の明るい色が入った織物が多く、温かで明るい色調の中に、宝石の飾りが高い天井から釣り下がりキラキラ揺れる。あちこちに鉢植えの植物があって鮮やかな緑色は緑雨様の雰囲気にお似合いで、夢の中にいるような可愛らしいお部屋だった。


 緑雨様のお顔には、額に大きな緑の石の他に、今日は目じりから頬にかけて小さな宝石がくっついている。宝石の輝きも美しいが、それらが目に入らないほどに、緑雨様の視線が私を捕らえて離さない。

 私の目を覗き込む瞳は、緑色なのに淡く光って時々虹色になる。


「あ……の……緑雨様」

「なんだ真砂。食いたいものでもあるのか? 何でも言えすぐ作らせるぞ」

 うわわ、背の高い緑雨様のお顔が間近に迫って来る。

「お願いが……その……姫様を……大切にしてほしいのです……」


 面食らった顔で、パチパチと緑雨様の大きな目が瞬きをすると、長い銀色の睫毛から光の粉が舞った。

「そんなことか。もちろんだ言われずとも大切にする。我々が待ち望む姫君なのだから、できうる限り丁重に扱うつもりだ」

 それは初めから分かっていることで、優しい緑雨様はきっと姫様を大切にしてくれるだろう。そのことは心配していない。しかし……どうしても気がかりなことがあるのだ。


「はい……でも……その……緑雨様は……時々すごく……大きい声を出します。それが……心配」

 とても失礼なことを私は言っている。怖くなってぎゅっと目を閉じた。撫子さんが手を握ってくれた。

「大きい声? 俺の話し声はそんなにでかいか?」


 緑雨様が首を傾げながら、隣の仁永様の顔を見ると、やれやれとあきれ顔で仁永様はわざと聞かせるように大げさなため息をついた。

「自覚がないとは驚いた。あなたはすぐに感情を荒ぶらせて怒鳴るでしょう? 真砂様はそのことを言っているんです」

 緑雨様が「そうなのか?」と顔で聞いてくるので私は大きく頷いた。


「姫様は……お身体が弱く……そして花の精のごとく可憐……です。風に吹かれただけで震えて、花びらがこぼれるような……とても儚げで……尊くて……お守りしないといけない方なのです」

 私はごくりと唾をのみ込んだ。ちゃんと、もっとお伝えしなければ、姫様の素晴らしさを!

「姫様の指は白くて細く……まるで貝細工のようです。髪が……こんなに……こんなに……床に垂れるほど長くて、輝いて……」


 私は御簾(みす)の向こうに見た、天女のごとく美しい姫様を伝えようと身振り手振りで必死に喋った。

「緑雨様はお優しい……大きな竜の時も……人の時もいつでも、とてもお優しくて、温かくて、それで私にお話しても良いと……許してくれて、私は嬉しくて、大好きで、なにも心配ないと知っています……でも、でも、姫様はきっと、怖がると思うから……だから、緑雨様お願いです、大きい声を……」

 出さないで……と言おうとした瞬間、緑雨様が屈んだかと思うと、私の膝のあたりを抱きしめひょいと持ち上げた。そのままするりと緑雨様の左腕に乗せられてしまった。びっくりして肩にしがみつくと、すぐ下に顔がある。満面の笑みで彼がはははと笑うと、2本の牙が見えた。


「真砂が大好きと言った。ははは、俺は優しいか」

 満足そうに笑って私を腕に乗せてくるりと回った。

「おいっ! 間違っている。おまえは何を聞いているんだ、喜ぶところじゃない! 真砂様はおまえを褒めてないだろうが、苦言を呈してるのだ!!」

 仁永様の眉がギュギュっと寄った。

「なんで? 真砂が俺を大好きだという話だろ」


 仁永様が額に手をやり、ふうと荒く息を吐いた。撫子さんも困った顔で緑雨様を見ている。

 緑雨様は眉を下げて困り顔になると、私をじっと見つめた。森の中で見つけた子ギツネがくーんと鼻をくっつけて甘えてくるのにちょっと似ていた。

「真砂は、俺が怒鳴ると怖いか?」

「今は……怖くない……です。でも、びっくりします。姫様を……怖がらせたくない……です」

「おまえは本当に姫様思いだな。そうか……わかった怒鳴らないように気をつける。願いは他にないのか? 姫のことでは無く、真砂の願いを言っていいのだぞ」


 緑雨様のお顔がとても近い、下から覗き込まれて「ん?」と催促するあまりに優しい声が、胸の芯を震わせた。今すぐこの腕から飛び降りたい気持ちと、ずっとこうしていて欲しい気持ちが同時に湧き上がって、どうしていいか分からなくなる。声を出そうとすると唇が震えた。


「私の願いは……か、かえ……」

 何故か分からない、けれど言いたくなくて言葉が喉につかえる。でもこれが私の願いに間違いないのだ。

「帰りたい。姫様の……所に……すぐ、すぐに帰りたい……」

「だめだ!」


 鋭い声と共に、竜の細長い光彩がぎゅっと絞られ淡く光った。緑雨様の怒りを感じて怖いのに、私は彼の肩にしがみついてしまった。

「真砂はまだこんなに軽い。だめだもっと肥えるまでここにいろ。餅になると約束したではないか」

「約束は……守ります。でも……姫様が来るのが遅く……なります。私の役目……終わりました。だから、向こうで……お餅に……なります」

 不機嫌な顔のまま緑雨様は黙ってしまった。


 彼の腕から降ろしてもらおうと、肩をぐっと押したが逞しい体はビクともしなかった。

 長い沈黙の間、緑雨様の顔はだんだん力を無くし、迷子になった子ギツネのようにしゅんとした。

「真砂様を帰したくないのですか?」

 仁永様の問いに緑雨様は頷いた。


「ならば帰さなければいい。真砂様は大鳥居をくぐってきた人間の娘です。私達が待っていた花嫁として何の不足がありましょう。それに真砂様はとても清らかな気をお持ちだ、黒麒麟の私から見ても花嫁に相応しいお方です」

「それは駄目だ仁永。俺はカンナベの姫を花嫁に迎えると心を決めている」


 緑雨様の迷いのない言葉に安堵したが、仁永様は引き下がらなかった。

「緑雨様は私のお仕えする唯一の主です。あなたが選んだ道を私は全霊でお支えします。しかし、どの道を選ぶかは慎重であって欲しいのです。真砂様を花嫁にすること再考願えませんか」

 今までの兄弟のような遠慮の無い物言いではない落ち着いた言葉は、彼が本気で話していることを伝えていた。それは私を不安にさせた。自分が花嫁になるなど、考えたこともないのだから。


 緑雨様が黙ったまま答えずにいると、撫子さんが意を決したように前に出た。

「私のようなものがご意見申し上げるのをお許しください。主様は真砂様を気に入ってとても可愛がっていらっしゃる。今もそうして腕に抱いていますでしょう? 真砂様をもう特別に想っていらっしゃる証拠です。真砂様を花嫁になさるとどうか仰ってください」

 撫子さんと仁永さんの強い視線を受けて、緑雨様はしばし考え込んだ。


「可愛がる……俺が? 真砂を可愛がっている? ……これは……別に……」

 緑雨様の腕の力が弱まって、私はストンと床に降ろされた。


「別に真砂を特別に可愛がっている訳ではないぞ。そうだ、アオ! ここに来てくれ」

 とたん私の目の前に青い火の玉が現れた。驚いて身をすくめると、その炎は瞬きの間に一人の童に姿を変えた。7歳くらいに見える男の子には黒い丸耳と、タヌキの尾が付いている。恐怖よりも先に、クリンとした黒い濡れた瞳に心を一気に持っていかれた「なんて可愛い!!」



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