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三十話 空に鐘の音は響いて

 




「なるほどのう。そうか、ギャレット卿か。懐かしいな」


 ゆっくりとお茶を囲いながら、私は事のあらまし、そして事件の真相を陛下に事細かに話した。


 話が終わると、皇帝陛下は感慨深そうに頷いた。


「確かに、彼女もシェイグランド卿とはまた違った変わり者ではあったな。しかし、聖女の務めはいたって真面目だったし、まさか霊魂が呪いになってしまうとは思わなかった」

「俺はその変態女のお陰であんな目に遇ったのか······」


 どこか懐かしそうな陛下。そして呆然と遠い目を虚ろに漂わせる殿下。


「しかし、流石はシェイグランド卿だ。よくぞ真相を突き止め解決してくれた。私からも礼を言わせてくれ」

「いえ、恐れ多いです」


 事件は終わった。元凶となったドロシア先生も今頃は天国でよろしくやっているだろう。


「ところでだシェイグランド卿。カッツェ──いや、ディゲルと暮らしてみてどうだった?」

「え? どう、とは?」

「そのまんまの意味だ。どんな感じだった?」

「······そうですね」


 この短い期間でも分かった事は──


「我が儘ですね」

「ぬっ······」

「図々しい」

「なっ······」

「それに負けず嫌い」

「ふん······」

「でも意外に打たれ弱いような?」

「うっ······」

「まあ、何と言うか。なかなか大変な日々でしたね」

「こ、こらエリー!」


 耐えかねたのか殿下が怒ってるのか恥ずかしがってるのか、顔を赤くして声を上げた。


「もっと遠慮したらどうだ? 大体、俺は子供になっていたのだから、多少の未熟は致し方無いだろう?」

「でも、事実ですしー」

「ぬぐっ······」

「あとはそうですねぇ」

「まだあるのか?」


 でも······。


「可愛いところもあるんだなって思いました」

「え?」

「ほう?」


 私はこの数日間を思い出してちょっと笑ってしまった。


「殿下ったら、私に料理を振る舞ってくださったんですが、それがひどいんですよ? 私の好みなんかちっとも気にしないで『帝国男子の料理だ~』とか言って自分の好みを押し付けてきたんです」

「あ、あれは謝っただろ?」

「はい。で、その後にお花を持ってきてくれたんです。それで、ごめんなさいって素直に言ってくださって······なんだか、そういうところは男らしくて、それでいて可愛いなって」

「ほー······」


 それまでニヤニヤと話を聞いていた皇帝陛下が急に真面目な顔になった。


「シェイグランド卿」

「はい」

「今回の件を解決してくれた褒美に関してなのだが、何か望みの物はあるか?」

「あ、いえ。先ほど殿下にも聞かれたのですが、特には······」


 そう素直に答えると、陛下は何故か安心したように明るく笑った。


「そうかそうか。それならば──」


 ニコッと笑顔。


「よければディゲルをやろうと思うのだが?」

「「······は?」」


 殿下と声がハモった。


「え? はい???」

「うむ。シェイグランド卿さえ良ければの話なんだがな、こんなのでもこの帝国の次期皇帝だ。伴侶としては悪くない相手だと思うがどうだろうか?」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って下さい父上! いきなり何を言われているのですか?!」


 殿下が焦ったように言う。


「それはつまり、エリー······シェイグランド卿と婚約しろという事ですか?!」

「なんだ、不服か?」

「い、いえ。不服なんて事はない、のですが······」

「ふむ。では、シェイグランド卿はどうだろう?」


 陛下が私に向き直る。


「卿はどう考えられる?」

「······大変光栄な話ではあります」

「おおっ。では──」

「しかし、お断りさせて頂きます」

「え······」


 隣で殿下の息を飲む声がした。

 皇帝陛下は静かに私を見て聞いた。


「ディゲルでは不足かね?」

「不足だなんてとんでもありません」

「ふむ。それなら聖女の立場として結婚は出来ない。というとこか?」

「そうでもありません。教団は、教団の儀式の下に結ばれる結婚なら例え枢機卿であっても認めております」

「それなら、何が問題かね?」

「ご存知のように私の出身は片田舎の領主です。そんな家柄の娘が、次期皇帝であられるディゲル殿下の婚約者なんて、とても······」


 これはへりくだりでも謙遜でもなく本心だ。


 ハッキリ言って、私と殿下では身分に差がありすぎる。とてもじゃないが釣り合わない。

 この広い帝国には、私なんかよりもずっと相応しい相手が星のように居るはずだ。


「······しかし、ディゲルの事は嫌ではないのだろう?」

「それは············その、はい······」


 嫌い、ではない。

 むしろ······。


「ふむ。それなら案ずるなシェイグランド卿」


 皇帝陛下の優しい声がした。


「現皇帝である私が良いと言ってるのだ。いや、そうではない。ぜひともとお願いしているのだ」


 そう言って、そっと私の肩に手を置いた。


「もちろん、何より大事なのはそなたの気持ち、だがな」

「陛下······」

「それで? どうするのだディゲルよ」


 陛下が真顔になって殿下へと向き直った。


「お前はどうなんだ? シェイグランド卿では不足か?」

「い、いえ、不足なんて事はもちろんありませんが······」

「なら婚約に同意するのだな?」

「そ、それはしかし、流石に時期尚早というか、話が唐突過ぎるのでは······」

「歯切れの悪い男だ。それでも帝国男子か」


 陛下は眉をしかめて、こう言われた。


「ならばよい。シェイグランド卿には私の方から良い相手を探す」

「えっ?」

「お前がそこまで望んでいないのなら強制するつもりなどない。卿には私の方から感謝の意を込めて相応しい相手を探す。彼女を幸せにしてくれるであろう、立派な男をな」

「ち、父上?! な、何を······」

「お前にはもう関係のない話だ。黙っていなさい。そうだな、とりあえず有力貴族の年頃の男子達を集めてお見合いでも開いてだな──」

「っ!!」


 ──ダンッ──


 勢いよく立ち上がったディゲル殿下。私は思わずびっくりして腰を浮かした。


「そんな事断じて認めません! エリーをお見合いだなんて!」

「ほーう、ならどうする?」

「っ!」


 殿下がキッとこっちを向いたかと思うと、次の瞬間には肩に腕を回され、グッと引き寄せられた。

 その力強さに私は抵抗なく、彼の腰辺りにポスっとくっついた。


「俺が貰います!!」

「え?」

「ほほう? 貰うとは?」

「っ、俺がエリーと婚約します! いやっ、なんなら今すぐにでも結婚します!」

「で、殿下?」


 何を急に······。


「だから、父上は手出し無用! エリーの事には一切口出ししないでいただきたい!」


 怒鳴りつけるようなその言葉に私は耳を疑った。

 いくら父親とは言え、相手は絶対皇帝。

 それに喧嘩を売るかのような荒々しい物言い。


 私は次に陛下がどんな恐ろしい事を言い出すか、背筋がひやりとした。


「······はっはっはっはっはっ!! よく言ったディゲル! それでこそ帝国男子! 我が息子だ!」


 しかし、返ってきたのは陛下の愉快そうな、豪快な笑いであった。


「まったく、最後まで手を焼かせおって。出来の悪い息子を持つと苦労する。さて······」


 皇帝陛下は改めて私の方へ目を向けた。


「どうかなシェイグランド卿。息子もこう言ってる。普段はそこまで欲しい物を言わん男なのだが、かなり熱心なようだ。後はそなたの返答次第だが」

「え、えっと······」

「······」


 肩に掛けられた殿下の手にぐっと力がこもる。


「あ、あの。もし殿下がよろしいのであれば······」

「決まりだな」


 陛下がホロッと満面の笑みを浮かべる。


「それではディゲル。そしてエリーよ。二人の正式な婚約を認めよう。書面だのの面倒な事は私が手筈しておく。そうそう、エリーの実家にも手紙を出してやらんとな」

「······」


 私はただ、言葉も発せずにパチパチと目を瞬く事しか出来なかった。


 でも、そんな呆然とした中、私がハッキリと意識出来たのは、熱を帯びたような殿下の手の感触だった。


「それじゃあ、後は若い者達に任せるか。おお、そうだ。二人で今の内にお祈りにでも行きなさい。短いとは言え、共に過ごした思い出の場所にな」


 陛下は最後まで豪快に笑っていた。











 ディゲル殿下と二人で聖堂の庭へとやってきた。

 部屋を出てからほとんど会話する事もなく、フラフラと導かれるようにやってきたのだ。


「······」

「······」


 私は殿下の方をロクに見る事も出来ずにいた。


「············あー、エリー。その······」


 ややして、殿下が口火を切った。


「すまなかった。親父はいつもああいう強引なとこがあって」

「あ、はい。その、なんとなく知ってましたから」

「······嫌じゃなかったか?」

「え?」


 そっと見上げると、殿下は気遣わしげな表情をして私を見ていた。


「なんだか無理やり婚約させてしまったようで······」

「い、いえ。私は大丈夫です······。それより、殿下こそ嫌ではありませんか?」

「そんな事はない。むしろ、俺は未だ信じられないくらい嬉しいよ」


 自分の心臓が少し大きくなったような気がした。


「悔しいが、親父に助けられた。あれじゃあ自分で言った事にならない。だから、改めて言わせてくれ」


 目をスッと細め、殿下がそっと歩き出す。私の手を引いて。


「もっと君と一緒に居たい。他ならない俺の意思で。その中で俺という人間を君にもっと知って欲しい。俺ももっと君を知りたい」

「殿下······」

「······エリー」


 殿下が立ち止まり、私に正面から向き合った。私達の隣には天使像が立ち、見守っていた。


 真っ直ぐな瞳が降り注いできた。


「さっきの俺の言葉に偽りはない。婚約は嬉しいし、今すぐ結婚しろと言われても躊躇いはない。けど、何よりも君の気持ちを尊重したい」


 殿下の静かな表情。初めて見た顔。


「会って間もない俺の事なんかよく分からないと思う。だから、しばらく一緒に居て見定めてくれ。俺が······本当に君に足りる人間かどうかを」

「······ふふふ」

「? な、何か変な事言ったか?」

「いえ、すみません。でも、その点なら心配ないかも」

「?」

「だって、私はあのカッツェをずっと面倒みてきたんですよ? 我が儘も、ちょっとお馬鹿なとこも、良いところも。けっこう分かったつもりです」


 殿下は驚いたように目を丸くしたが、その後は耳たぶまで赤くして恥ずかしがった。


「あ、あれは俺の黒歴史なんだ。基準にされても困る」

「そうですか?」

「ああ、そうだ」


 殿下の表情がキリっと引き締まった。


「カッツェではなく、ディゲルとして君に知ってもらおう。俺という人間を。そして······」


 殿下はスッと視線をどこかに向けた。

 つられて私も向いてみると、そこには小さな花があった。

 二人で植えた、名もなき花。


「あの花が、この庭いっぱいに咲き誇るくらいまで一緒に居たい。君の側で、ね」

「殿下」

「ディゲルと呼んでくれ」


 大きな腕が、私の背中に回って、そのまま殿下の胸の中に包まれた。

 優しい笑顔がおでこにコツンっとぶつかった。


「エリー。好きだ」

「!」

「もう少し。こうしてていいかい?」

「······はい。殿下······いえ、ディゲル······」


 私達は言葉もなく、しばらくそうやってお互いの温もりを交換しあった。


 何も言わなくても、それだけでお互いの気持ちがよく伝わるような。そんなふんわりとした気持ちになった。



 鐘の音が頭の上でコーンっ、コーンっと鳴り響いていた。










 ────おしまい────




お疲れ様でした。これにて終わりとなります。

最後までご愛読くださり、ありがとうございます。


本当は十話くらいでサッパリ終わる話になる予定だったのですが、なんやかんやと長引いてしまい、想像以上にカロリーを消費する作品となってしまいました。


私個人の『ちょっとだらしないけど優しい女性主人公が書きたい』という欲が少し発散されたので、楽しく書く事が出来ました。


もし楽しんで頂けたなら幸いです。


よろしければ、最後にこの作品の評価をして頂けると、今後の活動の大変な励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします。


またどこかでお会い出来れば幸いです。

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