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九話 偽りの姉弟

 





 泣き崩れてしまったエマをなだめて、落ち着きを取り戻した後にビショップも呼んだ。

 ビショップもエマと似たような事を言って狼狽してお祈りし始めてしまったので、こちらもなだめるのに苦労した。


 何とか正気を取り戻した二人を座らせ、私は事の経緯──つまり、壮大な嘘話を語って聞かせた。作者・皇帝陛下。被害者・私。



「──という訳で、この子も将来何かしらの聖者の力を授かるかもしれないって事で、教団から修行するようにって押し付けられたんだー」

「「······」」


 なるべく分かりやすく、嘘の設定をエマとビショップに説明したけど、二人ともぽかんと口を開けたままで言葉を失っていた。そりゃそうだ。


「······えっと、つまり。そちらの子はエリー様の腹違いのご兄弟であって······」

「同じような聖者としての優れた素質を有しているかもしれないから、姉上であられるシェイグランド卿の元でしばらく修行生活をするようにという教団からの指令であると?」

「はい、その通り。お二人とも話が早くて助かるよ」


 どうにか偽りの話は伝わったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろす二人。


「よ、良かった~。てっきりエリー様の隠し子かと思いました······」

「ああ、私もそう思った。卿は酒に乱れる事もあるから、てっきり行きずりの男と流れのままに淫らな行為に及んでしまったのかと······」

「ねえ、私ってそんな風に見られてるの?」


 側で座って待っているディゲル殿下は何とも言えない微妙な目を私に向けていた。


「コホン······ともかく、そういう訳だからディ······カッツェはしばらくの間はここに置いておく事にします」

「はい。よろしくお願いします、カッツェ様」

「あー。私の弟だけど、カッツェは別に高位の聖者でも何でもないから、二人は普通に接して」

「よろしいので?」


 意外そうな表情を浮かべるエマとビショップ。殿下はどこか不服そうだ。


「いーのいーの。聖女の弟ってだけで何か役職に就いてる訳じゃないんだから」

「それなら······カッツェ君、よろしくね」

「カッツェ。君も姉上を見習って······というのは良くないので、姉上を反面教師に偉くなりなさい」

「ああ······」


 殿下は渋い顔のまま頷いた。



「さて、と······」


 やる事はたくさんあるけど、まずは······。


「それじゃあカッツェを部屋に案内しよっか。エマ、部屋は用意してある?」

「はい、昨日の内に掃除しておきました」


 この聖堂は皇族専用のプライベートサンクチュアリだけど、その構造自体は一般的な物と変わらない。聖職者用の居住区画は充実しており、部屋も複数ある。


「それじゃ行こ。カッツェ」

「ああ、シェイグランド卿」


 いきなりシェイグランド卿呼びしてしまった殿下。早速やらかしたポカに本人も「あっ」と慌てたが、エマとビショップは感心したように褒めた。


「まあ、シェイグランド卿だなんて。ふふふ」

「ふむ。例え身内であっても敬称を重んじる心構え。いや~、卿の弟にしてはしっかりしている」


 代わりに私はディスられたけど。


「······カッツェ」

「なんだよ」

「私の事はお姉さまと呼ぶ約束よ?」

「だからそれは違うだろ!」

「エリー様、弟君にそんな呼び方させてるのですか?」

「卿はやはり変人だったか······」


 何で私ってこんなにボコボコに言われるんだろう?女神様、私が何か悪い事しましたか?あ、お祈りするフリして昼寝してるからか。ならしょうがない。



 それはともかくとして、エマとビショップにはそのまま仕事に戻ってもらい、私は教えられた部屋に殿下を案内する事になった。


 歩きながら、殿下がこんな事を言った。


「君は随分と慕われているようだな」

「はい?」


 その達観したような物言いに、子供のくせにませた事言ってと思ったけど、殿下の中身は大人だった事を今さら思い出した。


「いえ、慕われているというかナメられてるだけのような······」

「まあ、それはそうかもしれないが、少なくとも兵士達からの人気も高かった」


 殿下のくりくりっとした眼差しが真っ直ぐにこちらを見上げていた。


「そういう人心掌握術も聖女の嗜みか? 次代の国を統べる者としてはそういった清濁併せ呑むような振る舞いも知っておきたい」

「えっとー······すみまさせん、そういう難しい話はよく分からないです」

「フッ。子供だな」


 どっちが。


 そんな話をしている内に、殿下にあてがわれた部屋に着いた。


「ここです、殿下」


 ──カチャッ──


 ドアを開けて中に入る。床には明るい色調のカーペットが敷いてあるけど、壁は石造り剥き出しだし、天井はジメっとした木張りだ。

 窓も小さく、今は時間帯的に外からの光も直接入ってこないので、全体的に青白い印象の部屋となっている。


「なっ、これが部屋だと? シェイグランド卿、ここは牢屋の間違いではないのか?」

「信仰に囚われし者達を収容するという面ではある意味牢獄かもしれませんね」

「む、難しくて良く分からんぞ?」

「フッ。子供ですね」

「俺は子供じゃない!」


 大層不満そうな殿下。


「狭いし暗い。それに、あのベッド小さくないか?」

「体も縮んでいるのだから問題無いのでは?」

「う、そうかもしれないが······」

「ほら、帝国男子でしょ。つべこべ文句言わずに荷物の整理をしますよ」


 渋々と荷解きにかかる殿下。私も念のために部屋をチェックする。

 特に怪しい物や危険物は無い。極秘とは言え、何人かは今回の騒動の真実をしっているから、殿下が狙われたとしてもおかしくはない。ので、神経質に確認は怠らない。


「おい、シェイグランド卿。何をしているのだ?」

「いえ、安全確認です。私は今は殿下の偽りの姉でありますが、その主たる任務は護衛ですので」

「そうか。そう言えばそういう話だったな。ちょっと聞きたいんだが、卿は本当にそんなに強いのか? あまりそうには見えないが」

「聖王いわく、聖女や賢者に選ばれる人間は魔力の高さからして常人の粋を逸してるそうです。ちなみに、私は今現在の聖女達の中でも特に強大だとか。とりあえず、私を一対一で倒せる可能性がある人は、この国では騎士団長くらいだと思っていいです」

「そんなに強いのか······」


 とりあえずの荷解きが終わったので、殿下を連れて住居区を案内する。


「こちらが食堂になっており、あの突き当たりに台所とトイレが備えつけられています。その向こう側に浴室。そして、あちらの廊下を行けば書庫や書斎。そして薬剤質。それに食料庫と物置となっています。あと、あちらには食堂とそれを兼ねた会議室」


 殿下はあくまでお客様なので全ての部屋に関係があるわけではないけど、一応。


「シェイグランド卿。あれは?」


 殿下が廊下の奥に突き当たった部屋を指差す。


「あれは何の部屋だ?」

「ああ、あれは私の部屋です」

「君の?」


 聖女もしくは大司教など、高位聖者専用の特別室だ。


「一つだけ他の個室から離れてるな」

「一応特別な部屋ですので」

「······見てみたい」

「はい?」

「どんな部屋か見たい」


 何言っちゃってんのこの子。


「殿下。いくら今は子供とは言っても、殿下も男性。それが女子部屋を覗き見したいだなんて言語道断です」

「そんな大層な話じゃないだろ。減るもんでもないし」


 貴方への好感度は減ったし、大した話かどうかじゃない。というか、それとは別枠。デリカシーの問題じゃい。どうして分からぬのだ。


「ともかく、駄目です」

「なんだ、ケチ」


 なんと生意気な。本当の弟だったなら、ここでお姉さまクラッシャーを食らわせてやるとこだ。

 まあ、実際のとこ、服とかそこら辺に脱ぎ散らかしてるから見せられないんだよね。


「さ、それでは殿下の部屋に戻りましょう」

「戻ってどうするんだ?」

「今後の作戦会議ですよ」


 これから嘘の姉弟を演じなければならないのだ。何かと情報を共有しといた方がいいと考えたってわけ。





 殿下の部屋に戻り、二人でテーブルを挟んで椅子に座る。


「それでは殿下。極秘会議を始めます」

「具体的には何を相談するんだ?」

「相談、というより雑談と言った方が正確かもしれません。つまり、もっとお互いを知ろうの会です」

「?」

「つまり設定の共有です。いいですか? 皇帝陛下の考えられたシナリオでは、私と殿下は姉弟となっています。そして、殿下は腹違いの隠し子。私の父親が町で行きずりの娘さんと浮気した事で出来た子となってます」

「君の父親も気の毒だな······」


 まあ、確かに。けど、娘の私を平気で教団に売り飛ばした親だ。うん、因果応報。


「続けますよ。そして、殿下ことカッツェはある日その事を母親から告げられる。貴方はシェイグランド男爵の子供なのよ、と。驚いたカッツェは居ても立ってもいられなくなり、一人で旅をして私の実家ことシェイグランド家にたどり着き──とまあ。こんな感じで陛下渾身の創作物が渡されております」


 私は預かっていた数枚の紙を殿下に渡した。


「親父はいつの間にこんな物を······」

「そこには私に出会ったタイミングや、その時のお互いの反応やら心情やらも描かれております。もはや小説です。陛下のご趣味なのでしょうか。とにかく、そこに書かれている筋書きを経て私達はここに居る。そう意識しておかねばなりません」

「こんな安い芝居をか······」


 激しく同意見だけど、そこは言っても仕方ない。


「まあ、殿下」


 私も自分が苦笑いを浮かべているのを自覚した。


「少しの辛抱です。一緒に頑張りましょう」

「······ああ」



 その後、二人で念入りに設定を共有した。




お疲れ様です。次話に続きます。

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