18.熱いおかゆと贅沢な朝
紅玉湖の果てから境界の館に帰って来る頃には日はすっかり暮れていた。
撫子さんと私は長い空の旅に疲れ果て、歩くこともできないほどフラフラになり、緑雨様と仁永様それぞれに抱き上げられて運ばれ、客人用のお部屋で上等な布団で並んで寝ることになった。こんな贅沢を……と断ろうとしたが、あまりの疲れにそのまま倒れるように眠ってしまった。
目覚めると日はすでに高くまで登っていた。竜族の侍女たちが湯気の立つ小鍋を運んできてくれた。目の前に差し出された茶碗には、白米の粥になんと卵が入っていた。
いいのかな……こんな贅沢なものを食べて……
「ささ、冷めないうちに食べましょう」
明るい声の方を見ると、撫子さんはもうすでに茶碗一杯食べ終わり、お代わりをもらっているところだった。
『ちゃんと食べろ』
そうだ、緑雨様と約束したのだ。
「熱い!?」
口に入れてびっくりした。温かい食べ物をめったに食べることがなかったから、熱い物をどうやって食べればいいのかわからない。撫子さんに笑いながらフーフー息を吹きかけるのを教えてもらい、とうとう粥を口に入れた。
熱い粥がお腹に入っていくと、それは空腹を満たすだけでなく、体の芯で冷えて固まっていたものが温められて心がほどけていくようだった。匙ですくっては食べ、またすくっては食べ、夢中で口に運んでいると、急にしょっぱくなった。
「真砂様、泣いているのですか?」
撫子さんに言われて、頬を伝う涙に気付いた。
「いいのかな……わたし……こんな……」
温かい布団に寝て、昼まで寝坊し、卵まで入った飯を食べて……こんな贅沢をして許されるのだろうか。
手の甲で涙をぬぐうのに止まらない。撫子さんが柔らかな布で頬を拭いてくれた。
「ねえ真砂様。緑雨様は仰いましたよね『己を大切にしなさい』と。だからたくさん食べてくださいね」
私は唇を噛んで、一生懸命涙を止めようとしたけれど上手くできなかった。撫子さんが背中をさすってくれると、気持ちがぶわっと込み上げた。
「美味しい……もっと食べたい……の。でも、悪いこと……してる……みたい」
「うんうん、分かりますよ。でも大丈夫、誰も真砂様を叱りません。ここで一番偉いお方が、お餅になるまで食べろ! とご命じになったのです。だから堂々と食べてください」
涙が止まらなかったけれど、私は粥をまた口にいれた。茶碗一杯食べて、お代わりも食べた。
「……わた……し、おもちに……なれるかな?」
ぐずぐずした声のまま聞くと、撫子さんがくすくす笑い「もっと食べないと……お餅には……」と言いながら、ゲハハと豪快な声で大笑いしだした。
「まったく失礼な。乙女に向かって餅とは! 主様でなかったら張り倒してやったのに!!」
緑雨様を張り倒す!?
ちょっとびっくりして、涙が引っ込んだ。
「お餅は……失礼? でも……でも、撫子さん……お餅みたい、可愛い」
撫子さんのふっくらと柔らかく、白くてつややかな肌。特にまあるい頬っぺたは少し桃色で美しい。
「まあ、真砂様も私をお餅にするの? しかたがないですね、二人でお餅になりましょう。だから真砂様、あなたが己を大切にするのを、撫子にも手伝わせてくださいね」
お餅のお姉さんは優しく微笑んで、さらに粥のお代わりを勧めてくれた。
「私は真砂様に、主様の花嫁になって頂きたいのですけれど、帰ってしまうのですね」
こんな貧相で、何の取り柄も無い私が花嫁なんて、そんなことあるはずが無いのに、どうしてそんなことを撫子さんは言うのだろう。
「本当の花嫁は……姫様です。私など、とんでもない。でも……帰る前に……緑雨様にお願いを……しなければ……」
神辺元綱様が私に命じたことは、竜の世界が姫様に相応しいかよく見て確かめてくること。
そしてもう一つは、『竜神様に、姫様のことを大切にするようによくよくお願いすること』なのだ。
竜神様にお願い事をするなど、畏れ多くて気が引ける。けれど姫様のために務めは果たさねばならない。
「なにかお悩みなのですね。どうぞ撫子に話してみてください」
私が胸の内にある不安を伝えると、撫子さんは「それは主様に是非ともお願いするべきです。大丈夫です、真砂様が伝えたら、主様はきっとわかってくださいますよ。不安なら私が手を繋いでいてあげますからね」と力強く励ましてくれた。




