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17.甘いとしょっぱい 

「まーさーごーさまー」

 後ろの方で呼び声がする。見ると淡く赤く光る黒い物がこちらに向かって飛んでくる。目を凝らしていると、それは不思議な生き物の背にのった撫子(なでしこ)さんだった。


 体が鹿で顔は獅子に似た不思議な獣は、黒い(たてがみ)と太い眉毛がフサフサと美しく波打っている。みるみる近づいてきてひと際強く発光すると、ぐるりと回転して撫子さんを両腕に抱えて人の姿になった。

 あ、仁永(じんえい)様だ……と気づいた瞬間に、彼は撫子さんを抱いたまま、がくっと膝を付き、なんとか彼女を優しく下に降ろすと、そのまま倒れた。そして撫子さんも岩の上に転がったまま動かない。


「まさごさまー、よかった……ご無事で……撫子はもう駄目です、死にます」

 私は倒れて真っ青な顔の撫子さんに(すが)りついた。

「嫌です死なないで!」

 仁永様が倒れたままごろりと転がりこちらを向いた。

「私も死にます……恨むなら緑雨様を……ああもう、ふざけるな……いきなりどこまで飛びやがる……」

 私はびっくりして「仁永様死なないでください」とお願いした。


 緑雨様の大笑いが崖にこだました。

「何へばってんだよ仁永。でも驚いたな、おまえが背中に誰かを乗せるなんて、白麒麟(しろきりん)の長老が聞いたら、たまげて寿命が百年縮むだろうよ」

 仁永さんが、荒く息を継ぎながら「いや、ちょっとそこまでだと思うだろ! 真砂様を乗せて果てまで飛ぶなんて信じられない、なんでこうお子様なんだおまえは!!」


 緑雨様は笑いが止まらず苦しそうにお腹を抱えている。涙目になってから「ああでも来てくれてよかった腹がへってたんだ」とつぶやくと、仁永さんの怒りはさらに増したようだった。


 撫子さんはしばらく横になって休んだけれど、ひどく息が苦しそうで喉の奥て少しヒューヒュー音がした。心配になって、お薬をあげたいと思った時、ここは崖だと思い出した。岩肌を丁寧に見ていくと、少し離れた場所に、見慣れた苔が張り付いているのが見えた。あれは姫様の咳に効く薬だ。撫子さんの苦しいのにも効くかもしれない……


 考えると同時に体が動いていた。毎日、日の出から、日没までやってきたことだ。私は崖の出っ張りを見つけると、ぐいと手を伸ばし、足を引っかけて崖を登り始めた。

「何をしている! 降りてこい!!」

 それは恐ろしい怒鳴り声だった。怒気が塊になって体にぶつかったように、恐怖で体が硬直した。


 どうすればいいか混乱して固まっていると、ぐいと足首を掴まれ強い力で引っ張られた。

 あっと思う間もなく落ちた。身をすくめると、ぽすんと柔らかいものに受け止められた。

 閉じていた目を開けると、緑雨様の腕の中にいたて、怒りに眉を寄せた緑雨様の顔が間近にあった。


「崖に登るな真砂、危ないだろう」

「お薬の苔が……撫子さんが苦しい……から」

 緑雨様が目を閉じて、深く息を吐いた。

「頼む真砂、ここではもう崖に登って薬草を採るのはやめてくれ」


 私は緑雨様のお願いでも、すぐに返事ができなかった。困っていると撫子さんが起き上がった。

「ご心配をかけてすみません。楽になりました。朝食をもってきたのです、皆さん召し上がってください。わたしは……何にも、はい、ちょっとね、まだ食べられませんけど」

「ああ、私もとうてい食べられない。緑雨(りょくう)様は真砂様とどうぞ」

 にがにがしい感じで仁永様が言うと、緑雨様が私を降ろしてくれた。



「これが味噌、しょっぱい味だ。これは食べたことがあるだろう真砂」

 撫子さんが持ってきてくれたゆでた里芋に、緑雨様が味噌をつけて手渡してくれる。じっと見ているので食べない訳にはいかない。パクリと口にいれると「どうだ?」と聞いてくる。

「しょっぱい味……おいしいです」

「うむ、次はこれだ」


 緑雨様がまた味噌をつけて芋をくれたので、パクリとかじった。

「これは……しょっぱいと……甘い。すごく美味しい」

 緑雨様はそうだろう、そうだろうと得意げに頷いた。

「このごろ俺が凝っているのはな、違う味の組み合わせだ。これは甘味と塩味であまじょっぱい。おいしいだろう?」

 私はコクコク頷いた。甘いとしょっぱいすごい美味しい、彼はすごいことを知っている。


「で、次の味噌だが、何と何の組み合わせだと思う?」

 私はちょっとわくわくして、彼が芋に味噌を塗るのを見た。でもほんの少ししか塗ってくれないので、どうして? と目で訴えた。

「まあ、食べてみろ」

 差し出されてすぐに口にいれる、びっくりした。

「か……辛いです」

 緑雨様が水筒の水をくれたのでごくごく飲んだ。


「ふふふ、これは辛味噌だ。それでだな、ここからがすごいんだぞ。この塩味と辛みと甘味を混ぜるとだな、これが至高の味に……」

 もうそれは得意気で、走り回る子犬のようなキラキラした目で緑雨様がたっぷりと芋に味噌を付けた。芋よりも味噌の方がでかかった。そうして一口で緑雨さまはパクリと食べた。

 顔が真っ赤になって、ごふっと変な音を出してむせると、緑雨様はすごい勢いで水を飲んだ。

 あ……辛かったんだ……すごく


「ふはっ、ふはっ、ふはっ」

「なんだ、真砂そのへんな声は」

 涙目の緑雨様が、不思議そうな顔で聞いた。

 辛くて泣きながら水を飲む緑雨様が面白かったとは言えなかったので黙っていた。


「まあ! 緑雨様どうやったのです、真砂様がこんなに食べてくださるなんて、ああ嬉しいわ」

 緑雨様の味噌談義を聞くうちに、たくさん芋を食べていたことに気付いた。

「なあ、真砂。おまえの大切な姫様のこと、俺は信じてみようと思う。おまえの命を救ってくれた人だからな、きっと良き花嫁になってくれるだろう。だから真砂、人界に帰りカンナベの姫を連れてきてくれるか?」


 私は深く頷くと「それが私の役目です」と答えた。

 仁永様が起きてきて、何か言いかけたけれど、緑雨様はそれを手で制した。

「俺はおまえの姫様を花嫁にすると約束しよう、だがその代わり、おまえも1つ約束してほしい」

 私はぐっとお腹に力をいれた。何を言われるのだろう。この命にかえても、姫様のためにできることならなんでもしよう。


「ちゃんと食べろ。そして己のことを大切にしろ。おまえが姫様を大切に思う気持ちと同じ力で、自分のことも大切に扱うんだ。それが俺との約束だ、できるか?」


 しばらく、何も言えなかった。何を言われたのかよく分からなかったからだ、言葉の意味は分かる、けれど、どうやってそれを成せばいいのか見当もつかなかった。

「よく……わから……な……」


 大きな手が伸びてきて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。

「ならば分るまでここにいろ。よし、決めた。俺は棒切れのようなお前を、撫子のような餅にするぞ。真砂よ、おまえが餅になったら人界に帰れいいな」


 私はそれに頷いていいのか迷ってしまった。顔をあげると優しく微笑む緑雨様が返事を待っている。私はこの方を信頼すると決めたのだ。

「はい、約束します」

 また、私の頭はぐしゃぐしゃにされた。


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