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四話 突拍子もない提案

 



 ──皇帝陛下の書斎にて──


「困った。非常に困った······」


 と、陛下が言われるのも無理はない。ゆくゆくはご自身の後を継がれる子息がいきなり子供に戻ってしまったのだから。

 まあ、でも。いきなりお爺ちゃんになっちゃって父親である陛下より老いちゃったーとかじゃなかった分、まだマシなんじゃなかろうか。


 そんなとてつもなく下らない事を私が考えている間にも、陛下はうんうんと唸っていた。


「しばらく影武者を立てておくとしてだ。問題なのは何故このようになってしまったのかという原因と、元に戻す方法だ」


 陛下がこちらを見る。


「シェイグランド卿、何か分かった事は?」

「申し訳ありません。まだ参考文献を集めている段階でして、現時点では何も申し上げる事は······」


 異常事態なのは間違いないが、流石に特殊な事件なので、魔法や呪いによる幼児退行化現象だと私達は睨んでいる。

 大人が子供になってしまうという話は聞いた事ないけど、老いた人間がかなり若返ったという事例はいくつかある。

 特に、禁忌術などの外法とされる手段での例が多い。故に、禁忌術を取り締まる教団なら過去の事例の詳しい記録を持っているはずなので、今はそれをお取り寄せ中なのだ。


「教団には古今東西のあらゆる秘術や怪奇現象などの記録を管理している書庫がございます。そこから類似した例の記録を探して送ってもらう予定です」

「そうか。どのくらいで届く?」

「早ければ七日か十日。しかし、一ヶ月かかる事もあるかもしれません」

「そうか······。とにかく、その間どうするかが先決か」


 当のディゲル殿下は、陛下の隣にちょこんと座りブスっと不貞腐れている。

 不機嫌になる気持ちは分かるけど、その不貞腐れ顔は面白いので控えて欲しい。くりくりと可愛いお目目とふっくらしたほっぺで、木イチゴを乗せた焼きたてパンみたいなんだもん。


 おっと、また笑ってしまう。ここは真面目に聖女しとかないと。


「困ったな。どうなるかは分からんが、少なくとも今すぐどうにかなる問題ではないのはハッキリした。それまでディゲルをどうするかだな······」

「どうする、と言うと?」

「この姿を他の者に見られるわけにもいかん。かと言って、長く人前に出なくなれば重い病にかかったのかと勘ぐられる。そうなっては良からぬ事を企む輩が現れるかもしれんからな。それはそれで問題だ」


 陛下はご自身の考えを語られた。


 まず、変な噂が立ったり騒ぎにならないように、当分の間は影武者が代わりを務める。


「となれば、皇太子はこのままここに普通に暮らす訳にもいかん」


 その間、こっちのちっこい殿下こと本物さんは、別人の一人の男の子として過ごさねばならない。と言うのだ。


 かと言って、皇族の居住区にある他の部屋に居させるのもマズイ。もし、誰かに見られたら──


『えっ、誰あの子。あんな男の子居たっけ? はっ!? もしかして皇帝の隠し子?! 次期皇帝には秘密の弟が居た?! これは相続争いに使えるぞー! ヒャーッ! 反ディゲル派を集めろー! 現皇太子を排斥して弟様を王座につけるのだー! 革命だーっ!』


 なんていう事にもなりかねない。それを発端に内乱となり、その綻びから他国の侵略を許し──という飛躍したような話も決して無いとは言えない。


 そんな感じで、本物殿下にはしばらく皇帝一家から離れて暮らして欲しいのだけど······。


「城の外に放り出す訳にもいかんからな」


 かと言って、城内に良い隠れ蓑も無いから陛下は困っておられるのだ。



「シェイグランド卿。何か良い案は無いか?」

「と言われましても······誰か信頼のおける人物に事情を話し、預かってもらうのはいかがでしょう?」

「うむ。私もそう考えてはいるのだ。しかし、問題なのはそんな人間が居ないのだ。太子はこの帝国の命運を握ってる男。それが無防備な状態になっている事を承知で、余計な野心を持たないでくれる人間が居るだろうか。政治的に利用しようとする者も現れるだろう。しかし、私と綿密に連絡を取り合うためにはある程度の権限なども欲しい。さらには、もし誰かがこの事を嗅ぎ付けて暗殺者を送ってきたとしても、その凶刃から太子を護れるだけの実力を持った者でなければ。あと、出来るならこの事実を既に知ってる者に限りたい······」

「なるほど、つまり──」


 要約するならば。


「『皇族、あるいは帝国の中枢に関係のないポジションにいつつも城内を自由に歩き回れる人間で、かつ殿下のボディガードを務められる実力の持ち主で、この事件を既に知ってる人がベスト』という訳ですね?」

「そうなのだ。ふーむ。誰かそんな人間が居ないだろうか······」

「いやー、難しいんじゃないですか? だって、城内の重要なエリアを皇族や大臣以外で自由に行き来出来るのって、執事さんか私くらいですし、どんな相手でも大体倒せる実力の持ち主って騎士団長か私くらいですし、この件を知ってる他人って主治医か私くらいですし」

「······」

「······」


 陛下の目と私の目が合った。


「············」

「············」


 あ、これ、マズイ。


「で、では。私も良い知恵が出ませんのでこの辺で失礼いたします」

「待て、シェイグランド卿」


 陛下のキラキラした眼差しが注がれていた。


「居るではないか。全ての条件をクリア出来る人物が」

「エ、エーっ、ホントデスカ? イヤー、ソレハ凄イ人モ居タモノデスネー。では、私はもう用無しという事で······」

「そなただ」


 ええ、でしょうね!自分で勝手に墓穴掘った自覚はありますよ!


 もちろん、お断りだ。だって面倒くさそうなんだもん。


「い、いえ。あの、陛下。私はあくまで教団から派遣されているしがない一人のシスターでありまして······」

「シスターではなく聖女だろう。我が帝国の派閥などに一切関係なく、しかもその実力は我が帝国でも三指に入る程。それに、最初の発見者であり、現在進行形で原因調査に当たってる人物。素晴らしい! 何もかもピッタリではないか!」


 陛下。不敬な私をお許しください。馬鹿ですか?


「あのー、陛下? 確かに先程の条件には当てはまるかもしれませんが、私も聖女として色々と多忙な身でございまして······」

「聖王の手紙には『すぐサボろうとするので気をつけて。きっと何時も暇してます』と書かれていたぞ」


 まさかの裏切り。おのれ聖王め。


「それに、皇族専用の聖堂なら部外者が立ち入るのも難しいし、居住ペースは十分に余ってるはずだ。太子がしばらく生活するのにも不便はない。うむっ! 素晴らしい! 何もかもピタリと好都合ではないか!」

「ちょ、ちょっとお待ちください。ディゲル殿下を聖堂に住まわせる気ですか?」

「話を聞いていなかったのか? 太子はしばらくどこかで過ごさねばならないのだから当然だろう。聖堂ならそなたも寝泊まりしておるから下手に手を出す者も居ないであろう」


 いや、そういう問題じゃなくて。


「えっとー。と言う事はもう一人くらい誰かお付きの人間が殿下と共にやってくると考えればよろしいので?」

「いや。ボディガード兼世話役をそなたに引き受けてもらいたいのだ」

「なっ!? 父上っ、本気ですか? いくら聖女とは言え、まだ会って日も浅い女と一緒に暮らせと言われるのですか?!」


 言い方はアレだけど、その通り。ディゲル殿下、もっと言ってやって!


「ディゲルよ、お前ももう子供ではないのだ」


 子供ですけど。


「お前には敵が多いのだ。そして信頼出来る人間も少ない。今はこれが最善の手なのだ」

「しかしっ、それを言うならシェイグランド卿はまだここに来て一ヶ月の部外者です! そんな人間こそ信用なんて出来ないでしょう?」


 なんか私が悪者みたく聞こえる言われようだけど、ごもっとも。


「いや。前評判とここ一ヶ月のシェイグランド卿を見て確信したのだが、彼女は良くも悪くも世俗に無関心だ。正直言って我が帝国がどうなろうともあまり興味無いだろう。おそらく、そんな事よりもその日の夕食のメニューの方が大事なタイプの人間だろう。そんないい加減さこそ聖女の素質なのかもしれないが。つまり、お前に危害を加える人物ではない」


 たった一ヶ月で私の何をどう計ったのか気になるところであるけど······これは褒められてるのか貶されてるのかどっちだ?


 いや、そんな事より。


「陛下、当の殿下は嫌がっておられますが······」

「嫌でも仕方あるまい。これこそ最善の手だ」


 陛下が殿下に体を向ける。


「よいな、ディゲル」

「で、でもっ、でもー······」


 ふるふると首を横に振るディゲル殿下。

 なんなんだその仕草は、中身大人でしょうっ、あざとい男子かっ、可愛いか! あ~、涙なんか浮かべちゃって~、泣かないのっ! まったく、まったくけしからん!


「さて、一つ問題がある」


 問題部分の九割を切除した陛下の発言。


「太子をシェイグランド卿の元に預けるのは良いとして、問題はその名目だ」

「名目?」

「皇族専用の聖堂にいきなり見知らぬ子供が住み着き始めたら、どちらにせよ怪しまれるだろう。それこそ、隠し子なのでは?と噂されるかもしれん。それでは本末転倒だ」


 そこで、ディゲル殿下を全くの別人として扱う必要がある。つまり、身分を偽装して周囲に認知させる。陛下はそう言われた。


「ふーむ。流石に聖堂の管理人、というには若すぎるな。かと言って神父という訳にもいくまい。従者というにも幼すぎる。困ったものだ······シェイグランド卿、何か良い案は無いだろうか」

「え。えーっと、この話をそもそも白紙に戻すという案は──」

「却下だ」


 ですよねー。


「そうですねぇ。たしかに、どんな役割を与えても幼すぎますね。仕事をさせる訳にもいきませんし······」

「俺は反対だ! 父上、今一度お考え直しを!」

「太子、黙っておれ」

「俺はシェイグランド卿の事が信用出来ないんだ~」


 何か恨み買うような事しましたかね?あっ、シーツ剥ぎ取っちゃったね。あれかあ。


「大体、シェイグランド卿は酒乱の聖女なのだろう? 俺はそんな人間の世話なんかしたくない」


 お世話するのは私なんですけど。まったく、何て可愛げのない。


「はぁ。弟とか居たらこんな生意気な感じなんだろうなぁ······」

「は?」

「あっ」


 あ、しまった。つい心の呟きが。これは失言極まりない。


「あ、す、すみません殿下。今のは何と言いますか······」

「それだ······」

「はい?」


 途端に、陛下が目を輝かせて立ち上がった。


「それだっ!!」




お疲れ様です。次話に続きます。

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