八話 聖堂へようこそ、殿下
警備厳重なエリアを無事に突破した私達は、そこからも慎重に行動して人目につかないようにして城の外にまで出た。
「ふぅー······やっと任務完了。殿下、お疲れ様でした」
「ああ、シェイグランド卿。ご苦労だったな」
個人的には辟易して疲れたのに、当のディゲル殿下は元気そうだった。というか、何か凄く楽しい遊びをし終えたかのように充実した表情をキラめかせていた。
「おー、こんな形で城の外に出る事になるなんてなあ」
キョロキョロと辺りを見回す殿下。私達は裏門から出て、城郭をぐるりと回りこんで正門の東側に位置している。
回りは高い外郭の壁に囲まれているから景色なんて楽しめないけど、頭の上の空は解放感がある。
「ふむ。あそこからここへ繋がるのだな。知らなかったなあ」
「それでは殿下、私は一旦城内に戻りますので、打ち合わせ通り殿下は少ししてから正門に来てください」
「ああ」
「あ、今一度申し上げておきますが、人前では私は殿下をカッツェと呼んで態度も雑になります。ご了承下さい」
「分かっている。姉さんって呼べば良いのだろ?」
「······お姉さまとお呼びなさい」
「まだ言ってるのか?!」
軽い打ち合わせの後、私は一旦戻る事になり、殿下は近くの木陰で待機。私の姿が門の中へ入ったら来るようにと伝えた。
「それでは」
「ああ」
私は一人、門へと向かった。
皇城は深い堀に回りを囲まれ、正門までは橋を渡って行かなければ辿りつけない。
もはやちょっとした湖と化している堀の水面を眺めながら、橋を歩く。橋の上にも巡回兵が歩いていて、すれ違う度に丁寧な挨拶を返してくれる。
門に辿り着き、見張りの兵士達に挨拶をする。
「おはようございます。今日もお務め御苦労様です」
「あ、シェイグランド卿」
「あれ? シェイグランド卿、今日は外出されていましたか?」
「あ、えっと。訳あって裏門から外へ出ていたのです」
「そうでしたか。お疲れ様です。どうぞお通りください」
門を潜り、近くの小屋へ向かう。普段は兵士達が利用している詰め所だ。
その前には休憩用のベンチがあるので、そこに座らせてもらう。
「ふー。とりあえず、これで一段落かな」
後は殿下の登場を待つだけだ。
「······」
それにしても、今日も良い天気だなー。
「······」
さて、この後はどうしようか。エマやビショップに嘘の説明をしなくちゃいけないし、それらしい作り話の一つとか二つくらい考えとかないと。
「······」
まったく、皇帝陛下も無茶苦茶言うよ。私だって聖女の仕事で忙しいのに。
「············」
うーん、日向ぼっこでポカポカしてきた。眠いなー。
「············いや」
殿下遅いんだけど。
もう10分くらい経ったのに何でまだ来ないの?
「?」
ちっこくなったから歩くの遅いのかな? いや、だとしても遅い。子供の足でももう着いていいはずだ。
「もうっ、何やってるんだろう」
ベンチに溶け込み始めた体に鞭打って立つ。
世話が焼ける殿下だ。迎えに行ってあげるか。
門に戻ると、ちょうど外の巡回から帰ってきた兵士らと出くわした。フレンドリーなおじさん兵士長が声をかけてくる。
「おや、シェイグランド卿、外出ですか?」
「あ、はい。ちょっと待ち合わせしている人が来なくて」
そう答えると、若い兵士達がザワザワと騒ぎ始めた。
「えっ! もしかして恋人、ですか?」
「ええっ! マジっすか?」
「そんな~! シェイグランド卿、嘘っすよね!?」
「おいっ、失礼だぞお前ら! 申し訳ありませんシェイグランド卿。こいつらは卿のファンでして······」
「あはは······光栄です。ですが、待っているのは恋人ではありません」
「やったぜ! 俺にもまだチャンスはある!」
「止めとけ、酒乱にされるぞ」
「聖女様となら酒で溺れたって構わないぜ!」
「ふふふ。皆さんは今日も元気ですね」
ワイワイ茶化すような兵士達にもなるべく穏やかに接する。聖女はイメージが大事だ。まあ、酒狂のイメージは市井の隅にまで浸透しているけど。
「ところでシェイグランド卿。その待ち合わせの人というのは教団の関係者ですか?」
「いえ、そういう訳では······個人的な関係、とでも言いましょうか」
「えっ、やはり恋人?」
「いえ、違います」
大体、本当に恋人と会うならこんな所で堂々と会うかっ。仮にも(仮じゃないよ!)聖女なのに昼間から異性とイチャイチャ出来るかいっ。
「ふーむ。外にはそれらしい人間は居ませんでしたが」
「そうですか······」
「はい」
兵士長もうーんと唸った。
「なんか『お前ら、無礼だぞ! 俺はお前らの主だぞ! 離せ~! 俺は皇太し······いやっ、聖女の弟だ~!』と叫んでいる変な子供が橋から摘まみ出されているのは見ましたが」
それー!!それっ!その人です!
私は慌てて外に出て、また橋を渡った。
「ど、どこに?」
周囲を見回すと、1ヵ所に集まっている数人の兵士達を見つけた。彼らの足下には──
「だ~から~! 俺はシェイグランド卿の弟なんだ~!」
「こらっ、ボウズ! 滅多な嘘をつくんじゃない!」
「シェイグランド卿に弟なんて居ないという事は皆知ってる事だ!」
「そうだ! 大体、自分の姉をシェイグランド卿だなんて他人行儀に呼ぶ奴が居るか!」
おー、女神様。何という事でしょう。哀れおチビ殿下は兵士達に叱られて半泣きで叫んでおられるではありませんか。
「くそ~! お前ら顔覚えたからな! 俺が元に戻ったらただじゃおかないからな!」
「訳の分からない事を言うなボウズ!」
「よーし、連れてくぞ」
「や、止めろ~!」
「あ、あのっ! ちょっと待ってくださ~いっ!」
連行されかけた殿下にすぐさま駆けつけて、助ける事になった。
「いや~、まさかシェイグランド卿の弟さんであったとは。知らなかったとは言え失礼を」
「やいっ、失礼なんて言葉で済むと思うなよ! お前、名前と所属を教えっ······もがっ!?」
「カッツェ、ややこしくなるから黙っててね~」
騒ぐ殿下の頭を上から押さえつけて無理やり頭を下げさせる。
「この度は本当にお騒がせいたしました。後日、改めて弟と共に挨拶させて頂きます」
「いえいえ。それではお気をつけて」
とりあえず、兵士達に『この子は私の弟なんです』という嘘を早速教えて、何とか囚われ殿下を救出した。
殿下はそれはもうプンプンに怒り狂ってたけど、もうこれ以上面倒事を起こして欲しくないので半ば強引に連れて行く。
「くそ~! あいつらめ~! 自分の主格たる人間の見分けもつかないのか!」
「それは仕方ありませんよ。まさか今の殿下を見て皇太子だと思うのは幼少の頃から過ごされていた一部の方だけでしょうし」
怒りんぼな殿下を慰めつつも、私からも文句を言ってやる。
「それより。どうして直ぐに城門まで来なかったのですか?」
「仕方ないだろ。行こうとしたら橋の途中で兵士達に呼び止められたんだ。だから『お前ら、失礼だぞ!』って言ってやったら、急に摘まみ出されてだな······」
「ふーむ」
その浅はかな言動といい、さっきから収まらない癇癪といい。どうやら見た目だけではなく中身も幼児退行しているという見立ては間違ってなさそうだ。
「とにかく。これからは殿下は次期皇帝の皇太子ではなく、私の腹違いの訳アリ弟なのですからね。気をつけてくださいよ?」
「むむう。分かったよ」
まだ納得してなさそうだけど、とりあえず分かってくれた殿下。
改めて城門に赴くと、当然見張りの兵士らがおや?と首を傾げる。
「シェイグランド卿、そちらの子供は?」
「えっと、話すと長くなるのですが私の弟です」
「え?! シェイグランド卿には弟さんが居られたのですか?!」
こんな感じで驚く人達に『詳しくはまた後日お話いたしますので~』と、適当にはぐらかせてその場を後にする。
城の中に入る時も、廊下を歩く時も。すれ違う人々みんなに同様の事を述べながら行かなくちゃいけないので、すんごく面倒くさい。
「はぁ。同じ嘘を答えていくのって疲れますね」
「同感だ。けしからん奴らだ」
でも、何やかんや言いながらも、私も殿下も上手く口裏を合わせながら、怪しまれずに無事聖堂へとたどり着く事が出来た。
「ふーっ。やっと到着。作戦完了ってとこですかね」
「ああ。ご苦労だったなシェイグランド卿」
扉を開ける。やれやれ、やっと面倒くさい仕事が終わった。あー、早く昼寝したい、お酒飲みたい、小説読みたい。
「あら?」
と、中へ入ったのと同時に。たまたま近くで掃除をしていたエマとぱったり出くわした。
「お帰りなさい、エリー、さ、ま?」
ホウキを持ったままのエマが石像のように固まり、私と殿下とを見る。
「え、え、エ、エリー、様? そ、そちらの子供、は······?」
「あー。話すと長くなるんだけどね。(私のお父さんの)隠し子で──」
──カランッ──
ホウキが床に転がる。
そして、エマはその場に跪いてわっと泣き出してしまった。
「おおっ! 天よっ、お許しください! まさか、まさか聖女ともあろう者が結婚もせずに子をもうけていたなんてっ! エリー様っ、もはや戒律違反どころの話ではありませんよ!?」
「私ってそんなに遊び人に見えるのかな?!」
盛大な誤解の始まりに、私は一番面倒くさい仕事が残っていたんだと悟った。
お疲れ様です。次話に続きます。




