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六話 皇太子誘拐計画

 




 朝。本当ならお祈りするフリをしてのんびりと読書をする時間なんだけど、今日の私は一味違う。しっかり、ちゃんと誘拐に行く準備を整えた。


「それじゃあエマ。私はお迎えの準備と陛下への挨拶に行ってくるわ。それまでよろしくね」

「はい、行ってらっしゃいませエリー様」





 歩きながら、居住区とそこまでの経路を記した見取り図の図面を今一度確認しておく。隠し通路の位置まで記された皇族と一部の腹心しか知らない図。昨日、陛下から拝借した物だ。よくもまあ私に貸してくれた。それだけ信頼してくれてるんだろうけど、そんな要素私にあるのかなあ。


 ともかく、私の計算によると重要ポイントは四つだ。内一つは回避出来るけど、残りの三つはどうにかしなきゃいけない。

 一応、作戦は考えてきてあるけど、後は天運次第といったところ。


 警備体制とそれを突破するルートや方法を頭の中に描きながら、図面を仕舞う。そろそろ厳重な警備エリアだ。正面から堂々と侵入する。


 何気無い挨拶を騎士の人達と交わしていく。


「おはようございます。朝からご苦労様です」

「あっ、シェイグランド卿。おはようございます」

「今日も朝のお祈りに?」

「ええ、そんなところです。おや? お疲れのようですね?」

「ええ。実は当番の者が急遽他の任務に回されてしまいましてね。お陰で我々は昨晩からずっと寝ずにいまして······」

「ふぁー······あっ、失礼しました!」


 眠たげにぼーっとした眼と、口から漏れるあくび。なるほど、これも陛下の仕業だな。

 となれば、このアシストを活かさない手はない。


「まあ、それは大変ですね。良かったら気付け薬を差し上げましょうか?」

「本当ですか? それは助かります」


 兵士達に小ビンを一本ずつ渡す。


「疲労回復に効果のある聖薬の一種です。ささ、グイっとどうぞ」

「ははは、シェイグランド卿から貰うと酒か何かのように思えてきますなあ」

「こ、こら! 失礼な事を言うな。シェイグランド卿、ご容赦ください」

「いえいえ、構いませんよ。それでは失礼いたします。頑張ってくださいね」

「おおっ、聖女様から激励の言葉なんて! 俺、やる気出てきた!」

「ありがとうございます、シェイグランド卿」


 感謝しながらビンの中身を飲み干す兵士達に挨拶しながら後にする。


 よし。これで一つは突破したも同然。後は残りの二つか。一つはどうにかなりそうだけど、もう一つが難しそうだ。


「はぁ。陛下も無茶を言う······」


 兵士達の配置を頭の中に記憶しながら、殿下の部屋へと赴く。


 ──コンコンコン──


「シェイグランドです。ただいま参上いたしました」

『入ってくれ』


 陛下の声が返ってきて、中へ入る。

 部屋の中には陛下と、庶民風の服に身を包んだディゲル殿下のお二人が居た。


「おはようございます、陛下、殿下」

「うむ。ご苦労だなシェイグランド卿。用意はいいか?」

「はい。ここへ来るまでの警備体制を拝見いたしましたが、何とかなるかと」

「おお、頼もしいな。まあ、本来なら褒めるとこではないのだろうが」


 あんたの指図でしょうが。


「よし。ではな、ディゲル。上手くやるのだぞ」

「父上、本当にこんな事をするのですか?」


 すんごく嫌そうな顔をして陛下を見上げる殿下。背中にはこれまた旅人用のリュックを背負ってるけど、サイズが合ってないのか肩からずりずりと落ちかけてる。


「うぅ、部屋に引きこもってれば済む話でしょうに······」

「帝国男児がつべこべ抜かすな!」


 渇と共に殿下の頭の上に落ちるファザー拳。ポコッとディゲル殿下の頭が沈む。


「いった?!」

「ディゲルっ! 帝国の男子に生まれたからには多少の荒事や理不尽には黙って耐えねばならん! 何時までも弱音を吐くな! 男子ならば常に戦場に身を置くのと同じ心構えでいろ!」

「わ、分かりましたよ、父上······」


 大変そう。男の子は男の子で苦労があるようだ。


「さて。ではシェイグランド卿。私は一足先に出ていく。私が去った後なら警備の人数も多少は減るし、少しは警戒も薄まるだろう」

「はい。では後はお任せを。出来るだけ頑張ります」

「うむ」


 部屋のドアに手を掛けた陛下が振り返る。


「そうそう。()()()の名前なのだが、カッツェにした。これからはそう呼びなさい」

「カッツェ。分かりました」

「それでは頼んだぞ、シェイグランド卿」


 最後まで言いたい事だけ言って、陛下は出ていかれた。



 部屋には私とディゲル殿下ことカッツェの二人が残された。


「······」

「······」


 うーん。

 気まずい。


「あー、殿下。なんか変な話になってしまいましたが、これから頑張りましょうね」

「······はぁー············シェイグランド卿。君は本当にこんな馬鹿らしい芝居をやる気なのか?」


 円らな瞳が歪んで、泣き顔みたい。


「どう考えてもバカバカしいのだが······」

「そこは私も否定はしませんが、皇帝陛下のご命令です。断る訳にもいかないでしょう?」

「まあ、それもそうか······」


 また大きなため息を吐いてから、殿下は諦めたように言った。


「愚痴ばかり言っても仕方あるまい。行くか、シェイグランド卿」

「はい。あー、殿下?」

「何だ?」

「これからしばらく、私達は姉弟という関係です。まあ、お芝居ですが。それなのに堅苦しくシェイグランド卿だの、殿下だの呼ぶ訳にはまいりません。今の内に互いの呼び方を決めておきましょう」

「そこまでするのか」


 心底嫌そうな殿下。気持ちは分かるけど、そんな顔したってしょうがないじゃん。


「私は殿下の事をカッツェと呼び捨てにします。どうかご了承下さい」

「なら、俺は君の事を何と呼べばいい?」

「そうですね······」


 改めて殿下を見る。

 私のヘソ辺りくらいの位置にある丸い頭。ふんわりとした紺青の髪はキノコみたい。

 まだ女の子と見境ないふくらからなほっぺ、くりんとした目。華奢な体。


 これがあの殿下とは。見た目だけなら飢えた狼みたくオラオラなあの皇太子とは。


 今はどう見てもか弱い要保護対象の小動物ではないかー。


「······お姉さまとお呼びなさい」

「は、はあっ?」


 目をまん丸にして口をぽかんと開ける殿下。そしてすぐに困惑顔。


「お、お姉さま?」

「はい。いや、そうよ。弟なんだからちゃんと敬いなさい、カッツェ」

「え、ええっ?!」


 ますます混乱する殿下だったが、すぐに怒ったような顔になった。


「ぶ、無礼だぞ! 俺を誰だと思ってるんだ!」

「エリー・シェイグランドの弟、カッツェ・シェイグランドでしょ? 駄目よカッツェ。お姉さまにそんな口を利いちゃ~」

「ぐっ?! お前っ、調子に乗ってるな!?」

「こらっ! お姉さまに『お前』なんて言っちゃ駄目でしょっ! めっ! お尻ペンペンするわよ!」

「な、何だよっ、怒るなよっ。分かったよ、それでいいよ」


 ちょいと聖女のオーラを出したら殿下は怯えたように上目遣いになった。うーん。何て言うか、すごくイケナイ事してる気分。


「はい、よろしい。てな感じで、人前ではこのように接していきますね殿下」

「あ、ああ。そうか、今のは芝居か······。迫真の演技だったぞシェイグランド卿。しかし、お姉さまなんて呼ばないからな!」

「なら、何と呼ぶのです?」

「······姉貴」

「品が無いから却下です」

「何でだよ!?」


『姉貴~』なんて呼ばれてもグッとこないからです。


「じゃ、じゃあ、姉ちゃん」

「う~ん。悪くないけど、妹の小憎たらしい顔が浮かんでくるし、ゴロツキが絡んでくる時の呼び方だから却下」

「何だよそれ! なら、もう姉さんしか残ってないぞ?!」

「えー。やっぱお姉さまが良いですね~」

「却下だ! 絶対呼ばないからな!」

「むむぅ。仕方ないですね。ならそれで妥協いたしましょう」


 まあ、お姉さまなんて呼び方させてたら、それはそれで周りから怪しまれそうだし、ここは無難にしておこう。


「それじゃあ殿下。まずはここからの脱出です。昨日陛下が言われたように殿下は誰の目にもつかないように脱出する必要があります。一応ルートは考えてありますが、確実に抜け出すためには殿下の協力も必要です。私の指示に従ってくださいね?」

「ああ、分かったよ。シェイグランド卿」

「······お姉さまと呼びなさい」

「今は別にいいだろ?! というか、それは断る!」


 ちっ。




 ──ガチャッ······──


「······」


 ドアからそっと外を伺う。左へ行った所には兵士が二人哨戒している。


「······よし」


 後ろへ振り返り、こちらを見上げるちんちくりん殿下へ頷く。


「では、殿下。先ほどの手筈通り、私が出たらすぐに右側へ行って下さい」

「お、おう」


 この部屋の前の廊下は左右に二十歩分ずつ伸びており、左には兵士達。こちらを見てはいないが、この兵士達の前を通らなければ出る事は出来ない。


 そして、右側に行って突き当たりを曲がれば陛下の居られる玉座などに繋がる通路へと繋がるけど、当然そっちはさらに突破は困難だ。

 しかし、その前に。廊下の突き当たりには通気孔がある。

 これがミソだ。


「行きますよ。3、2、1······」


 脱獄スタート。




お疲れ様です。次話に続きます。

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