二十九話 騒がしい朝に
朝。
「ふぁ~あ~······あー······」
今日は一段と眠い。昨日はなかなか寝つけなかったから。
まさかの先輩聖女を無事に天へと送ったのはいいけど、誰にも見られないように深夜にやったし後片付けとかでも時間かかったし、『人間っていろいろあるなぁ』なんて感慨に浸っていたら眠るのがさらに遅くなったのだ。
「······まあ、でもこれで今日からはゆっくり出来るでしょう
『うおおおおおおおおおおおっ!!?』
疲れが溜まってるのか、今日の鐘の音がずいぶん変な音に聞こえる。
まるで男性の雄叫びか何かのように──
──バタバタバタバタッ、バダーンッ──
「やったぞエリー!! 元に戻ったぞー!!」
「へ······」
静かな朝の寝室。そのドアを蹴破るようにして飛び込んできたのはカッツェ──ではなく、それが大人へと成長した正真正銘のディゲル殿下であった。
あの可愛らしい顔はすっかり変わり、凛々しく精悍。シャープで力強い目元。細くもしっかりとした頬の骨格。まるで肉食動物のような攻撃的な雰囲気。野性的でありながら、美しさもある整った顔立ち。
折れそうなくらいに細かった腕も足も、今では逞しく膨れ上がり、筋肉の筋が脈打っている。
胸やお腹も、薄い皮一枚の下でしなやかな鋼が蠢いているようだ。
なぜ、そんな人様の筋肉の様子まで見えるのかって?
それは──
「朝起きたら元に戻っていたんだ! やったぞエリー!! これで俺の苦難も終わりだな!」
「······殿下」
「ん? なんだ?」
「その、前を隠して頂けませんか? 目のやり場に困ります······」
「············あ」
そう。
殿下は生まれたそのままの姿。スッポンポンで現れたのだ。首や腕に千切れた衣服の破片のような物が着いているのみ。
「~~っ!? い、いや、これはそのっ! ち、違うんだエリー! あまりの嬉しさに俺はついっ······!」
「わ、分かりましたから、早く何か着てくださいっ······」
「エリー様、さっきの声······は······?」
「「あ」」
と、そこへ。
騒ぎを聞きつけたのか、エマがひょこっと現れた。
「······」
「シ、シスターエマ、おはよう。その、俺の話を聞いて──」
「き、き、き······きゃあああああー!?」
しごく妥当な悲鳴がビリビリと部屋から廊下まで響き渡った。
「ど、どうした、シスターエマっ、何事だ?! ぬあっ!? な、な、何だこの不審者は?!」
「ビショップ司教っ、落ち着いて聞いてくれ!」
「エマっ、すぐに衛兵を呼んで来なさい! おおっ、シェイグランド卿っ、無事ですか!?」
「誰かーっ! 兵士の方ーっ!! 変態がー!!」
「ま、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」
「動くな変態め!! シェイグランド卿に何をした!?」
「俺は変態じゃない! 皇太子ディゲルだ!」
「戯れ言を抜かすな! どこの世に聖女の部屋に裸で喚く皇太子が居る!」
「ま、待ってくれ! あ、そうだ! 俺だっ、カッツェなんだ!」
「世迷い言を言うな!」
「司教ー! 兵士を連れて来ましたー!」
「なあっ!? こ、こんな姿を兵士らに見られたら俺の威厳がっ······!」
それからの事はあまりにもカオスな事になったんで、あんましよく覚えていない。
とりあえず、その後は裸のディゲル殿下を皇帝陛下が迎えに来て、皆に『詳しくはまた話す。心配するでない』と諭して事なきを得た。
「シェイグランド卿、明日改めて礼と話をさせてくれ」
そう陛下に言いつけられて、私達は(というよりエマとビショップが)絶賛混乱のままお開きとなった。
その後。私はエマとビショップ二人に事の大雑把な粗筋を話したのだけれど、二人はもはや言葉を失い、最後には青ざめて寝込んでしまったので、私は看病するのに大変な一日となった。
そして翌日。
──コツ、コツ、コツ、コツ──
朝一番に兵士から呼び出しの伝言を受けた私はディゲル殿下の部屋へと向かった。
向かう途中、そこらで警備してる兵士達にこぞって声を掛けられた。
「あっ、シェイグランド卿! おはようございます!」
「おはようございます」
「聖女様っ! 話は聞きました! 子供になってしまった殿下を元に戻したとか! やっぱ凄いんすね!」
「何時もはのほほんとしてるのに、やる時はやる!」
「しかも前代未聞の難事件を短期間で解決!」
「不良聖女どころか、史上最高の聖女だ!」
「あははは······ども~」
別に私はほとんど何もしてなくて、ほぼ自然消滅したような事件だったんだけどね。
次々に囃し立てる兵士達に相づちを打ちながら、私は殿下の部屋の前に辿り着いた。
──コンコンコン──
「失礼します、殿下」
『ああ、入ってくれ』
返ってきたのは少し低い、大人の声。
中に入ると、前に来た時と同じく、明るくて柔らかい、上質な空間が私を迎えた。
その部屋の窓際。朝の光がくべられた窓際に椅子を置き、ゆったりと座るディゲル殿下の姿があった。
その姿は紛れもなく、ちゃんとした皇太子ディゲル殿下そのもので、不思議なことに以前よりも大人びて見えた。
「よく来てくれたエリー」
殿下は落ち着いた様子で言い、小さく笑んだ。
「まずは礼を言わせてくれ。今回は本当に世話になった。ありがとう」
「いえ、お役に立てたなら良かったです」
「君にはどんな褒美を与えても、俺のこの感謝を伝えきる事は出来ないだろうが、望みの物があるなら言ってくれ。用意してみせる」
「あ、いえいえ。そんな気にしなくていいのに」
ついラフな言い方になってしまい、慌てて口を押さえる。もうカッツェではないのだ。
「コホン。失礼。お気になさらないで下さい殿下。これも聖女の務めです」
本当はお酒を好きなだけお願いしたいけど、たちまち噂になってエマ達から大目玉を食らうのは目に見えているので止めとこう。
「······いや、しかし本当に世話になった」
殿下はにっこり笑ってから静かに立ち上がった。スッと光の中に立つ姿は研ぎ澄まされた剣のよう。こうやって改めて大人の姿を見るとスタイルが良い。
あのちんちくりんが何を食べればこうなるのだろうか。
「エリー。君には感謝している。これは本心からの言葉だ」
「いえいえ······」
「しかし、だ」
スッ······。
ニコニコ笑顔のまま、殿下が一歩こちらへ踏み出す。
「同時に、どうしても話しておかなければならない事もある」
「あ、あのー。殿下?」
心なしか笑顔がひきつっておられるような?というか、口の端からは怒りの牙が剥き出しにされてるような?
「俺が非力になったのを良い事に、半ば職権乱用のようなやり方であれこれやらしたり、脅したり、挙げ句には尻を叩いてくれた事もあったな?」
ゆっくりと一歩ずつ近づいてくる殿下。
ジリジリと迫る笑顔に、思わず私もスススっと後ずさった。
「え、えっと~、あったような、無かったような~? あ、あれです。私もお酒を飲んでいたので記憶が曖昧で~······」
「そうかそうか。それは仕方ない。そういうところも君らしいしな」
──トッ──
あ。
いつの間にやら壁に追い込まれていたようだ。背中が壁に当たった。
──ドン──
「エリ~?」
逃げ道を塞ぐように、殿下の手が私の顔の横に打ち込まれて壁に突き刺さる。
「今の俺はもう非力な子供じゃないぞ~? さあて、どう落とし前をつけてもらおうか?」
「あ~、いや~、その~······」
顔が近い。というか、やっぱり殿下大きい。まるで熊かライオンにのし掛かられてるかのような圧迫感。
ちょっと怖いかも······。
「あ、あの~。私もほら、けっこう振り回されたりもしたし、そこはおあいこって事には?」
「······」
「ゆ、許してほしいなカッツェ? ね?」
ダメ元で誤魔化し笑いをしてみせると、殿下は困ったような表情を浮かべた。
「その名前で呼ばれると調子狂うな······」
「そうですよっ、カッツェ! めっ!」
「調子に乗るな」
カッツェ攻撃で押しきろうとしたけど、あっさり躱され、殿下の指先がコツっとおでこに当たった。
「でも、まあ······逆に言えば君は表裏なく俺の事を本当に面倒見てくれた。下心もなく、邪心もなく」
「え?」
「······感謝してる」
「······」
「エリー······」
「殿下······」
あれ? なんかやけに体がむず痒いような······。何だか心臓の音が速く······。
と、何とも言えない気分に戸惑っていると、ドアが勢いよく開けられる音がした。
「ディゲルよ、シェイグランド卿は来た、か······?」
「「あ······」」
「お?」
部屋に勇んで入ってきたのは皇帝陛下で、私達を見るや目を丸くした。と思いきや、ニヤ~っと意味ありげに笑った。
「ほほ~? お邪魔だったかな?」
「い、いえっ、父上。これは何と言うか······」
「あ、お、おはようございます皇帝陛下」
「うむうむ。まあ二人ともそこに座りなさい。詳しい話をまだ聞かせてもらってないからの」
気まずい空気を、陛下がお茶濁ししてくれた。
私達はテーブルに三人で着いて、直ぐに温かいお茶とお菓子が運び込まれ、ちょっとしたお茶会の始まりとなった。
お疲れ様です。次話に続きます。




