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15.竜に乗って天を駆ける

「一番上の層が、俺の住処すみかだ」

 廊下を歩いていたのか、階段を登っていたのか……なんだか頭がぼんやりしているうちに、唐突に景色が変わった。ああ、ここは知っている。竜神様のお部屋や、私が初めに通されたお部屋がある階なのだと分かった。


 竜神様は私をずっと腕に乗せている。重くないのかしらと心配になったが、軽々と涼しい顔で私を運ぶ。頭一つ分高くなった私を見上げ微笑んだ。ふわりと甘い幸せに包まれる。神様なのに、笑うと少年のように若く見えるこの笑顔が好きだと思った。


「さあ、ここが紅玉湖の始まりにして、最も尊い場所だ」

 廊下の突き当りに、巨大な扉があった、荘厳な飾りが施されあまりに重厚で開くとは思えなかったが、竜神様が手をかざしただけで音も無く開いた。


 蒼く静かな湖。石の大鳥居が、半分水から姿を出し、その向こうに眩い朝日が見えた。

 八重に発光する光が果てなく続く湖を、橙色に染めている。光が水面にキラキラ反射して眩しいのに、空は藍色で天頂には星々がまだ夜の中にいる。


 竜神様は鳥居に向かって丘を歩き出した。緑の草の玉の朝露が、一粒ずつ朝日を受けて輝き出す。

 竜神様の銀の髪が風に吹かれて、私の頬に触れた。清涼なそれでいて心をうっとりとさせるような若葉の香りがする。息を大きく吸い込んで、眩い日の出の美しさに胸がいっぱいになった。

 でも……あれ? 建物の最上階にいたのに、どうしていきなり地面なんだろう。

 振り返ると大きな宮殿が見えた。あれがさっきまで私達がいた境界の館なのだ。最上階の扉から続く異界への入り口が、この丘なのだと分かった。


「あの大鳥居は人界への入り口だ。マサゴの国と繋がっている」


 竜神様が急に駆け出したので、私は驚いて肩にしがみついた。

「ははは、見ていろ真砂、どんなに早く走ってもあすこには行けぬのだ」

 竜神様はあまりに早く走るので、必死にくっつくしかなかった。すぐに足元は湿地になり、バシャバシャと水音をたてて、大きく笑いながら走る彼は、夢中で駆ける子犬みたいだった。すぐにも辿り着く距離に見えるのに、竜神様の言葉通り、あともう数歩のところで石の大鳥居にはどんなに走っても近づくことは無かった。


 後ろから「まさごさまー」と撫子さんの呼び声がする。でも落ちないように竜神様にしがみつくので精一杯で、振り返ることはできなかった。

「真砂、俺の髪を掴め」

 言われるままに両の手で竜神様の銀の髪を掴んだとたん、彼の体が発光した。


 ぎゅっと目を閉じると、体の中心がぐわんと空高く持ち上げられた。それは崖から落ちるような勢いで、天に向かって落ちていく。体中に風が吹きつけたが、ふわりと柔らかいものに体を包まれ、落ちる体が止まった。安心してほうと息を吐き目を開けると、視界一杯に銀色の髪に包まれていた。


 ここはどこ?

 見上げる空は藍色に、星々が朝の光に溶けていく。

 銀の髪の向こうに太陽が金に輝く湖の向こうから登って来る。なんと神々しい光。

 はるか眼下に広がる水面は、どこまでも果てなく広がっている……ああ、私は空を飛んでいるのだ。

 竜の姿に化身した竜神様の頭に乗って、天を駆けている。


「この朝日を見せたかった。どうだ素晴らしいだろう」

 空を駆ける竜神様が私に話しかける。巨大な姿に化身した彼の声は聞こえないのに、心のなかに直接言葉が響いて来る。


「はい、とても綺麗です」

 心の中で返事をすると「それは良かった」とまた声が響いた。

「真砂の国にも、山の上の湖はあったか?」

「はい、竜神の湖が山の上にありました。私はその湖の底の鳥居をくぐって来たのです」

「そうか……この紅玉湖は、その人界の湖と繋がっているのだ。二つで一つ、魂を同じくした双子の湖なのだ」


 毎日、崖下に見た竜神の湖が、まさか竜神様の世界と繋がっているなんて。

 里の老人たちが竜神様はいるのだと語っていたとき、もっと真面目に聞けばよかった。

 こんな世界があると知っていたら……

 ああでも、知っていたとしても、私にはあまりに遠い縁なき世界。

 ここに来られたのは姫様のお陰なのだ。そして……この世界は姫様の物なのだ。

 良く見て確かめ、心に刻まなければ。


 竜となった竜神様はすごい速さで飛んでいく、けれど湖の果てはどこまで飛んでも見えなかった。

「こちらの湖の方がずっとずっと大きいです」

「そうだな、広大な湖だ。だが果てはあるぞ。この湖もまた山の山頂にあるからな」

 驚きのあまり私は「えー!!」と大きな声をだしてしまったが、その声はすぐに風に連れ去られて消えた。


「信じられません。こんなに大きな湖が山の上にあるとしたら、その山はどれだけ大きいのでしょう」

「とてつもなくでかいぞ。俺の父が山の麓から頂上まで飛ぶのに、3月もかかったそうだ。よし真砂、紅玉湖の果てを見せてやろう。しっかり俺の髪につかまっていろ」

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