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二十八話 夜中の聖堂で……

 




「············」



 ──パタン──


「なるほど······」


 教団から送られてきた手紙と、依頼した短い資料を閉じて、私は天井を睨んだ。


「やっぱり──」










 朝。

 鐘がなる前。


「ふあーあ······さて、今日も······って、あれ?!」


 台所で野菜を洗っていたら、入り口から驚いた声がした。


「エ、エリー様?!」

「おはよう、エマ」

「お、おはようございます······って、ど、ど······」


 血相を変えて駆け寄ってくるエマ。


「どうされたんですかっ、エリー様!? ど、どこか具合でも悪いんですか?!」

「私って普段どんな目で見られてるのか、よく理解したよ」


 まったくもう。


 今日はいよいよ大事な日になるかもしんないって言うのに。









「いや~、長生きはしてみるものですなあ。まさかシェグランド卿が我々よりも早くに起きて、しかも食事の用意までしてくれるとは」

「ほんとですよねえ。エリー様、偉い! やっと私の想いが届いたんですね!」

「あー。うん、そんなとこ」


 感心しきりな二人と、その横で怪訝な表情を浮かべる殿下。


「······姉さん、どうかしたのか?」

「ん。別に。さ、カッツェ、今日はお姉ちゃん特性の朝ご飯だよー。たーんとおあがり」

「お、おう」


 戸惑うような殿下と、ちょっと勘違いして盛り上がる二人。


 この四人との食卓もすっかり慣れてきたんだけどなあ。


「ふっ······」


 最初は嫌だったのに、なんだか寂しいものさ。






 朝食を終えた後、私は自室にて色々と準備を進めた。


「······」


 聖水、魔方陣の描かれた紙、銀のナイフ、それに聖女専用の魔法石。


「遺書は······」


 やめとこ。縁起でもない。


 用意した道具達に不備が無いかもう一度チェックする。

 使う事になるかは分からないけど、念のため。



 と、そうやってらしくもないピリついた心持ちになっていた時だ。


 ──コンコンコン──


『姉さん、居るか?』

「殿下?」


 どうぞ、と言うと殿下が入ってきた。


「失礼。エリー、何かあったのか? 今日の君はいつもと少し違うような気がする」

「おや······」


 なかなかに鋭い。見た目は子供でも、流石は未来の皇帝。観察眼は優れているようだ。


「何か悩みがあるのか? 俺で良ければ聞くぞ?」

「······ぷっ、あははは······」

「な、なんだよ! 笑うとこか?!」

「ご、ごめんなさい。でも、なんかおかしくて」


 いつも迷惑ばっかかけて、私を散々困らせてきた張本人のくせに、今度は途端に心配とは。

 しかも、くりんくりんお目目とふっくらほっぺの小さな子供が真剣に相談役を買って出てくれるんだもの。


「ありがとうございます、殿下。でも、お気になさらず。少し大きな仕事が出来たので、それを片付ける準備をしていただけです」

「そうなのか?」

「ええ。ですのでご心配なく」


 殿下はうーん、と首を捻っていたけど、納得したように頷いた。


「まあ、エリーがそう言うなら」

「······」






 それからは午前は殿下とお庭でお喋りしたり、昼食はエマとビショップと一緒に作り、午後はやはり殿下と部屋でお喋りして過ごした。


 なんという事もない、ありふれた日常。そう、日常と化した私と殿下の奇妙な数日間。


 それも今宵終わる。




 夜になり、私は皆が寝静まったのを確認してそっと部屋から出た。


「······」


 廊下を足音立てずに移動し、聖堂へと入る。

 扉もほんの少し隙間を開けて入り、そっと閉じる。


 静まり返った聖堂内の空洞に、風のうめき声だけが残っていた。

 左右に並んだ窓や、天窓からは月の光が流れ込んでいて、明るかった。


「我らの母なる女神よ、天の加護よ······」


 私は呪文を唱えて、まずこの聖堂を特殊な結界で囲んだ。

 ほとんど不可視な半透明の光の膜が生まれ、それがこの空間を孤立させる。

 ここで生まれる音も、匂いも、振動も、全てシャットアウトされる。


 私は近くの燭台にだけ灯りを点けた。炎の静かな揺らめきが、ポウっと辺りを彩った。


「はてさて、どうなるやら······」


 これで準備完了。


 次に私は魔道具をすぐに使用出来るように装備し、最後に必要な物を取り出して祭壇の眼前に置いた。


 そう、あの謎の古文書だ。


「······我、ここに記憶を受ける者、我、汝の記憶を呼び覚ます者······」


 必要な呪文を唱え、魔力を古文書に注ぎ込んでいく。


 薄暗い闇の中で、本だけがぼんやりと光る。


 それは次第に(かす)かな気配を帯びていき、やがてはっきりとした光と形、そして意思を呼び覚ました。


「······」


 私も呪文を止める。本はすでに、その中に封じられていた意志を顕現させた。


「こんばんは」

『············あら? あたしの姿が見えるの?』


 聖堂内に静かな女性の声が響いた。声は、本から滲むようにして出てきた霧のような光から発せられている。


『凄いわね。貴女の事はくわしく知らないけど、相当な聖女のようね』

「いえ。私はほんの二ヶ月かそのくらい前にここへ就役した新米です」


 続けて私は、空中にさ迷う光の靄に言った。


「改めて、初めまして。『ドロシー・ギャレット卿』こと()()()()()()()

『えっ? あたしのこと知ってるの?』


 驚いた声を上げる靄。それが動いて人形(ひとがた)っぽくなる。


『驚いたわ。貴女は抜けてるように見えて、私に目を着けて調べたのね』

「まあ、そんなとこです。根拠のある確信、というよりは一種のカンのようなものですが」

『女の勘が一番鋭いものね!』


 はしゃぐような声に私も苦笑だけ返す。





 この心霊現象、これは私が引き起こしたものだ。

 正しくは、私が“形にした”と言うべきか。


 どういう事かと言うと······。


 この世界にはたまに『地縛霊』や『憑依霊』と言うような、死者の魂が冥界に行けずに土地や物に残留してしまう事がある。大抵は強い執念や無念があって、死んでも死にきれん、という魂なので怨霊や悪霊だったりする。

 その魂を物から引きずり出して、話せる状態にする魔法を使ったのだ。


 例の、怪しい古文書に。




「ギャレット卿。教団に記録を調べてもらい、貴女の事はおおよそ把握しました。約30年ほど前にこの皇城に聖女として就任し、その後六年程して突然の病で命を落とした不運の聖女であると。そのように記されておりました」

『そうなのよ。ツイてなかったわ。なんか体調悪いな~なんて思ってたら、ポックリポ~ンだったのよ。あれじゃ死んでも死にきれんってなるでしょ?』

「ええ、まあ。そうでしょうね」


 警戒は解かずに私は核心について尋ねてみた。


「そこで、単刀直入にお聞きします。今回のディゲル皇太子の幼児退行事件の犯人は貴女ですね?」

『犯人なんてヒドイ! けど、そうね。イエスよ』


 ギャレット卿はあっさりと白状した。


「あっさり認めるんですね?」

『別に隠す事でもないし。それに、悪い事でもないし』

「後者に関しては何とも言えませんが、まあ、それはよいでしょう」



 地上に残ってしまった魂は往々にして生者に対して呪いなどのような悪影響を及ぼす事がある。


 私は、今回のディゲル殿下の事件も、誰かの呪いなのではないかと考え、そしてその考えは当たった。

 今まさに、目の前に居る先代聖女こそ、この事件を起こした犯人なのだ。



 光の靄の中に、見えない聖女の顔を求めて私は尋ねた。


「どうしてこのような事を?」

『それはね············かわいいは正義だからよ!』

「············はい?」

『貴女も聖女、いえ、女の子なら分かるでしょう? 』


 私は前任の聖女の世迷い言(ある意味本物の世をさ迷ってる者の言葉)を聞く事となった。



 彼女の言い分はこうだ。


『あたしは真面目な聖女として高く評価されてたわ。社交的で協調的とは言い難いけど、基本的な仕事はキチンとこなしていた』


 教団の資料にもそう記載されていた。


『そんなあたしの楽しみはと言うと、一人で密かに妄想を書き連ねることだったわ』


 彼女は恋愛物のロマンス(主人公、自分。恋相手は当時の騎士団長)や、男性同士の友情という名のイケナイ恋(騎士団員同士)などの妄想をノートなどに書いては悦に浸ってたそうな。


「なるほど。古文書の文章のところどころが“友バラ(『許されざる友情・友の香りは薔薇に満ちて』)”に似ていたのは、貴女もそういうものに親しんでいたからですね」


 あの友バラはちょうどギャレット卿がここに居た頃に出版された作品だ。


『それでね、あたしの死ぬ直前のトレンドはずばり“かわいい男の子”だったの。ちょうどその時皇后様が妊娠したって聞いたから、かわいい男の子が生まれてくるといいな~ってウキウキだったわ』


 それはおそらくディゲル殿下の事だろう。


『それなのに、あたしは生まれてくる子が男の子なのかどうかも分からずにポックリ······。一度でもいいからプリチーなボーイを拝みたかったのに、そのまま死んでしまったわ』

「えっと······それは無念でしたね」

『ええ、とってもね。そのせいかしら。気がついたら私の意識はこの本の中にあったわ。なんたって、この本の中にあたしは「かわいい男の子サイコー! 抱き締めて匂いを嗅ぎたい! 撫でくり回して抱き枕にしたい! 犯罪かもしれないけどっ、ああ女神様お許しくださーいっ!」って書きまくってたもんだから』


 その辺は解読文を読んでる時になんとなく察していた。


『でも、それがよくなかったのね。貴女も聖女なら知ってるでしょうけど、強力な魔力を有した人間が、強い思いを込めた物は魔道具と化してしまうわ』

「そうですね」


 魔道書、宝具、呪物。それらは人が意志を込める事で産み出される。聖女ならなおのこと、力の強さから強大な魔道具を産み出すだろう。


『あたしの意思はこの本兼あたしの妄想ノートに憑依してしまったわ。そして、眠った状態だったこの本にある時突然誰かが触ってしまった』

「つまり、ディゲル殿下ですね?」

『そう! もう運命感じちゃったわ! だって、あたしが一目見たくても叶わなかった男の子がおっきくなって、あたしの無念の染み込んだ本を見つけ出したのだもの!』

「たぶん、貴女の強すぎる意志が因果を引き寄せたのでしょう」


 おそらく、彼女の強い無念である『皇太子を見たかった~!』という思いがこもった本に、当のディゲル殿下が触れた事によって激しい魔力反応が生じて、封印されていた彼女の意識が覚醒したのだろう。


『でねー、気づいたらというか無意識に「この人のプリチー時代の姿が見たい!」って思っちゃったのよ。そしたら······ミラクル! 後は知っての通り』

「なるほど」


 つまり、こうだ。


 ①ギャレット卿は『かわいい男の子を一目見たかった』という無念を抱き死亡。

 ②そのせいで、彼女の欲望のこもったノートが魔道具化。彼女の魂が封印される。

 ③それを偶然か必然かディゲル殿下が発見。

 ④事件発生。



「貴女の生前の強力な魔力が、書き連ねた妄想の文章を呪文へと昇華し、さらに覚醒した意識が作用して幼児退行の強大魔法が偶然にも完成してしまったんですね」


 支離滅裂だけど、そういう事なんだろう。


『そうなのよー。流石に驚いたわ。でも、それよりも皇太子の可愛い過ぎる姿にもっとビックリしちゃった!』

「······さて。事情は分かりました。それでは次の質問です」

『何かしら?』


 私はそれとなく悪魔祓い用の道具に手を伸ばして尋ねた。


「今回の件で皇族の方々も、ディゲル殿下も大変困っております。どうか呪いを解いてはもらえませんか?」

『ええ、いいわよ』

「え?」


 予想外なアッサリ返答。


「え、いいんですか?」

『ええ。だって、とっても満足したもの。あたしの見たかった光景がたくさん見られたわ。はぁ~、さいこう~。だからもう思い残す事はないわ』

「そ、それは良かったですね?」

『それでね、満足したら魂が軽くなってきたの。だから遅かれ早かれ冥界に逝くでしょう。でも、そうね。貴女の言う通り色んな人に迷惑かけちゃったもの。すぐに消えましょう』


 そう言うと、光が揺らいだ。


『ねえ、あたしの後任聖女さん。あたしが無事に天国に行けるようにお祈りしてくれないかしら? そうすれば、明日の朝にはディゲル殿下の呪いも解けてるわ』

「そういう事でしたら······分かりました」


 私は、顔も知らない先輩の最後の望みを叶えるべく、その場に跪いて手を組んだ。


「天より見守りし我らが母なる女神よ。今ここに、清らかな魂を持って天に逝く我らが同胞を導きたまえ······」


 聖者のための鎮魂の祈りを唱える。

 仄かに明るくなった聖堂の天井へ、ギャレット卿の光が昇っていく。


『ありがとう、エリーさん。それに、ごめんなさいね。たくさん迷惑かけちゃって。後でディゲル殿下にも謝っといて』


 光の靄は、静かに薄らいでいった。


『そうそう、最後に言いたい事あったの。貴女は一つだけ知らない事があるわ』

「?」

『貴女の読んでるあの本。『許されざる友情・友の香りは薔薇に満ちて』の作者“ドロシア・マーガレット”はあたしのペンネームなの』

「えっ!?」

『こっそり書いた妄想を出版社に持ってったら本になったの! これからも読んでね!』


 最後の最後に重要なような、そうでもないような、やっぱり大事なようで関係のない事を言って光はスーッと消えていった。




 後には静かな聖堂と、魔力が消えた本が残されていた。



お疲れ様です。次話に続きます。

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